コメント
0件
「ねぇ! 怒った?」
吉木が笑いながら体育座りをしているグルに駆け寄っていくと、吉木は手で口を抑えられた。
「怒るに決まってんだろ。 隣でバンバンバンバン銃撃ちやがって」
声を荒げながら言っているグルは、見るからに激怒していた。抑えている手も、鶏か何かを締めるように力を増した。
「んー!!(辞めて!!)」
吉木がしばらく体をくねらせながらも、ポケットから拳銃を取り出し肩を力強く撃った。
「いっっっだ?! 普通撃つかよぉ?! お前が悪いのに逆ギレしやがって!!」
床で藻掻き苦しみつつも、睨んでいる目は真っ直ぐだ。吉木も焦りの色を見せていた。
「だ、だって。君、今 殺そうとしたよね?! 危なかったんだよ?? 正当防衛ですぅ!」
「それはすまない。けど、撃つなよ?! 処置する道具も無いのに……」
「あるよ? 」
「寄越せ」
肩を抑えつつ、一生懸命な目で吉木を見つめる。それに、吉木はニヤリと笑みを浮かべた。
「僕に様付けした前提で下さいでしょ?」
「は? 浦様、応急処置道具を下さい」
言うことに躊躇がない、ということに驚きもあったが吉木はうっとりとした表情を浮かべる。
「いい子いい子」
後ろでパローマが大爆笑し爆竹よりうるさい空間の中、グルは一人で処置をしていた。損傷部分を消毒し縫合。その間に弾は取れて、割と早く処置が終わった。
「謝れ」
包帯を肩に巻いて、裸の上からコートを着ているグルが吉木の肩を叩いて言った。無論、吉木は撃つことに慣れていて満更でもない態度である。
「え、ごめんね」
台詞を読むように淡々としている。黒い目には疑問符が浮かんで見えた。
「お前と違って縫合跡があるんだけどな……ごめんで済むなら警察は要らないと思わないか?」
「反社に言う言葉?」
「傷つけて「ごめん」はないだろ? せめて償え」
「償え」という言葉に違和感を覚えたのか、吉木の動きが一瞬止まる。目を数回瞬きすると、その場に腰を下ろして銃を取り出した。
「つまりこういうことね。 グル君〜僕のこと撃って?」
グルに拳銃を持たせると、服を脱いで左胸に銃口を突きつけた。
「何故? 心にまで重傷負わせるつもりか? 」
グルは怒りを超えて血の気が波のように引いていた。それを見て、危険感を覚えた吉木が服の裏側に銃を仕舞う。
「ならどうすればいいの?!」
「酒でも飲ませてくれ……」
「パローマ。グル君がお酒飲みたいらしいけどオススメのやつある?」
背を向けているパローマは一口、カクテルを飲んだあとにグルと吉木の方へ顔を向ける。ほんのり顔が赤くなっていた。
「はぁー? ウチに聞くの?
アンタらだと……マティーニかなぁー。」
マティーニは爽やかな風味がするとよく聞く。あまり酒のことについては詳しくない吉木でさえも、マティーニという名前だけは知っていた。
「なんで?」
「────甘みが少ないからね。満足してるやつらはスパイスの効いた酒を飲んで雰囲気を調和してほしいなぁって思ったんだー。……あ、マスター! おかわり!」
もう何杯目だろうか。カクテルの次は赤ワインである。浴びるように飲んで「プハーー!」なんて美味そうに飲むものだ。それを見ていたグルは、耐えられなかった。早くマティーニを飲みたい。なんなら、飲みながら話したほうがいい気がする。
「吉木は飲まないのか?」
少し冷静になった様子でグルが聞いたら、吉木は首を横に振った。完全否定である。
「飲むに決まってるよ。疲れたときはビールビール。それと、カクテルよりワイン派」
「へぇ、ワインは料理のイメージしかないな……」
フレンチなどをよく食べていた為か、カベルネ・ソーヴィニヨンなどの赤ワイン。シャルドネなどの白ワインと、そんなイメージだったらしい。吉木は雰囲気的なものが好みでワインを飲むと言っていたが、グルは意味があるのではないかと考え込んでいた。
しばらくして、マティーニを吉木に奢ってもらいご機嫌なグルにパローマは質問を投げかけた。
「彼女とか居ないの〜?」
「居ない! 彼女さえ出来たことないし、告白されたこともないし、吉木以外の友達も居ないからな」
「なんかごめんね〜」
「謝られたら悲しくなるから辞めろ。お前こそ彼氏は?」
質問しようかと考えることさえせずに聞いたのが癪に障ったのかパローマは眉間にシワを寄せた。
「レディーに容赦ないよね……。 彼氏なら居るよー」
まさかの回答。隣で話を聞いていた吉木が目を全開に開いている。
「誰?! 初耳なんだけど?! ねぇ?!」
「目の前に居るよー。ね? マスタァー」
「まじ………んぇ?!」
グルと吉木が二人で呆然としていると、マスターが顔を赤くして恥ずかしそうにしていた。ハーブの香りが強いのにも関わらず、マティーニが甘い気がする。グルはこのとき、確かにどちらも甘かったら酔いつぶれてしまいそうだと納得していた。
「……話変わるけどさー、グル君ってここ数年間勉強以外に何もしなかったの?」
「勉強して寝るだけの日々だな」
「……やっぱ1年したら迎えに行けば良かった。銃の扱い方とかきちんと教えないとね……格闘技とか出来ないだろうし、それも教えるから」
後悔していたのか、溜息交じりに言葉を並べていた。その隣で、グルが独り言に近いような「格闘技」という言葉に反応する。
「格闘技……運動すら出来ないけど大丈夫なのか?」
「大丈夫、俺がちゃんと教えるよ〜! 今日やったら吐くだろうし辞めとくけど」
「なら宜しく。……俺、何処で寝れば良いんだ? 新人は床のほうがいいよな……」
はあ、と溜息を付く。
「え? ベッドで寝ないと腰痛めるよ?」
吉木がキョトンと腕に抱かれた猫のような表情をして首を傾げる。グルはそれを眺め、少し困惑したような表情を見せると、ポンと膝を打った。
「空き部屋があるのか、良かった」
「え? 僕の部屋しかないよ。……パローマは別居してるからね。僕の部屋はここを奥に行った所」
指を指した先には、薄暗くオレンジ色の暖かい光が目立つ廊下がある。奥には微かな明りに照らされた扉が見えた。
「ベッドが2つもあるのか」
「一つ。でも安心して、面積が広いからどうにかなるよ」
にっこりと吉木が微笑を浮かべたが、グルは腕組みをして唸った。
「うーん……その距離だと寝てる間に撃たれそうだな。手を縛って寝てくれないか?」
まさかの寝ている間に撃たれるのではないかという心配。
「僕のこと何だと思ってるんだい? この浦だよ?」
「浦だから危ないんだろ?」
御尤。先ほど当然のように肩を撃った吉木なのだからそういうことをしても不思議ではない。
「まぁまぁ、大親友を殺すなんて勿体無いことは出来ないよ。だから安心して! それと、明日の朝は早いから寝よう!」
「もう少し飲みたい……」
もごもごとグルが言うと、吉木はカクテルグラスを取り上げた。
「また明日ね。とにかく移動しよー。パローマ、おやすみー 」
「おやすみー。コート返してねー」
「あ、これ」
グルがコートを脱いでパローマに返すと、よろめきながら廊下を歩いていった。
部屋につくと、倒れるようにグルがベッドに飛び込んでうつ伏せたまんまである。吉木が消灯していいか確認を取ると、眠そうな声で返事をした。
「うん……」
「オッケー。おやすみー」
パチ。電気が消えて真っ暗になると、吉木もベッドに横たわり、布団を口まで上げた。グルは壁に額をくっつけるほど壁寄りで、吉木は腕を頭後ろにやって寝る様子もない。実は、グルも寝ていなかった。
「壁に血がついてる」
グルが酔いの覚めた声を上げると、吉木は当然のごとく答える。
「ハニートラップで仕留めた時に血が飛んだんだ。拭こうとしたけど染み込んでた」
「……壁をいっそのこと黒にしたら?」
「……それ、名案!」