テラーノベル
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教室に戻ったとき、遥はもう席についていた。
窓からの陽が机を照らしていたけど、あいつの肌はまるで熱を拒むみたいに、白く、沈んで見えた。
視線を向ける。
でも──遥は、一度もこちらを見なかった。
それが、最初の違和感だった。
昨日の昇降口。あんなふうに泣いて、崩れて、抱きついてきたのに。
何かが戻ってきたように思えたのに。
なのに、今の遥は……“何も感じてない人間”みたいだった。
声をかけようとして、やめた。
隣の席に座るとき、机のきしむ音に、遥の肩が一瞬だけ揺れた。
でもそれだけだった。
こっちを見ない。
話さない。
呼吸が浅い。
目の奥に焦点がない。
なのに、ノートにはちゃんと文字が並んでる。
──まるで、感情だけが抜け落ちてるみたいに。
昼休み、弁当を取り出す様子もなく、机に伏せた遥を、何度も見た。
「……おまえ、体調……」
声をかけかけて、また止めた。
(ちがう。違うんだ。──これは“体調”とかじゃない)
遥の中の何かが、音もなく、壊れ始めてる。
いや、違う。
きっと、もうとっくに壊れてたのを──
昨日のあれは、ほんの一瞬、“壊れてないふり”をしてくれただけなんだ。
「遥……」
名前を呼んでみた。
でも、あいつは反応しなかった。
本当に眠ってるのか、それとも……。
(何が正解なんだよ、これ……)
どうすればよかった?
どうすれば、あのとき“止められた”?
──何から?
蓮司から?
それとも、もっと前から──遥が、全部を閉じてしまう前から?
なにひとつ分からないまま、俺は隣に座って、ただ、あいつを見つめ続けた。
息を殺すように伏せたその背中が、なぜかものすごく、遠くに思えた。
(頼むから──どこにも行かないでくれ)
言えない言葉が、喉の奥で、ずっと引っかかっていた。
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