オリバーに私が知りえることを伝えてから少し経ち、彼は数人の従者を連れて王都へ旅立った。
今日、王都から戻ってくる。
残された私は、庭園の掃除をしながら化粧の技術を磨いていた。
練習を続け、先輩までいかないけどまともになった。奥二重の瞳も大きく見えるようになった。ブルーノとすれ違っても「ブス」と罵られなくなった。
(……あともう少し)
ブルーノに名前を覚えられるまではあともう少しのようだ。
そこまで達すれば、すべてがやりやすくなる。
私が考えるオリバーを救う道筋を妨害するのはブルーノだ。彼は兄のことを「ブタ」「クズ」と罵っているが、裏で彼を守っている。権力狙いで近づこうとするメイドを虐め倒して辞めさせたり、企みを持った使用人をオリバーから離れた仕事に追いやったり。
私たちの評価は最悪だが、オリバーの信頼は厚い。
ブルーノに早い段階で気に入られれば、オリバーに早く近づける。
「エレノア、いる!?」
同じ仕事をしている同僚が私に声をかけてきた。
庭園は広く、同僚が声をかけてくるのは仕事でトラブルが発生したときだ。
でも、この時期にトラブルは起こっていないはず。そうならば、仕事終わりの報告会で話されているから、何度も【時戻り】を行っている私なら知っていて当然のこと。
(運命が変わったんだ――)
考えうることは、オリバーに百年前の真相と私の疑問を伝えたこと。
「います!! どうかしたのですか?」
「た、大変! オリバーさまが王命に逆らった罪で、王様に捕らえられたって!!」
「と、捕らえられた!?」
同僚の話を聞き、私は驚愕した。
私の話が悪い方へ向いてしまったんだ。
☆
オリバーが王城に捕らえられている話は屋敷中に広まり、私たちは仕事を中断して広間へ集まった。そこには慌てた様子のスティナとブルーノがいる。
周りもオリバーが国王に捕まったという事実を受け止めきれず、ざわついている。
「他に情報は入っていないの!?」
「……私たちは王城から突き返されたので。それ以上のことは」
「この、役立たず!!」
屋敷の主であるスティナが、王城から帰還したメイドたちに事情聴取をしていた。
しかし、メイドたちはオリバーが国王に捕らえられたあと、王城から追い出されたようでそれ以上のことは分からないようだ。
スティナは十分な情報を得られず、メイドに暴言を吐いた。そして、彼女の頬を殴る。
パチンという痛々しい音が、広間に響いた。
(……どうしよう)
最悪の事態になるとは思わなかった。
【時戻り】をしようにも、あの水晶の発動条件は”オリバーが死亡すること”であり、今はそれを満たしてはいない。
「あのブタのせいで、爵位をはく奪されたらどうするの! ブルーノちゃんが当主になれないじゃない!!」
甲高い声でスティナは不満を叫んだ。
国王の怒りを買ったソルテラ伯爵家は存続が出来ないのではという、なんとも自分勝手な理由だ。
スティナにとって、オリバーは邪魔な存在であり、義理の息子としての愛情は一切ないのだというのが分かる。
「母上、落ち着いてください!!」
発狂しているスティナをブルーノが止める。
「誰か、母上を部屋に連れて行け」
ブルーノの命令に数人のメイドが動き、スティナを私室へ連れて行った。
「ブルーノさま、私たちはどうすれば」
「……」
残されたのはブルーノのみ。
ブルーノは顎に手を当て、考え事をしていた。
「いつも通りの仕事をしろ。あのデブのことは俺がどうにかする」
ブルーノはそう言い、私たちは与えられた仕事に戻る。
(私のせいだ……)
私はその場に留まり、後悔の念にとらわれていた。
私が余計なことをオリバーに伝えてしまったから。運命を悪い方向へ変えてしまった。
「お前、突っ立っていないで仕事へ戻れ!!」
「……申し訳ございません」
ブルーノに注意されるほどに、私は取り乱していた。
「……待て」
ブルーノは仕事へ戻る私を引き留める。
「お前、様子がおかしいな」
「いえ、私は――」
まずい。
ブルーノは想定外の事が起こり、気が立っている。
ここで目を付けられるのはまずい。危ない。
身の危険を感じた私は、会話を遮りこの場から去ろうとする。
しかし、ブルーノに行く手を阻まれた。
「俺は機嫌が悪いんだ、何か心当たりがあるなら吐け!!」
肩を強くつかまれる。そして、身体を強く揺さぶられた。
痛みと脅迫。
私は恐怖で言葉が出なくなった。
「おやめ下さい、ブルーノさま!!」
「うるさい、お前は引っ込んでいろ!!」
メイド長が声をかけるも、気が立っているブルーノはそれをはねつけた。
何も言わない私に苛立っているブルーノは、私のメイド服に手をかけた。
「出来損ないめ! 折檻だ!!」
「っ!?」
ブルーノは私の服を強引に引っ張り、折檻部屋へ連れて行こうとする。
数々の嫌がらせを受けたが、折檻部屋へ行くことはなかった。
痛い目に遭う。
それを知った私の身体は恐怖で小刻みに震えていた。
「ブルーノさま、お願いします!」
メイド長は再度ブルーノに抗議する。
どうして新米のメイドである私をメイド長が助けるのか。彼女はオリバーのように正義感の強い人間ではない。立場が危うくなるところには首を突っ込まない性格なのに。
「エレノア”さま”を傷つけるのだけは、どうか、お止めください!!」
私はこの一言で分かってしまった。
メイド長こそが”裏切者”。
百年前ソルテラ伯爵家をタイブルムボムを使って全焼させたマジル工作員の子孫なのだと。
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