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吉田さんとの雑談もぼちぼち切り上げてパソコンの画面に向き直るが、さっき彼に言われた不穏な噂の数々が、どうしても頭から離れなかった。
今思えば心当たりなんて探さずとも、いくらでもあった。
これまで一方的に好意を向けてきていた同期が、ある日突然よそよそしくなったり。。
いやらしい目で僕のことを見てきた上司が、なんの前触れもなく異動になったり。
しつこく連絡先を聞いてきた子が、理由も明かさず突然退職していったり……。
ここに入社してから今日まで、僕と関わりを持とうとする人間が不自然なほど減っていく奇妙な感覚は、確かにずっとあったのだ。
しかしそれは、僕にとっては有難い事だった。
怖い事など何もないのだ。
いつの間にか、窓ガラスを激しく叩きつけるような土砂降りの雨になっていた。
今朝テレビで言っていた天気予報はしっかり当たったらしい。
激しい雨の音を聞いていると、自然と胸のざわつきが大きくなっていく。
今日しゅんとどこで話すのだろうか。
優しいしゅんでいてくれるだろうか。
夜の約束の事を考えていると、自然とはやちゃんとの電話のやり取りが思い出される。
今までずっと、はやちゃんの無償の優しさに甘えきっていたツケが回ってきたのだろうか。
本当に僕に呆れて、今度こそ見捨ててしまったのだろうかという底なしの不安が、じわじわと胸の奥を蝕んでいく。
だけどだからこそ、僕はここで逃げ出すわけにはいかなかった。
しゅんとの歪んでしまった関係を自分の力でちゃんと解決して、はやちゃんに「僕、もう一人で大丈夫だよ」って、強くなった姿を見せて安心させたい。
今度こそ、一人の大人として認められたいんだ。
考えても仕方のない不安に押しつぶされそうになり、僕はもう一度、両手で頬を強く叩いた。
とにかく、まずは今日の分の仕事を全部片付けて、しゅんと正面から話し合うための心の準備をしなくてはならない。
僕はデスクに向かい直し、今度こそ逃避を突っぱねるようにして、目の前の数字の山に全神経を集中させた。
「山中〜、俺もう今日の分終わったから帰るけど、お前は?」
不意に頭の上からかけられた声にハッとして顔を上げると、いつの間にか外は完全に真っ暗になっていて、オフィスの定時時刻はとうに過ぎていた。
声の主である吉田さんのほかにも、フロアからはちらほらと鞄を持って退社していく人たちの姿が見える。
僕はといえば、机の上にはまだいくつかの書類が残ってしまっていた。
「あ、吉田さん。僕、もうちょっとかかりそうです。先帰ってください!」
「おうそっか!……なぁ、手伝おうか?外めっちゃ雨酷いし、なんかお前を一人にするの心配だしさ。一緒に駅まで帰るか?」
吉田さんが、心配そうな目で僕の顔を覗き込んできた。
「あ、大丈夫です!今日、仕事終わったら、しゅんと一緒に帰る約束をしてて…。お気遣い、本当にありがたいです」
「あ〜ね?またあいつか!なら一旦、俺の出番はナシってことで大丈夫か!」
「はい、すみません」
「あ、でも昼に言った話、ちゃんと覚えとけよ?」
「あぁ~、了解っす」
「じゃあお疲れさ〜ん」
「お疲れ様です!」
吉田さんはひらひらと片手を振って、足早にオフィスを出ていった。
これで本当に、この広いフロアの中にいるのは僕だけになった。
しゅんがここに迎えにくる前に、何としてでもこの仕事を終わらせてしまおう。
僕は残った仕事に取り掛かった。
それから、静まり返った部屋の中で黙々と手を動かし、さらに一時間が過ぎた頃だろうか。
時計の針が19時を回る直前、やっとすべての仕事が片付いた。
けれど、しゅんはまだ現れない。
営業部も相当忙しいのだろう。
パソコンの電源を落とし帰る準備をすべて終わらせて、僕はデスクの上でスマホをぼーっと見つめた。
手持ち無沙汰な時間の中で、昨日までの北海道での写真を指先でゆっくりとスクロールしていく。
お茶室での緊張した顔、美味しそうにいももちを食べるしゅんの笑顔。
そして、あの青い湖を背景にして僕がこっそり撮った、息をのむほどに綺麗なしゅんの横顔…。
画面の中の僕らは本当に幸せそうに、何の後憂もなく笑っている。
本当に夢みたいに幸せな時間だった。
戻れるかなぁ……。
なんて心の中で弱音を吐きだした。
時間が経てば経つほど、静かな部屋の中で一人になればなるほど、自分がどれほど傲慢で悪いやつなのかという自責の念ばかりが、胸の奥にドロドロと溜まっていく。
「俺、ほんと…、だめだなぁ……」
誰もいない無人のオフィスで、ぽつりと小さく呟いた。
その寂しい声は、窓の外で激しく鳴り響く土砂降りの雨の音にかき消されて、誰に届くこともなく消えていった。
to be continued…
コメント
2件
続きが楽しみすぎるー!!🍼❤の裏の顔が気になりすぎる!!意外とメンヘラだったりしてとか考えると……やばいやばいやばい尊すぎる!!相変わらず本当に書くのがお上手でついつい読む手が止まりません!!主様のペースでこれからも頑張ってください🙇♂️!