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ブルーパール
53
あらすじ
こばわなでオメガバース第1弾。
えち要素はありません。
「和中の兄貴ってぇ、好きなヤツとかいないんスかー?」
「は?」
突然の小林からの質問に、和中は一瞬固まる。
小林は、いきなり踏み込んだ質問したことを今更後悔しながらも、次第に尻すぼみになる声で言葉を絞り出す。
「女でも…もしくは男でも…」
この世は三種の属性に分かれている。
人口の大半を占める所謂凡人とされるベータと、ほんのひと握りのアルファとオメガ。
階層は上からアルファ、ベータ、オメガとあり、アルファは性質が優れている人間が多いために、特権階級にいる場合も多い。
裏社会で恐れられ、ある種の特権階級にいる小林と和中も、勿論アルファである。
表の世界の特権階級の人間たちの間では、アルファはアルファと結婚することも多いという。
それは、上等なアルファの血を絶やさないため。
アルファとアルファの間には当然、アルファの子供が生まれるのだ。
そこで小林は思った。
もし、和中を孕ませることが出来れば、自分たちの血を色濃く継いだ、アルファの子が生まれるのではないかと。
そこで、手始めに好きな人はいるのかと聞いてみた。
和中とは付き合ってもいないし、無論身体の関係もない。
でも、ベータの人間ばかりの天羽組の中で、アルファの和中は、小林に取ってとても貴重に思えたのだ。
容姿も文句なくいいし、子が和中に似れば女なら美女に、男なら美男に育つだろう。
そして、勉学に明るく剣の才にも秀でるはず。
小林に似たとしても、そのフィジカルの強さを受け継げば、無敵のアルファが生まれることに違いない。
兎にも角にも、小林と和中、アルファ二人の血が混じれば、これまでにない最強のアルファが誕生するはずだ。
ベータの女を抱き飽きていた小林は、最近将来の事ばかり考えてしまう。
このまま、ベータの女と結婚して子がベータなのかアルファなのか賭けに出て、ベータだった場合、それを受け入れ歳を取って死んでいくなんて絶対に嫌だと。
それよりも、和中のようなアルファと結婚して確実にアルファの子をもうけたい。
番えれば同性婚も認められている世の中だ、それに甘んじるのも悪くない。
「兄貴ってアルファでしたよねー?周りにベータの女ばっかでうんざりしてないッスか?」
「ああ、まぁ…そうだな」
小林の言葉に、和中は苦笑する。
彼もまた、ベータの女を抱き飽きているのだろう。
小林は、ここぞとばかりに。
「俺、ベータの女との結婚だけは嫌なんス…オメガはまぁ、運命の番ならいいんスけど…そんな簡単に見つかるもんでもないし…」
和中は困ったような顔で問うてくる。
「それで、何が言いたいんだ?」
「同じアルファと結婚したいんス!アルファなら、子供もアルファだろうし、その…俺と兄貴の子供なら最強だろうな…と」
「えっ…」
驚いたような和中の表情に、直球過ぎたか…と小林は焦り何とか取り繕う。
「例えばの話ッスよ!?例えばの!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日。
「判断がつかない…?」
少し前にカチコミで負った傷の、月に一度の闇医者での診察で、つい先月までアルファだと判定されていた和中の属性が、不明だということが分かった。
闇医者といえど医療機関では、診療の度に治療の方針を決めるために、属性を確認する必要があるのだ。
「非常に稀なケースなのですが、このままベータに変わることも有り得ます」
「え…ベータ…」
アルファであることが誇りで、アルファであることで羨望の眼差しを浴び、アルファ特有の明晰な頭脳と鍛え抜かれた肉体をした自分が平凡なベータになるかも知れない。
和中は危機感を覚えずにはいられなかった。
「何とかしてくれっ…薬があるのなら処方を…」
「残念ながら…打つ手は今のところ…」
主治医は首を横に振るばかりである。
和中は名家の出身で、父も母もアルファだった。
当然、和中もアルファとして生まれ、これまでアルファとして生きてきたのに…。
──今更、この俺が…アルファじゃ、なくなる?
もし、ベータになったとしても、すぐに知能や身体つきに大きな変化がある訳ではない。
誰にも言わなければ、アルファと称して生きていくことも可能かも知れない。
ただ、ベータになればヒートを迎えたオメガを、今までのように鋭い嗅覚で探せなくなる。
フェロモンの匂いは、ベータになっても感じ取ることは出来るらしいが、精度は落ちるだろう。
今は、発情抑制剤を飲んでいるオメガの女が多数なので、街中でヒート状態のオメガに出会うことなどまずないが。
いつか番として出会えるかも知れないオメガの女を、探しにくくなる可能性があるということは、和中に取ってショックでしかなかった。
──しかし。
これも、いい機会なのかも知れない。
いつ死んでもおかしくない、こんな稼業だ。
もし番の女が見つかったとして、自分が先に抗争などで死んだ場合、残された番の心情を考えるといたたまれない気持ちになる。
運命の番自体、探すのは困難だというのにいつか番える時を夢見ている自分に、見切りをつける時が来たという事だろう。
だが、和中には女ではないが、既に心に思っている人がいた。
それでも女のオメガを探そうとしていたのは、捨てたとはいえ、名家出身のアルファの世間体…というやつなのだろうか。
◇
闇医者に行ったその日の夜、突然ベータに変わる可能性が出てきて、浴びるほど飲みたくなった和中は、あるバーに入った。
ここの店主とは、十年来の友人であり和中のよき相談相手でもあった。
店主もアルファだが、属性に関係なく誰にでも平等に接してくれる。
この店は店主がひとりで切り盛りしており、マスター兼バーテンをしている。
「とにかく、酔いたい気分なんだ…強いのくれないか」
「珍しいリクエストだな」
頭が混乱している。
ベータになってもいいじゃないかという自分と、未だアルファとしてのプライドを捨てきれない自分が、和中の中で闘っている。
そうして、強い酒をあおっていると。
──不意に。
強い目眩に襲われた。
目の前がグラグラ揺れ、視界を固定するのが間に合わない。
目眩の中、次に和中を襲ったのは、身体が異様に熱いという感覚。
(なにか、変だ…)
酒の酔いとも違う感覚に、一瞬酒になにか毒でも盛られたのかと店主に疑いの目を向けかけるが、そんなことをしても彼になんのメリットもない。
それに、長年の友人を少しでも疑うなんて、裏切りだ。
息が切れ、トイレで酒を吐いてしまえば楽になれるかも知れない…と思い、フラフラになりながらもトイレへと向かう。
トイレの個室へと入り、便器の蓋と便座を上げ人差し指を口に突っ込んで、無理矢理酒を胃から出そうとする。
まるで病人のようなやり方だ…と、苦笑している余裕もないほど、追い詰められていた。
「おえっ…」
強引に嘔吐いて、胃の中のものを吐き出す。
ある程度吐き終えると、胃液が食道を焼き始めたので、それで仕舞いにして個室から出る。
それでも目眩は治まらず、身体は熱いままだったが、手を洗い何とかやり過ごそうとした、
その時。
誰かに肩を背後から掴まれ、壁に背を押し付けられた。
「なっ…」
壁に押し付けたのは、先程カウンターで和中が酒を飲んでいた時に、奥のボックス席でどんちゃん騒ぎしていた女連れの男達の一人で、男は酔った笑みを見せながら。
「オニーサン、凄いいい匂いすんねぇ…ヒートじゃない?こんなとこ来ていいのぉ?」
──ヒート、だと?
「冗談言うな、俺はアルファだ」
もうすぐベータに変わるかもしれないが…という言葉は飲み込んだ。
「うっそだー!こんなにフェロモンの匂いさせてんのに?どう考えてもオメガでしょ」
「フェロモ…」
言いかけた時には、男に唇を唇で塞がれていた。
舌を強引に絡められ、つい和中の瞳がトロン♡と蕩けてしまう。
男の口付けに、和中が抗えずにいるとトイレのドアが開き、男が突き飛ばされる。
唇が離れ、男が地面に倒れ込み視界から消えると突き飛ばした本人である店主が、和中を心配して見に来たらしく、腕を引かれトイレを出た。
そのままバックヤードまで連れていかれ、店主は椅子を差し出し和中に座るように促すと、よく冷えたミネラルウォーターのボトルを渡してくる。
「急にヒートが来たみたいだな…お前からフェロモンの匂いがする」
「俺は…」
「これはオメガのものだ、お前、知り合った時はアルファだって言ってたよな?」
──オメガ?俺が?俺、ベータになるかも知れないはずじゃ…。
和中は上手く回らない舌で、今日闇医者で言われたことを全て話した。
店主は顎に手を当て、考えた様子でそれを聞いている。
店主には既に番の女がおり、和中のフェロモンに当てられることなく対応出来る。
一通り話を聞き終わった店主は。
「突然変異ってやつなのかもな…身体のオメガ化が始まっていたから、一時的に判定がつかなかったのかも知れない」
「俺、どうなるんだ…?ベータじゃなくオメガなんて…」
「うちのやつが使ってる抑制剤がある、合うかは分からないがそれを飲んでみるのはどうだ?一時しのぎにはなるだろう」
和中の疑問の答えにはなっていなかったが、頷いて店主が近くの自宅に抑制剤を取りに行く間、バックヤードで待つことになった。
店主は飲んでいる客に詫びながら帰ってもらい、和中を襲おうとしたあの男にも詫びて、店から出したようだ。
こんなにも親身になってくれる店主を、一瞬でも毒を盛ったかも知れないと疑おうとするなんて…彼に申し訳ない。
店を閉めた店主は、それから抑制剤を取りに行った。
──身体が、灼けるように熱い。
まるで、熱に浮かされた子供のようだ。
目眩は治まらず、和中の瞳は視界を固定しようと小刻みにブレている。
身体が怠くて…それでも異様な性欲が湧き出して来るのを感じる。
事実、先程知らない男に唇を奪われた時、身体を委ねそうになった。
椅子に腰を掛け、項垂れてハッ♡ハッ♡と荒く息をしながら、考えに耽る。
頭を過ぎるのは、アルファだった日々のことばかりだ。
皆から羨望の眼差しを向けられ、天羽組に入ってからも同じアルファの小林としのぎを削って、組の最高戦力の双璧にまで上り詰めた。
夜の社交の場でも、女に不自由しなかった。
寄ってくるのは大体ベータだったが、たまに出会うオメガの女との一夜限りの関係も、また魅力的だった。
和中の場合は、運命の番を探すという目的も兼ねていたのだが。
小林にも、アルファ同士の子供が欲しいと、半ば告白のようなことを言われた。
──今日の昼、ベータになるかも知れないと言われたばかりなのに…なんなんだこの急すぎる展開は…。
属性判定が不明から、まだ信じ難いがオメガに変わっているのかも知れない…あまりに展開が早すぎて、頭がついてこない。
この溢れ出るような性欲も、繁殖本能の成せる技なのだろう。
だが、不思議だ…三十路を超えてからアルファがオメガになることなど有り得るのか。
アルファもベータも、そしてオメガも第二次性徴期にその属性が発現し、一生変わらない先天的なものではないのか。
オメガの男は華奢な体型の者が主で、多くは恵まれない環境で暮らしているという。
差別撤廃と声高に叫ばれ、厚生労働省が動き労働法が変わってからはオメガの社会進出も進んできていると聞くが、実態はまだまだだ。
事実、その恵まれない環境のせいで半グレになる者や、天羽組の門を叩いておいて、厳しい部屋住みの生活についていけずに辞めていくオメガを、山と見てきた。
もし極道の世界に足を踏み入れていなかったとしても、名家出身で当然のようにアルファの和中とは全て無縁な話。
身体つきも、痩せ型ではあるが肩幅もありそれなりに鍛え上げられているし、決してオメガのような華奢さはない。
オメガの男の体型や境遇は、まるで別世界の物語のようだ…と思って生きていける…はずだったのに。
和中自身も、属性で差別しているつもりはないが、最上位であったはずのアルファから、よりによってオメガの男になるなんて…。
──いや。
最後まで、希望は捨てない。
例え属性判定がオメガだったとしても、抑制剤があればフェロモンは制御出来る。
それに、和中がこれまで裏社会で築いた地位と、この鍛えた肉体が退化しなければ、オメガだとバレないはずだ。
「待たせたな、抑制剤だ」
戻ってきた店主から抑制剤を受け取り、先程手渡されたミネラルウォーターで喉に流し込む。
暫くして、目眩も身体の熱さも治まった。
「だいぶフェロモンの匂い治まってきたな…だが気を抜くなよ、抑制剤、弱いみたいだからまだ微かにフェロモンが漏れてる…明日の朝までの分渡しておくから、朝イチで病院へ行け」
「分かった、色々すまんな…」
礼を言い、クローズと英語で書かれている下げ看板のかかったドアを出て、足早に自宅のあるマンションへ向かう。
タクシーを使おうかとも迷ったが、タクシーの運転手と二人きりの空間というのも、不安でしかない。
幸い、自宅のあるマンションまで近いので、出来るだけ人通りの少ない経路を計算しながら、帰路に就くことにした。
◇
その頃、小林は和中のマンションの前まで来ていた。
小峠に住所を教えてもらってから来たのだが、意外にも小林の自宅の徒歩圏内だったのだ。
──昨日のこと、はっきりさせたいんだけど、勇気が出ない…。
いきなり子作りを誘うような言葉を、突然浴びせてしまったことを誤解だと詫びたい気持ちが、まずある。
そして、あわよくば彼と純粋でプラトニックな付き合いから始めたいという、告白をしたい。
彼の性格は、行動を共にしていた時分から知っているつもりではある。
全てではないが、それも付き合っていく内においおい知ればいいことだ。
マンションの前でウロウロしている小林に、当然のようにエントランスを出入りする住人は、不審な目を向ける。
暫くすると、暗く細い道から出てきた和中らしき人物が、こちらにやってくるではないか。
──えっ、何、これ運命!?
咄嗟にそう思い、息を殺すようにその人物を見ていると、和中だという確信に変わった。
こんな遅い時間、和中が自宅に帰っていなかったことも、偶然とは言えこの瞬間に鉢合わせ出来たことにも、小林は運命を感じずにはおれなかった。
距離を詰めてきた彼に声をかける。
「わ、和中の兄貴〜、こんばんはですー」
変に丁寧すぎる日本語で、柄にもなく丁寧にお辞儀をしながら挨拶し、心做しかフラフラしている和中の前に立つ。
和中は小林がいると知るなり、なにか恐ろしいものでも見るように瞳を見開き、後退りする。
「どうしたんだ、小林…何故俺のマンションを…」
「いや、昨日のこと謝ろうかどうか…」
そう言いかけて、小林はスンッと何かを嗅ぎつけたように鼻を鳴らした。
そのまま、和中の方へ歩み寄り。
「あれー?なんか、兄貴からエロい香りがー…これもしかしてぇ…ヒー…」
「言うな!」
和中が必死に首を振り否定する。
「兄貴、アルファだったんじゃ…」
しかし、状況をすぐに察した小林の瞳に、落胆と同時に妖しげな光が宿る。
このフェロモンの匂いは、確実に発情期のオメガのもの。
なら、もう詫びもプラトニックな付き合いもなにも、必要ないではないか。
愛でるだけ愛でてトロトロになったところを、孕ませてしまえばいい…運命の番かを確かめるのは、その後だ。
彼の頭脳と、剣の才、そして容姿があれば確実に最高の子が生まれる。
小林は、聞きたくないと言わんばかりに、両手で耳を塞いでいる和中にズカズカと歩み寄り、身体を突然肩に担ぎ上げた。
「な、にす…!」
「何って、俺とセックスして相性を試すんスー♡」
アルファよりオメガの方が孕みやすいでしょー?と、小林は鼻歌混じりに自分の自宅まで和中を運ぼうとする。
和中は足をばたつかせ、小林の肩の上で宙ぶらりんになりながら背中を両手で叩くが、力強いこの腕と背に、抗う術などないことを知る。
──俺、オメガになった途端、孕まされるのか!?
続く…
コメント
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ああ、第10話、すごく切なくてドキドキしました……! ずっとアルファとして生きてきた和中が、突然オメガになるかもしれないって展開、心臓がぎゅっとなりました。トイレのシーンの、抗えない感じの描写が生々しくて、思わず息を止めて読んでました。それに最後、小林に担ぎ上げられちゃうところ! 「孕まされるのか!?」って叫びに、思わず「ええっ!?」って画面の前で声が出ました(笑)。続きがすごく気になります〜!