元貴side
(※第5話、第6話のあたりのお話になります。)
すれ違い様にふわりと揺れた金色の髪に光が反射してきらきらとみえた。思わず腕を掴むと、へっ?!と素っ頓狂な声を上げて驚いてみせた貴方。あの時、初めて目があった時、なんの根拠もなかったけれど、やっとみつけた、この人だ、と確信したんだ。
「これ、最初に涼ちゃんにだけみてもらおうと思って」
渡したのは「BFF」の歌詞。少しだけ指先が震えていた。心臓の音がやけに大きく響いて、彼にも聞こえてしまうんじゃないかと思うくらいだった。
「……読んで。感想きかせて」
貴方は気づくかな。この歌詞の本当の意味に。気づいてほしい。いや、気付かないでほしい。でも、僕が貴方を大切に思っていること、それだけは知っていてほしい。
たとえ、僕と貴方で「大切」の意味が違っていたとしても。
涼ちゃんの様子がおかしい、と感じたのは歌詞に目を通し始めてすぐだった。血の気が引く、という表現がぴたりと当てはまるような。歌詞を追う目線にも動揺が色濃くあらわれている。途端になんの前触れもなくぽろりと涼ちゃんの目から涙がこぼれおちた。
なんで、どうして。そんなこの世の終わりみたいな顔して泣くんだよ。慌てたように取り繕われる笑顔。顔はこちらを向けているけれどその視線は逸らされたまま。
「涼ちゃ……」
「やばい、おさまらないや、ごめん、帰るね」
僕の声を遮って、涼ちゃんは早口でまくし立てるようにして部屋を飛び出して行った。
もしかして、歌詞にこめた本当の気持ちに気づいたんだろうか。それで、ずっといい友人、仲間として関係を築いてきた涼ちゃんにとっては、裏切りのように感じられたのだろうか。
「どうしよう……」
もし、これをきっかけに涼ちゃんがグループを抜けると言い始めたら。いや、人の良い涼ちゃんのことだから、おそらくミセスのことは見捨てないだろう。どれだけ苦しくても、僕がその手を自ら放すまで、きっと縛り付けられたままでいてくれる。でも、個人としては?ミセスのこと抜きにしても、いままでと同じように接してくれるだろうか。さっきの涙が、僕の涼ちゃんへの気持ちに気づいたことへのショックからだとしたら、もう、いままでのようには行かないだろう。
なんて馬鹿なことをしたんだろう、と後悔の念が波のように押し寄せる。
その日から、涼ちゃんの気持ちを確かめるのが怖くて、向こうから話を切り出される可能性すら消し去りたくて、なるべくふたりの時間を作らないようにと避けた。涼ちゃんの様子がおかしいのも分かっていた。それでも、これではいけないと頭の隅では分かりつつも、1歩踏み出した瞬間に彼を失うくらいなら、曖昧な状態でも少しでも長く彼を引き止めていたかったのだ。
そんな状態が続き、あっという間にレコーディング当日を迎えた。その頃には、あまりこの状態を引き伸ばしすぎてはいけない、一度涼ちゃんと話さなくてはという判断を下せるようにはなっていた。
レコーディング後の撮影が終わったら涼ちゃんに話す時間をもらおうと控え室のドアを開けると、若井がいない。聞けばちょっと外出したところでまだ戻ってきていないという。二言三言、涼ちゃんに話しかけたが、会話が続かず居心地の悪い静寂が僕らの間に横たわる。目すらまったく合わせようとしない彼に軽い苛立ちを覚えた。涼ちゃんも涼ちゃんだ、思うところがあるなら言ってくれたらいいのに。ふと発した言葉から気づけば言い争いになっていた。
「別に元貴は僕のことみてないでしょ、全然わかってないよ僕のことなんか」
この言葉に思わず
「は?なにそれ」
と怒りを顕に冷たく吐き捨てる。
「全然分かってないのなんか涼ちゃんの方じゃん!自己肯定感低くってさぁ!無駄にマイナスな意見ばかり拾って、こっちの声なんか全然届きやしない!」
何も届いていなかったのだ。僕の気持ちは。言葉は。友人としての「好き」すら受け取ってはくれていなかった。
「仕方ないじゃん!僕は二人みたいに器用に物事をこなせないし、歳だって違うし、共有する思い出の量だって違う!所詮僕は後からなんだって思い知らされる!二人をみてると辛くなるんだよ!そんな劣等感、元貴には分かんないでしょ!」
怒りのあまりサァッと顔から血の気が引くのが自分でも分かった。その時、
「涼ちゃん!元貴!」
若井の声ではっと我に返る。
もうこれ以上、ここにはいられない。僕がどれだけ藤澤涼架が好きで大切で愛しくてたまらないか、まったく気づいていない彼への苛立ちを抑えきれない今の自分では、必要以上に彼を傷つけてしまう。
「今日の撮影は中止だ」
なんとか吐き出した声は、思ったよりも冷たく、悲しく、部屋に響いた。
家に着いても、重たい気分が足枷となり、何もする気分にならないままソファに座り込んでいた。レコーディングを終えて疲れきっており、お腹も空いているはずなのに、食欲も睡眠欲もまったく湧いてこない。彼があの歌詞を読んで、僕の隠している気持ちに気づくどころか、彼に向けた言葉すら届いていなかったことが悲しかった。悔しかった。苦しかった。どれだけ大切に思っても、その思いを信じてもらえないやるせなさに、怒りだとか悲しみだとか色々な感情がぐちゃぐちゃになって押し寄せて、息が苦しかった。その時、無造作に机の上に放置したスマホのバイブ音が誰かからの着信を告げる。手に取ってみると、若井からであった。正直言って今は誰とも話したくなかったが、さっきのことがあるので仕方なく通話ボタンを押す。
「もしもし?」
「あ、元貴。ごめん疲れてると思うんだけど、ちょっと話せる?」
若井だって疲れているはずで、しかも明日も撮影があるというのに、先程の出来事を受けて心配から声をかけてくれたのだろう。僕は彼のこういう気遣いに昔から度々救われてきた。
「大丈夫……でも若井は明日も早いでしょ」
「まぁ……でも俺、明日の撮影涼ちゃんとだし、確認しときたいこともあって」
「確認したいこと?」
「うん、あのさ、元貴はあの曲を俺と涼ちゃんの2人に向けて書いたものだって伝えてないんだよな?」
「……うん、でもそれは、読めば伝わると思って」
「でも実際は伝わってなかったから今日のやり取りに発展したんだよね?」
「……」
思わず黙り込むと、電話の向こうで若井が慌てたように言葉を重ねる。
「元貴を責めようって訳じゃないんだよ、ただ、涼ちゃんは人のことはよく気づくけど、自分へのポジティブな評価には鈍いじゃん。だから全て言わずに気づいてもらおうっていうのは、俺もついしがちだけど、涼ちゃんに甘えすぎてるかなって。結局今日も伝えられずじまいなんだろ?」
「でも俺、実は歌詞が完成した時、先に涼ちゃんにみせたんだ。そしたら……めちゃくちゃ動揺して泣いて出てっちゃって……。だから、その……」
言い淀んでいると、
「涼ちゃんのことが好きってのがバレて、それに涼ちゃんがショックを受けたのかもって?」
「え、涼ちゃんのこと好きなの気づいてたの」
「いや、分かりやすすぎんだろ元貴は。何年幼なじみやってると思ってんだよ。」
思いもよらなかった発言に呆然としていると、
「仮に涼ちゃんが元貴の思いを知ったとして、それを理由にお前と距離を置いたり、裏切られたと思ったりするような人じゃないでしょ。涼ちゃんがどう思ってるかは知らないけど、人の思いを蔑ろにしたりしないと思うな」
若井の言う通りだった。臆病さから自己保身に走るあまり、先に彼を信じられなかったのは僕の方だ。
「どうしよう、若井……」
「とりあえず、涼ちゃんにちゃんと歌詞のこと伝えるべきじゃないかな。明日撮影の時に触れるつもりではあるけど、それでも信じてもらえなかったらちゃんと元貴からも伝えて。好きだってことを伝えるかどうかはお前次第だと思うけど」
ごめん、ありがとう、と口に出すと、若井は照れくさそうに笑った。
その日の夜はまったく眠ることが出来なかった。結局、涼ちゃんに好きだと伝えるかどうか結論を出すことが出来ないまま朝を迎えた。今日の撮影は涼ちゃんと若井だけだが、やらねばならない仕事は山積みで、寝不足の脳をなんとかフル活用させながらこなしていく。インターホンの音に我に返って時計を見ると、すっかり日の暮れた時間であった。あわてて、インターホンの応答ボタンを押すと、
「え……涼ちゃん?」
咄嗟に玄関へと走り、勢いよくドアを開ける。撮影後によほど慌てて用意して走ってきたのだろうか、髪は乱れ、息を切らして肩を大きく上下させている涼ちゃんが立っていた。
「えっ……なんで、涼ちゃん……どうしたの?」
そうだ、撮影が終わったってことは若井が歌詞のことを伝えたはずで。どうしよう。涼ちゃんになんて伝えようと思ったんだっけ。突然の事で上手く頭が回らず二の句が継げずにいると、涼ちゃんがぼろぼろと大粒の涙をこぼしはじめた。
「えっ、涼ちゃん、ちょっ、だ、大丈夫?」
とりあえず自分も涼ちゃんも落ち着かなければ、と部屋の中に入ってもらい、彼の背をさする。涼ちゃんはしゃくりあげながら、
「昨日のこと、謝らなきゃって思って、それで……」
そうか、涼ちゃんはあの歌詞が自分に向けられたものだと知ってすぐに会いに来てくれたんだ。目の前で溢れつづける涙を必死で拭いながら言葉を紡ごうとする彼の姿が愛おしくてたまらなくなり、思わず抱きしめた。
「ごめん、ごめんなさい。分かってなかったのは僕の方だ。元貴はちゃんと、僕のことも見てくれていたのに……」
僕のことも、ということは好きだという気持ちにはやはり気づいていないらしい。
「……ずっとそばに居てくれるでしょ?いなくならないよね?」
こうして保険をかけてしまう自分はどうしようもない臆病者なのだろう。でもね、涼ちゃん
「当たり前じゃん、僕、元貴のこと大好きなんだよ」
貴方のその何気ない「大好き」がどうしようもなく僕の気分を高揚させ、僕の世界を明るく彩ることをちゃんと伝えたい。
「えー、俺も涼ちゃんのこと大好きー」
まだ、茶化すようにしか伝えられないけれど。
「言ってるでしょ、俺藤澤涼架ファンなんだから。出会った時に一目惚れなんだからね」
いまは、これで許してほしい。いつか僕が、貴方の目をまっすぐみて、本当の意味で好きだと伝えられる日まで。もう臆病さを理由に気持ちを隠すのはやめにするから。
※※※
長々と失礼しました!
実は本編のイントロはずっと元貴視点にしていました。最初の方はどちらの視点か分かりにくいように書いていましたがだんだんと、あっ涼ちゃんじゃないんだなとわかってもらえる形にして。
もし最初の方、涼ちゃん視点だと思って読んでくださっていた方がいたら、作者の狙いにハマってくれてありがとうございます、という感じで……。
もう一度読み返していただくのもありかなと思います。
私の書く大森さんはちょっとヘタレみが強くなっちゃいますね、なぜかしら……。
コメント
6件
わたしもヘタレ気味のもっくんが好きなのでめっちゃツボです🥹💕 2人とも可愛らしくて大好きです✨
ちゃんと初めから計算して作っていたとは...✨️流石です👏 ちゃんと前の話というか、涼ちゃんしてんの時とセリフが変わっていない、そして投げかけられた言葉の解釈の仕方が視点が変わるだけでがらっと印象が変わる...ものすごい技術力で腰が抜けそうです👀🫣
ヘタレ大好きです💕最初の文章はほんとにどっちだか分かんなかったです🤭