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「えっ、百年前の火事のことは――」
「先輩に聞きました」
「……あの子たち、エレノアが入って浮かれてるからなあ」
私はさらっと嘘をついた。
オリバーは先輩たちの態度にため息をついた。
オリバーの言う通り、メイドの先輩たちは色恋話と噂話が大好きだ。仕事が終わるとお茶を淹れて就寝時間までおしゃべりをしている。そこで、百年前の火事について話題が出てもおかしくはない。
「資料室に入って、当時の日報を読みました。そこで気になった現象があるのです」
「現象?」
「『バンッという爆発音の直後、青い煙が見えた』という証言がありました」
バンッという爆発音という証言だけであれば、何かが爆発したのだと思う。
可能性が高いのは、火や食用油を扱う調理場や洋灯の燃料を管理する倉庫だろうか、なんて推測しただろう。
当時の人たちは”青い煙”を魔法の触媒が燃えたからだと考え、気にも留めていなかったはず。
だが、青い煙という証言を見て、私はマジル王国の仕業だと確信した。
「青い煙……、それはマジル国の兵器である”|時限閃光爆弾《タイブルムボム》”が使われた可能性が高いです」
「時限爆弾だって聞いたことがあるけど、実物は見たことないなあ」
「その兵器は百年前にもあります。ただ、今回の戦争での使用はなかったかと……」
タイブルムボム。
この兵器は”ブルウム”という一定の温度に達すると青い煙が発生するマジル特産の火薬を用いて作られた爆弾だ。
爆破する時間を逆算しやすく、青い煙が発生することから爆破結果の確認がしやすいと、時限爆弾として活用されてきた。
「それって、今でもあるの?」
「はい。百年前から改良された現在では、戦場に設置した爆弾をこの屋敷から定刻に爆破することが可能です」
「えっ!? ここから戦場って……、馬車で四日はかかる距離にあるのに!?」
「はい。設定した通りに魔力を注げば。ただ、マジル王国の”魔術”とカルスーン王国の”魔法”は仕組みが違いますので、オリバーさまが慣れるのには時間がかかると思いますが……」
「……エレノアの話を聞いていると、カルスーン王国は無謀な戦いをしているのではないかと思うよ」
改良された現在では、かなり遠い場所から遠隔で爆破することが可能になっている。
私の話を聞いたオリバーは、二国間の戦力差に顔が青白くなっていた。
「もっと近代的な兵器も開発されているのですが、それはこの話題に関係ないことですので省かせていただきます」
「女性の君がマジル王国の軍事兵器に詳しいだなんて……、君は一体――」
「ただのソルテラ伯爵に仕えるメイドです。マジル王国での身分は……、捨てましたから」
「あ、ああ、うん! 話がそれちゃったね!!」
私がマジル王国の兵器に詳しいのは、父がその事業に携わっていたから。
父の身分は高く、娘の私も裕福な暮らしをしていた。身の回りの世話はメイドや使用人にやらせていたほどに。
だけど、それは過去の栄光。捨てたもの。
なぜ、捨てたのかはオリバーであったとしても話したくはない。
私の気持ちを察してくれたのか、オリバーはそれた話題の軌道を直してくれた。
「あの爆弾はマジル王国にしか出回っていないもの。百年前も同様です」
「僕の先祖は、マジル王国の暗殺者に殺されたってことになる。当時、生き残ったのは十歳の……、僕の曾祖父だけというのは知っているよね」
「当時のマジル王国は、国王が代替わりする時でした。継承争いも激しかったと記憶しています。オリバーさまのご先祖は、その争いの犠牲になったのかもしれません」
「……ソルテラ伯爵家の弱体化だろう?」
「はい」
ソルテラ伯爵家の弱体化。
それはマジル王国では多大なる功績になっただろう。
幼い子供一人だけを残し、当主やその親族をタイブルムボムで殺害する。
百年前のマジル王国の工作によって、ソルテラ伯爵家は二つの秘術を失った。
私が六度目の【時戻り】で知ったのは、祖国の企みだった。
そのせいで、現当主であるオリバーは窮地に立たされている。
「何が弱くなったかは、話せない。エレノアの想像に任せるよ」
「……憶測ですが、マジル王室はそれを”知っていると”思います」
「そうか。君が言うんだから確かだろうね」
オリバーは項垂れ、先ほどまでの笑みは無くなっていた。
戦争中の敵国が、ソルテラ伯爵家の弱みを把握しているのだ。
カルスーン王国は始めからマジル王国の手のひらで踊っていたのだと伝えたと同等である。
「ですが、一つ腑に落ちないところがあります」
「何か引っかかることがあるんだね、エレノア」
私はコクリと頷いた。
高い身分で軍事に携わる父がいたから、分かること。
本来ならオリバーに話すなど、祖国に対する裏切り行為だろう。
だが、今の私はオリバーに仕えるメイド。彼の運命を変えたいとさえ思っている。そのためなら、過去に得た祖国の情報を全てオリバーに話す。
「マジル王国が近代兵器を使用していない点です。他国の戦争ではバンバン使用していたのに、カルスーン王国では全く使われていません」
「えっ、そうなの!?」
「戦い方が古いのです。三百年前の戦い方を踏襲しているみたいで――」
なぜ、そのような攻め方をしているのか全く分からない。
私が祖国を出たのは両国が戦争を始める前だったので、どういった作戦を取っているのか知らないが、もし、他国でこのような攻め方をするマジル王国の軍師がいたら、即役職を下ろされるだろう。
「三百年前の戦い方……」
「初代ソルテラ伯爵が巨大な火球を落とした戦争です。あれで、無敗と言われていた我が国は初めて敗北いたしました」
「うん、僕の祖先の功績だ」
「それから、私たちは”少人数で大勢の敵兵を倒す手段”を編み出してゆき、兵器もその理念に沿ったものが開発されています。それほどに、被害は大きかったのです」
「そっか」
私の疑問が、オリバーの役に立てばいいのだけど。
私が内に溜めていた疑問はここまで。
オリバーは落ち込んだ顔から、何かを考えている表情にをしている。
私の話を聞いて、何か判ったのだろうか。
「君の話はとても役に立ったよ。でも、今の話は僕たちだけの秘密だよ」
オリバーは人差し指を口元に立てる仕草をして、この話を他の人に話してはいけないと忠告した。
私は「わかりました」と頷く。
「では、私は仕事にもどります」
「うん、頑張ってね!!」
「失礼します」
私は服の裾を持って、オリバーにお辞儀をし、この場を去った。
だが、この話がオリバーにとって悪い方向へ向くとは、思ってもみなかった。