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はる☻
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「じゅう! おまたせ!」
静まり返ったオフィスに響いたその声に、僕はハッとして振り返った。
息を切らせたしゅんが、経理部のドアを開けてゼーゼーと肩を上下させて立っていた。
わざわざ走って迎えに来てくれたのだろうか。
「しゅん、お疲れさま」
「遅れてごめんな? 長引いてもうて…」
しゅんは僕のデスクの傍まで足早に歩み寄ると、いつもの大きな手のひらで僕の髪を愛おしそうに優しく撫でながら言った。
ほんの少し冷えた彼の指先が頭に触れた瞬間、なんだかもの凄く久しぶりに彼に触れられたような気がして。
昨夜からずっと張り詰めていた心の強張りが一気に融けていく感覚に、目の奥がツンと熱くなった。
「っ……」
「え、じゅう…っ!? ごめん、俺、また怖がらせた…?」
僕の瞳が潤んだのを見て、しゅんは大慌てで手を引っ込め、傷ついた犬のように顔を歪ませた。
「あ、違うの!怖くない!」
「だって……今、泣きそうな顔しとったやろ…?」
「本当に違くて…。なんか、しゅんの温もりに触れるのが久しぶりに感じて、ホッとしただけ…」
「……え?それって、良い意味で捉えてええん?」
しゅんが上目遣いで、恐る恐る僕の顔を覗き込んでくる。
彼の言う『良い意味』というのが具体的にどんな感情を指すのかは分からなかったけれど。
でも、恐怖や嫌悪感なんてものは一ミリもなくて、ただ彼が傍にいてくれることが心の底から嬉しいのだから、間違いなく良い意味なのだろう。
僕は彼の大きな瞳を見つめ返して、深く頷いた。
「ほんま……?無理してへん?俺に気ぃ遣って、嘘ついとるわけやないよな?」
「うん。本当に大丈夫だよ」
「……あぁ、よかった……っ」
しゅんは胸を撫で下ろすようにして、心から安心したようにふにゃりと微笑んだ。
あの太陽のような笑顔が、少しだけ戻ってきた気がした。
「じゃあ、じゅう。行こか?」
「うん、行こう!」
片付けた鞄を肩に掛け、僕は立ち上がった。
…ほら、やっぱり、はやちゃんは心配しすぎなんだよ。
あんな風に「暴力を振るう奴はまた同じことをする」だなんて、しゅんのことを何も分かっていない。
今、目の前で僕の顔色を伺いながらも優しく笑っているこの人は、僕が愛しているいつもの大好きな舜太だ。
彼を信じて本当に良かった。
僕は心の底からほっと胸を撫で下ろした。
オフィスの外へ出ると、窓ガラスの向こうは相変わらずバケツをひっくり返したような土砂降りの雨が続いていた。
「外、まだ凄い雨だね。俺、折り畳み傘持ってきてるよ」
「あ、ありがとう! でもな、じゅうに雨の中歩かせるわけにいかんもんで、もう下にタクシー呼んであんねん!」
しゅんはそう言うと、ふふんっと誇らしげなドヤ顔を僕に向けてきた。
「おー! さすがしゅん、気が利く!」
「でもな? タクシーに乗るまでの数メートルは、じゅうの傘に俺も入れてな? 実は俺、今日傘忘れてまったんさ!」
「あはは!なんだそれ!」
悪びれもせずにケラケラと頭を掻いて笑う彼を見て、僕はやっと北海道の時のように自然に笑い合う彼の笑顔が見られた気がした。
胸の奥がじんわりと温かくなっていく。
あどけなくて可愛らしい、僕の大好きなこの笑顔。
ビルの玄関を出ると、道路沿いにハザードランプを点滅させたタクシーが一台、約束通り停まっていた。
ひとつの折り畳み傘に、男二人が肩をぎゅうぎゅうにすぼめて寄り添い合いながら、大急ぎで後部座席へと滑り込む。
閉まったドアの外で、激しい雨音がパチパチと車体を叩いていた。
「どちらまで行きましょうか」
運転手さんの問いかけに、しゅんは一瞬だけ言葉を詰まらせ、僕の方を振り返った。
「あ、えっと、じゅう、俺んちでもええ?」
「……っ」
一瞬だけ、昨夜の彼の部屋でのあの出来事が脳裏をよぎって、身体が本能的に躊躇するのを感じた。
だけど……これ以上、僕たちの関係を疑心暗鬼でもやもやしたものにしたくはなかったし、今の優しいしゅんならきっと大丈夫だと思えたから。
僕は腹を決めて、小さく頷いた。
「うん。しゅんの家に行こう」
「うん、ありがとうな!」
しゅんは嬉しそうに目を細めると、運転手さんに自宅の住所を手際よく伝えた。
車が静かに動き出すと、しゅんはポケットからスマホを取り出して、何やら熱心に画面をいじり始めた。
「じゅう、どれが良い? メニューいっぱいあるで」
しゅんは僕の方に身体を寄せると、スマホの画面を僕の目の前に差し出してきた。
液晶に映っていたのは、デリバリーの注文画面だった。
「しゅんは 何にするの?」
「うーん、俺はガッツリ、カレーやな!」
「あ、いいじゃん! じゃあ僕もカレーにする! チーズトッピングで!」
「おっけ!注文しとくわ」
「ありがと、しゅん」
それから彼のマンションに到着するまでの20分間、車内では昨日までの旅行の思い出や、そんな何ない世間話をずっとしていた。
気づけば、時間はあっという間に過ぎ去っていた。
なんだか、あのキッチンでの修羅場が嘘みたいに元の二人に戻れたみたいで、僕はそれがたまらなく嬉しかった。
激しく降る雨の向こう、車がしゅんの住むマンションの敷地内へと滑り込んでいく。
これから、彼と二人きりの部屋に入る。
to be continued…
コメント
6件

コメント失礼いたします! 更新される度にドキドキとしながら、読ませていただいております! ❤️さんの不穏さは結構前から片鱗があったので、重い愛が🤍さんに向けられるのかとワクワクしています。いつも素敵な更新ありがとうございます!
すっごい不穏?!嫌な予感が😫
「はやちゃんは心配しすぎなんだよ」が何かの前兆に思えて、不安です……… 続きも楽しみにしています…!