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#4 まだ薄暗いタイの朝。彼はギャアッと小さな悲鳴を上げて起き上がった。状況の理解が追いつかないまま膝の上を見ると、吉木が乗っている。

「おはよう。朝からツボ押しさせてもらってるよ。気持ちいい?」

「信じられねぇくらい痛い。辞めろ。そんなことより今何時だ」

周囲を見渡しても、時計はない。殺風景な壁に汚れが染みていることしか確認できなかった。

「早朝四時。今日は銃の扱い方とか訓練方法が載せてある本を配るよ。あと仕事着もいくつか……そして見学だね。今日は眠れないだろうからご飯食べて頑張ろう!」

グルの膝からは離れようとせず、丁寧に正座をしてケラケラ笑っている。彼は瞼を閉じて、皺を寄せながら枕へと頭を戻した。それから沈黙が走ったと思えば、チャカチャカと音がする。重そうな金属音……本当に、最近聞いた音……。

「このまま撃たれたらどうなる?」

眼を見開いた。そして、吉木の手元を睨む。やはり……そこに握られているものは拳銃。

「親友を撃つ? 心っていう単語分かるか?」

彼は思わず苦笑して起き上がる。眠気が吹き飛んだ。

「馬鹿にするなよ。いつまでもグダグダしてたら殺される。僕じゃなくて他の糞野郎に殺されるかもよ。それでも寝るの?」

脅しのような言葉。妙に冷たい吉木の手が触れる。ヒヤリと寒気がした。

「……起きる」

「偉い偉い」

トン、と拳銃が彼の額に当たる。その場の空気が凍りついた。

「僕は今、君の膝の上。しようと思えば何でも出来るよ。こんな状況の中でグル君はどうする?」

「手を掴むとか」

「そしたら君も手が出せない」

「目潰し……首を押す……?」

「やってみたら? 怪我しても保証しないよ」

「……」

彼は素早く、眼を狙って指を伸ばした。そして、片手で鎖骨の凹みを押そうとする。しかし、指は妙な方向に曲げられて、もう片方の腕は枕へと投げられた。そして彼の喉仏を殴る。

「乗られてるとしても蹴ってやることも出来た。喉仏殴ることも出来た。全身を使ってどけることも出来たと思う。もう少し頭を柔らかくして考えろ……って、呼吸困難でそれどころじゃないね」

吉木の方向に倒れかかった彼の背中をポンポンと叩く。そこで、ニヤリとグルが笑った。吉木の肩を鷹のように掴んで反対の肩を大きく振り上げる。そして、中指を突き上げ親指、人差し指、小指、薬指で挟み込むようにして拳を作った。それを瞬時に振り上げる。

「ゔぁぁぁぁぁぁ!?」

声を上げているが、体勢は崩れていない。一体、何が起こっているのかというと、中指一本拳で股間を殴ったのだ。途端に体温が消えたかのように冷たくなった。まるで、睾丸がちぎれたかのような感覚に冷や汗が流れる。

「お前こそ舐めてるだろ。わざと受けてたとすれば被虐性欲に満ち溢れてるな。俺なら絶対嫌なのに」

そんな言葉も耳に入らず、吉木は涙目で呻いている。

「わざとなのは確か……だけど、こんな本気でするとは思わなかった……。馬鹿じゃないの……」

動こうと脚を動かすが、激痛で嗚咽を漏らす。彼は満足そうに笑みを漏らした。

「正当防衛」

「感覚ないけど、これ潰れてないよね? 久し振りにやられたから分かんない」

「潰れたかも。まぁ去勢みたいなもんだろ。パローマに腰振らないで良くなるだけ」

悶える吉木の頬を突こうとすると、空いている脚で回し蹴りを食らわせる。彼が気絶寸前になる程度だ。

「グル君居るから、アイツとは何もしない。意味わかるよね」

「……まぁ、女に手出すよりかはマシだろ」

しかも、あんな美人がコイツに抱かれているなんて考えたくもない。想像するだけで夢が壊れてゆく……いや、もう出会った瞬間から壊れていたのかもしれない。そう思えば思う程、何か悲しくなった。

「……これから君に参考書とか配らなきゃいけないんだけど……──遅れたらそのオンナに絞められるんだよね。君からしたら美女でも僕からしたら鬼」

立とうとすると、彼が足を引っ掛けた。しかし、簡単に払われて踏まれる。戯れ合うように力は入れていなかった。

「僕と遊びたいのは分かるからさ、ね。時間がもうそろそろヤバいから行こう。あと喉仏大丈夫? 青黒くなってるよ」

「痛いけど仕方ないだろ」

ベッドから降りて、何度か咳をする。そのとき、背中に感じた小さな違和感に表情を歪めた。何やら濡れているのだ。そして張り付いている。手で触りながら歩いていると、吉木がそれを見て驚いたような表情を浮かべた。

「体液出てきてるね。申し訳ないけど、後ろにタトゥー入れさせてもらったよ。僕と同じ青い薔薇のタトゥー」

平然とした様子で言われ、彼は理解が追いつかなかった。起きてから痛みを感じた記憶が一切ないのだ。ジメジメとした廊下で立ち止まり、振り向く。

「……いつ?」

「タイに来て、すぐ。それでササッと終わらせて眠らせた。少し痛かっただろうけど、肩撃たれてそれどころじゃないでしょ」

ふと思い返せば、そうだ。肩を撃ち抜かれたのだった。その後も慌ただしく痛みを感じる暇もない。混合酒を傾けている間も、酔っていて記憶があまりなかった。色々思い出すと、当たり前のように朝起きてここに居る自分が誇らしくなっていた。だって、あの状況で生きているのだから。

「もはやどうでもいい。そういえば、仕事着とかあるのか? 一種類だと思えない」

「沢山ある。人を刺す練習とか狙撃練習の服、格闘技用のもの。仕事に使う、私服と似たものとか。数は沢山あるけど今日は練習用かな」

吉木が階段の手摺を持ち、ゆっくりと下りる。彼は疑問を感じながらも言えずに後を追った。でも矢張り、吉木の膝がおかしい。動きが不安定で、無理矢理動かしているようにも見えた。彼が脚に触れようとすると、目にも留まらぬ速さで体の向きを変える。

「何?」

そう言って、薄ら笑いを浮かべた。彼は曖昧に濁してふと考える。吉木は昔から怪我を隠していた……その癖がまだ残っているのだろうか、と。

「その様子で訓練の練習に付き合えるのか? 脚が痛々しいぞ」

「……この間、敵を仕留めたあとすぐ逃げたんだけど、転落したんだよ。高いところから。でも慣れてるしこれ以上の怪我してきてるから平気」

──これ以上触れるな。

そう言われた気がした。彼は口を噤んだまま扉を開く。すると、痺れを切らして明らかに苛立っているパローマが視界に入った。

「遅ーーい。何時だと思ってんの〜? もう五時になるんだけど。単独行動時間重視の暗殺業でこの起床時間は危機感持ったほうがいいよ」

「ごめん。でも今日休みだし良いじゃん。パローマこそ夜七時からカセムって人始末しに行くだろうに」

拗ねた子供のように唇を尖らせた。すると、パローマが朝食のパンを口に運びながら鼻で笑う。

「疾うの昔に準備なんて終わってるわよ。そもそも、今回はそいつが入ってるテロ組織の情報を聞き出して最終的に殺すのが流れ。その情報を他の機関に共有して会議開くのが毎回の流れでしょー? 覚えなよ」

「へー。そういえば会議ってグル君も参加する?」

「全員。でも変装して行かなきゃ大変なことになるよ〜。発注したから届いてる筈だけど」

突然、椅子から立ち上がるとバーの奥側へ姿を消した。段ボール箱が破れる音と共に袋がグシャグシャ音を立てていた。彼は立ったまま待っていると、音が静まったことを確認して覗き込む。そして間もなく、息を呑んだ。

「人の皮……?」

顔、胸、脚。様々な被り物が袋に入っている。触っても分からない程にリアルで気味が悪い。まるで、本当に人間の皮を剥がしたような……。その下には、軍服と普通の服に機械などが仕掛けられたもの。そして防弾チョッキなど。服が並べられている。

「そう見えるだろ。これ、ウチらが使ってる変装マスク。体用もあってね、女装でも男装でもできるよ。痩せてたら違和感ないし……。グルもヒョロいし余裕で女になれる」

「そんな趣味ねぇよ……女装する必要ないし」

彼は鼻で笑い、マスクを触る。

……成る程、これは薄い護謨に似た何かで作られた物らしい。ベタベタするのは内側だけで、表面の触り心地は人間と変わらない。

再確認して、その技術に驚いた。そして、小さな恐怖に襲われる。今話してる彼女らも、別人のように感じたのだ。

「ある。よく考えてみなよ〜、普通の女が男相手に罠を仕掛けてバレたら一巻の終わり。けど実は男でした〜って流れなら油断してる隙に殺せる。今話してるウチだって男かもよ?」

ヒヤリとした。途端に、手を伸ばしてパローマの頬に触れる。彼女が女性であることを確認するためだ。しかし、彼に触れられたことが気に食わなかったのか、拳骨で顔面を殴られた。

「馬鹿じゃないの。この胸と顔は本物よ〜」

豊かな乳房を片手で掴んでみせる。指の間から漏れるほど柔らかく大きかった。彼は眼を逸らして俯く。

「求めてねぇよ、お前の胸なんて。それより、浦も女装するようなことがあるのか?」

「あるよ。僕だって嫌でもやらなきゃだし。……あ、そうだ。どれくらい再現度高いのか、良ければパローマの仕事中で良ければ邪魔しに行く? 何なら僕の方が男ウケ良いから仕事横取りできる」

「マジで大迷惑。辞めろ」

パローマがウンザリした表情を浮かべて、机に平伏した。翠眼が見え隠れしながら煌めいている。瞬きすれば溜息が聞こえた。

「グルには二三冊、教材を上げるから〜。あと拳銃とか暗器もドイツ、中国、アメリカに発注してあるしすぐ届くよ。ノートとペン渡しておくから勉強して」

ソファの後ろ側を指差す。彼は思わぬことに動揺した。

「今すぐに?」

「ここで、今すぐ」

「なら紅茶が欲しい。飲まなきゃ集中できない」

「流石、イングランド人。紅茶が無いと生きていけないんだね」

呆れたような態度を取り、背後の収納から紅茶の葉を取り出して硬水で淹れた。かなり雑、丁寧さを感じない。彼が癪に障ったような眼をしたが、気にせず教材を開く。全て英語で、分かりやすく図も載っていた。

「両手グリップとか片手グリップ。浦は確か両手でやってたよな」

教科書を開けば開くほど、衝撃的な言葉や図が並べられている。どれも目新しいものばかりだ。

「そうそう。でも、片手グリップを使うときもあるよ。その状況によるかもしれないね」

彼の紅茶を勝手に飲みながら吉木が答えた。一口で終わりかと思えば、半分ほど飲み干してしまい彼は不愉快そうな表情を浮かべる。

「本当にお前って奴は……人の紅茶を飲みやがって」

「え〜、たった半分しか飲んでないよ。ケチだなぁ」

そう言いながら、胸ポケットからシャーペンを取り出し彼のノートに落書きをする。眼が左右対称ではないピエロ、歯のない猫、爆弾で弾け飛ぶ狼。どれも不気味なものが多かった。それを見て腹を立てながら彼が言う。

「その赤子のような落書きを辞めろ。今必死に銃の名前を覚えてるんだ」

ノートの中心にはずらりと銃の名称から特徴が書かれている。吉木は表情を変えずにそれを眺めると、退屈そうに欠伸をした。

「学ぶよりやって覚えたほうが効率がいいと思うし。最近はドローンとか便利な薬がある。有効活用しなよー。あと、折角だからお話しよ?」

「そんなに面白い話があるのか?」

興味を持った彼が頬杖をつく。その様子を眺めながらパローマも首を傾げていた。

「一週間前、薬を飲んでいたらパローマが五人に増えたんだ。翼が生えてて、気持ちが悪かった!!」

「面白くない。あの日、押し倒してきたじゃないか。気がついたら泡吹いてるお前と注射器が転がってて驚いた」

パローマが眉間にシワを寄せた。そして気分転換のように煙草を咥える。煙が濛々と立罩める中で、何十倍も不愉快そうな表情で彼が咳をした。

「下品な話に、煙草。すべて不快だ」

煙を手で払う。それでも尚、狙い撃ちするように煙をこちらに吹きかけられる。それに失望したかのように、ガックリと肩を落とした。カラカラと吉木が笑う。

「ええ、下品だったか? よくあることだよ」

「その話を聞くと転職したくなる」

額に手を当てて、溜息を漏らした。それを嘲笑うように、吉木が口角を上げる。

「そのときは僕が殺すときだ。地獄に転職先なんてあるのかな」

「それはジョークか? 天国行きは無くても、地獄に行くほど悪いことはしていない」

「これからするだろう」

そうよ、とパローマの声。彼はこれからのことが心配でたまらなくなった。

そのストレス、晴らします0

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