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ミューゼは狼狽えていた。
目が覚めて、すぐに目に入ったその光景に、言葉を失った。
「なな、何してるのパフィ……」
「……私は何もしてないのよ。動けないのよ」
とか言いつつも、パフィの顔は少しニヤけている。
腕にくっついているアリエッタが、可愛くて仕方ない様子。
「おのれ…パフィさんめ……」
「うわっ!? リリさん? なんかすっごい顔になってますけど?」
「だって……夜の間中、ずっとこの光景を見せられていたんですよ。もう嫉妬で狂いそうに……うぐぐ」
(リリさんってこんな人だったっけ?)
彼氏が欲しいリリは、可愛いモノが大好きだった。
完全に嫉妬に狂っているように見えるその表情に、ミューゼはちょっと引いている。
「ちょっと静かにしてほしいのよ。アリエッタが寝てるのよ」
そのパフィの言葉に、ミューゼも同じ表情で睨みつけたのだった。
「……ん……ふぁ」
「あら、アリエッタ、目が覚めたのよ? もうちょっとゆっくり寝てても良かったのよ」
今にも狂いそうな顔の2人に見守られながら、アリエッタはゆっくり目を覚ました。
目の前にある腕と、パフィの顔をゆっくり見比べて……少しだけ体を離し、恥ずかしそうに顔を赤らめながら目を逸らした。
(そうだった、無事だって分かってても離れたくなかったから、ちょっと抱きついちゃったんだった……うわぁ何やってるんだ僕は……)
「うぐっ……何この子、可愛過ぎるのよ。明らかに昨日受けた打撃よりも強力なのよ……」
「パフィさんそこ変わって! 今すぐに!」
「落ち着いてくださいっ、その顔でアリエッタに近づいたら駄目です!」
見ただけで致命傷を受けたパフィに、鼻血と涎を垂らしながら必死に懇願するリリ。そしてそれを必死に止めるミューゼ。
アリエッタが起きた瞬間から、部屋の中が騒がしくなってしまった。
「ぱひー、おはよ」
「おはようなのよ、アリエッタ」
身を起こしてから挨拶をし、撫でられるまでがセット。
まだ少し照れるものの、アリエッタはその感情を疑問に思う事が無くなり始めていた。
「おはよう、アリエッタ」
「おはようございます! アリエッタちゃん!」
「おはよ、みゅーぜ。おはよ、りり」(なんで鼻血出してるんだろう……)
ちゃんと挨拶出来たは良いが、どうしてもリリの鼻血に目が行ってしまう。
(あ、それよりも! みゅーぜ!)
アリエッタは昨日最後に見たミューゼの姿を思い出し、慌ててミューゼに駆け寄った。その顔を見て、ミューゼもすぐに自分が心配されている事に気づく。
「みゅーぜ! みゅーぜ!」(怪我は!? 魔法みたいなので直してもらったのかな!?)
ミューゼの手を取り、顔を見て、服を着ているにも関わらず心配そうに全身を見るその姿に、ミューゼは我慢出来ずにアリエッタを抱きしめた。
「心配させてごめんね。もう大丈夫だから……助けてくれてありがと……」
「みゅーぜぇ……」
何を言っているのかは分からないが、無事な事は知っていたし、触れてみて大丈夫という確信を得て、アリエッタはわんわん泣き出してしまう。それを見たリリは、もらい泣きをしていた。
「なんで私の代わりにリリがもらい泣きしてるのよ?」
「だってぇ…ぐすっ……アリエッタちゃん良い子すぎて、良かったねって思ったらつい……」
「……まぁ気持ちは分かるのよ」
パフィはベッドから降り、ミューゼとアリエッタの方へを移動する。魔法で治っているとはいえ、心配はしているのだ。
「ミューゼ、大丈夫なのよ?」
「うん、大丈夫。パフィもありがと」
「なら良かったのよ」
本人から直接聴いた事で、ようやく完全に安堵する。
そのやり取りを静かに泣きながら見ていたアリエッタが、反応した。
「だい…じょ……ぶ?」
「!」
「!」
「?」
この反応が初めてではないミューゼとパフィは、すぐに次にするべき行動を考えた。
(チャンスなのよ!)
(言葉は少なめに! 動きはオーバーに!)
「うん、大丈夫!」
簡単にそう言って、怪我が無い事をアピールし、元気そうに振舞うミューゼ。
「ミューゼは、大丈夫! なのよ」
パフィも便乗して『大丈夫』を強調する。
(なるほど! 怪我が治ったのを『だいじょーぶ』なんだ!)
「みゅーぜ、だいじょーぶ! ぱひー、だいじょーぶ!」
「そうよ、良く出来ました♪」
頷きながらアリエッタの頭を撫でた。
言葉を呟いたら、意味を教えて、正しく使えたと思ったら撫でてあげる…までがセットである。
人や物の名称以外はこうやって言葉を拾っていく。これがミューゼ達が出来る教え方。
アリエッタは「だいじょうぶ」を覚えた。
(フゥー……アリエッタちゃん可愛すぎヤバイ。私このまま悶え死にそう……)
全然大丈夫じゃない人が、すぐ横で静かに萌え苦しんでいたが、3人は気づいていなかった。
しばらくして、ドアがノックされた。
「はいどうぞ~」
「あの……失礼します」
「ロンデル副総長? どうしました?」
申し訳なさそうに部屋の前に立っていたのは、リージョンシーカー副総長ロンデルだった。
リリにドアを開けてもらい、ようやく安心したように息を吐く。
「あ、もう大丈夫そうですね……いやちょっと、入りづらかったので」
実は結構前に部屋の前まで来ていたが、なんだか悶えている声が聞こえたり、子供の泣き声が聞こえたり、喜んでるような声が聞こえたりしていて、入るに入れず、タイミングを随分前から見計らっていたのだ。
しかも中にいるのは女性のみ。そこに無理矢理突入する根性も無神経さも、ロンデルは持ち合わせていなかった。
仕切り直すように咳払いをし、キリッとした目つきになって、パフィ達を見た。
「今回の事件の事で、お三方には説明と謝罪、そして可能な範囲での賠償と報酬が用意されます」
「説明と謝罪なのよ?」
「賠償と報酬? なんだろう?」
ミューゼとパフィには、何のことか分からない。
「全て説明しますので、一緒に応接室まで来ていただけますか?」
「? はい、分かりました」
別に予定も無かったのと、今回の生物の説明ならばと、ロンデルについていく事にした。
「それじゃ行こうか、アリエッタちゃん」
何故かちゃっかり、リリがアリエッタの手を繋いでいた。
「ピアーニャ総長、お連れしました」
「お、おう。はいってくれー」
中からちょっと緊張気味な女の子の…ピアーニャの声が聞こえた。
ロンデルはドアを開け、部屋の中へと3人を招き入れる。ちなみに、リリは途中で飲み物を取りに行っている。
「まずは座ってください」
「はい」
部屋の中央にはテーブルと対面に配置されたソファ。その片方のソファの前に、ピアーニャが立っていた。
(僕よりちっちゃい女の子だ……どうしたんだろう?)
何も知らないアリエッタは、当然ピアーニャの事が気になる。
3人は言われた通りにソファに座った。真ん中がアリエッタである。
ロンデルはまずテーブルの横に立ち、ピアーニャに紹介をし始めた。
「こちらが、今回の事件の被害者のお三方です」
(被害者?)
(被害者なのよ?)
(あの子気になる……)
(うぅ……なんでそんなに…わちをみるのだ……)
言葉が分からないアリエッタは、目の前の幼女にくぎ付けだった。
「まずはリージョンシーカー、ニーニル支部所属、パフィ・ストレヴェリーさん」
「はいなのよ」
「そして同じくニーニル支部所属、ミューゼオラ・フェリスクベルさん」
「はい」
「最後にアリエッタさん」
(ん? えっと……たしか今ミューゼは……)「はいっ」
とりあえずミューゼの真似をして「はい」と言ってみたアリエッタ。
「おっ、えらいねーアリエッタ」
先程と同じく、頭を撫でたら正解の合図。
(なるほど、これが返事だね!)
「私も呼んでみるのよ。アリエッタ」
「はいっ」
アリエッタは「はい(返事)」を覚えた。
なんとなく和んでいると、ドアがノックされ、リリが飲み物を持って来た。
大人にはお茶、アリエッタとピアーニャにはジュースが配られる。
「いや、わちもオトナなんだが……」
その呟きは笑顔でスルーされた。
「さて、揃ったところで今回の生物の説明をさせていただきます」
ロンデルは舌足らずなピアーニャの代わりに、今回のあらましを話し始めた。
グラウレスタで赤い生物を倒し持ち帰った事、復活してピアーニャと戦い逃げた事、その生物が町に出て3人を襲った事。
説明が進む程、ピアーニャの顔色が悪くなっていった。
「えーっと……つまり……」
「総長のミス、及び私を含めたシーカー達の力量不足で、貴女方は巻き込まれたという訳です」
「すまんっ!」
ピアーニャがソファから降りて、頭を下げた。続いてロンデルも頭を下げる。
(頭を下げた……謝った? いったいどうしたんだろう?)
「えぇと……私達はいいのよ。一応シーカーなのよ」
「うん、町中でグラウレスタの生物に襲われるなんて事になってしまいましたけど、そういう事態を含めての戦える仕事なので、あたし達も力不足だったって事で大丈夫です」
「う、うむ……」
「ですが……」
ロンデルが謝ったまま顔だけ起こし、ミューゼとパフィの間を見る。
「……ですよね。アリエッタは違いますもんね」
「そうなのよ……」
(ちっちゃい子が謝ってるって事はきっとイタズラでもしたんだな。家の壁に落書きでもしちゃったのかな?)
子供のアリエッタが失敗に巻き込まれたのは、リージョンシーカーにとって大失態。ミューゼとパフィが一緒にいたのは、傍から見ればただの幸運である。
しかし……
「シャザイはトウゼンとして、そのこはいったいナニモノだ? あんなデカいセイブツをぶっとばしていたが……」
守るべき者に守られたという事実が、さらに事態をややこしくしていた。
ミューゼでも抑えられなかった大きな生物を、小さなアリエッタがぶっ飛ばして殴りつけて潰したのだ。理解する方が難しい。
ミューゼ達はどう説明するべきか悩み、ピアーニャ達はどうしたら良いのか判断に困り、沈黙してしまう。
その時、アリエッタが動き出した!
「アリエッタ? どうしたの?」
ミューゼの呼び声に一度振り向くが、再度移動を始める。
全員が見守る中、アリエッタはピアーニャの前へとやってきた。
「うっ……なぐるなら、なぐってくれ。ケジメはつけなくてはな」
一瞬怯むも、覚悟を決めたピアーニャ。そんな幼女にアリエッタは手を伸ばした。