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リア友からのリクエスト。(アカウント名は「たけさわ・ゆう」。暇だったらみに言ってあげてね☆)
「最悪だ」
太宰治は、死人のような青白い顔でそう吐き捨てた。 その右手は、忌々しげに睨みつける対象――中原中也の左手と、指を絡ませるようにして固く繋がれている。
「こっちの台詞だ、この青鯖。……っ、離すなよ。絶対離すな」 「言われなくても。君の薄汚い手から少しでも指が離れようものなら、血管に焼けた鉛を流し込まれるような気分になるんだ。趣味じゃない」
二人が置かれている状況は、一言で言えば「呪い」だった。 ヨコハマを騒がせていた異能力者の残滓。捕縛の瞬間に放たれた最後っ屁のような異能は、かつての相棒である二人を、物理的に「離れられない」状態へと変貌させた。
正確には、離れることはできる。だが、二人の身体の接触面が一定以下になった瞬間、全身を異能による凄絶な激痛が襲うのだ。それは脳が焼き切れるような、あるいは生きたまま細切れにされるような、抗いようのない暴力的な痛みだった。
「手、汗ばんでるよ。汚いなぁ、中也は」 「るせェ。緊張してんだよ、お前のせいでな。……おい、また隙間空いてんぞ」
中也が苛立ちを隠さず、繋いだ手のひらに力を込める。 太宰はそれに対し、「おーおー、乱暴だね」と軽口を叩きながらも、指をさらに深く絡め直した。
二人の口から出るのは、相も変わらず呪詛と罵倒のパレードだ。 だというのに、その内情は口から出る毒とは正反対の熱を帯びていた。
(……これは、とんでもない棚ぼたじゃないか?)
太宰治は、表面上は不快感の塊のような表情を作りながら、内心で狂喜していた。 もちろん、異能による痛みは不愉快だ。太宰は痛みが嫌いである。安らかな死を願う彼にとって、のたうち回るような激痛は忌避すべき対象でしかない。
だが、その対価が「中也と常に触れ合っていられること」だとしたら?
太宰の中にある中也への執着は、暗く、深く、そしてあまりに重い。 四年前、ポートマフィアを去ったあの日から、彼は中也の体温を直接感じる機会を失った。たまに再会しては殴り合い、蹴り合い、そんな暴力的な接触でしか飢えを満たせなかった。
それが今はどうだ。 指の隙間、手のひらの肉厚な感触、そこから伝わる脈動。 「離れたら死ぬほどの痛みが走る」という大義名分。
(中也は嫌がっている。私と触れるなんて死ぬよりマシだと思っているだろうね。……可哀想に。でも、これは不可抗力だ。私が離れたくても、この呪いがそれを許さないんだから)
太宰は、自分に言い聞かせるように思考を巡らせる。 「嫌がる中也を無理やり縛り付けている」という加害的な悦びと、「中也なしでは生きていけない(物理的に)」という依存の正当化。 その歪んだ幸福感に、太宰の心臓はいつもより少しだけ早く、誇らしく鼓動を刻んでいた。
「おい、太宰。何ニヤついてやがる、気色悪い」 「おや、バレたかい? 君の指が短くて可愛いなと思ってね。赤ん坊の指みたいだ」 「ぶち殺すぞ手品師。……離さねえっつってんだろ、緩めるな!」
指の力が緩んだと錯覚した中也が、慌てて太宰の手首をもう片方の手で掴んだ。 太宰はその瞬間、喉の奥でくくくと笑う。
(ああ、いいよ中也。もっと必死に私を掴んでおくれ。君が私を嫌えば嫌うほど、この「離れられない状況」は私にとって甘い蜜になるんだから)
一方の中原中也もまた、最悪の気分を装いながら、自らの心臓の音を必死に抑え込んでいた。
(マジかよ……。これ、いつ解けるんだ?)
中也にとって、太宰治という男は永遠の天敵であり、同時に唯一無二の執着の対象だ。 裏切り者の元相棒。顔を見るだけで虫唾が走るはずの男。 それなのに、こうして手が触れ合っているだけで、腹の底が熱くなるような、奇妙な高揚感が消えてくれない。
(太宰は嫌がってる。当たり前だ、こいつは俺のことが大嫌いなんだからな。今だって、俺の手を汚物か何かみたいに思ってやがる)
中也は、太宰の白く細い指を見つめる。 自分よりも少しだけ体温の低い、神経質そうな手。 本来なら、触れることすら許されないはずの手だ。
それが、今はどうだ。 中也が少しでも指を動かせば、太宰は敏感にそれに反応し、痛みを恐れるように――あるいは縋るように、ぎゅっと握り返してくる。
(「仕方ねえ」んだ。俺が触りてえから触ってるんじゃねえ。離れたら死ぬほど痛えから、防衛本能で握ってんだ。……なあ、そうだろ?)
自分にそう言い訳をするたび、胸の奥でドロリとした甘い感情が溶け出す。 合法。まさに合法だった。 太宰に「触るな」と言われることもなく、自分から「触らせろ」と情けない懇願をすることもなく、ただ「生存のため」という一点において、二人の接触は完璧に肯定されている。
もしこの呪いが一生解けなかったら、という考えが脳裏をよぎる。 それは絶望的な未来のようでいて、中也にとっては救済に近い想像だった。
(もしそうなったら……俺はこいつの手を握ったまま、死ぬまでこいつを拘束できんのか)
「……中也? 鼻の下が伸びているよ。もしかして、私の手があまりに心地よくて蕩けちゃったかな?」 「んなわけあるか! クソ寒いんだよ、お前の手が! 冷え性かよ!」 「ひどいなぁ。君の体温が異常に高いだけだよ。小型犬並みの代謝だね」
中也は悪態をつきながら、握る力を少しだけ強めた。 太宰はそれを振り払おうともせず(振り払えば激痛が走るのだから当然だが)、されるがままになっている。
それどころか、太宰は空いている方の手で、自分のコートのポケットを指差した。
「中也、このまま歩くのは目立つし、私のポケットに二人分の手を入れよう。これなら外からは繋いでいるようには見えない」 「……あ? ああ、そうだな。その方がマシだ」
二人はぎこちない動きで、一つのポケットに繋いだ手を滑り込ませた。 狭い空間の中で、二人の手のひらが密着する。 外気から遮断されたその場所は、瞬く間に二人の熱で満たされた。
探偵社への帰り道、二人の歩調は驚くほど揃っていた。 物理的に繋がっているのだから当然なのだが、それ以上に、お互いがお互いの歩幅を無意識に、かつ完璧にトレースしている。
「……ねえ中也。さっきの敵の異能、解析には時間がかかるって乱歩さんが言っていたよ」 「あ? んだよ、じゃあしばらくこのままかよ。……チッ、仕事になんねえな」
中也は舌打ちをしたが、その声に焦燥感はなかった。 むしろ、どこか安堵したような響きが含まれている。
「そうだね。武装探偵社とポートマフィアの共同生活、かな? 嫌だなぁ、中也のいびきで夜も眠れそうにないよ」 「寝る時まで一緒かよ……。……待て、寝る時はどうすんだ? 手を繋いだままか?」 「当たり前じゃないか。離れたら痛くて起きてしまうよ。それとも君は、私が痛みで悶え苦しむ姿を見ながら安眠できるほど薄情なのかな?」 「……うるせえ。繋いでりゃいいんだろ、繋いでりゃ」
中也は顔を背けたが、耳の先がわずかに赤い。 太宰はそれを見逃さず、ポケットの中で中也の指の付け根を、なぞるように愛撫した。
「っ……! お前、何して……」 「おや、不快だったかい? すまないね、あまりに暇だったから。中也の指の短さを再確認していただけだよ」 「この、野郎……」
中也は怒鳴ろうとしたが、ポケットの中の熱があまりに心地よくて、言葉が続かなかった。 太宰もまた、毒を吐きながらも、その瞳には暗い悦悦が宿っている。
「最悪だ」 「ああ、最悪だな」
二人の言葉は重なる。 だが、繋がれた手は一度も緩むことはなかった。
探偵社のソファに、二人は並んで座っていた。 本来なら、太宰が中也を連れてくるなど言語道断なのだが、「離れると激痛」という事情を説明すると、国木田は頭を抱え、与謝野は面白そうに笑い、乱歩は「やれやれ」とポテトチップスを齧った。
「というわけで、しばらく彼をここに置いておくよ。君たちも、このチビが暴れないように監視してくれたまえ」 「誰がチビだ! 監視されなきゃならねえのはお前の方だろうが!」
相変わらずの罵り合い。 しかし、その最中も二人の手は太宰のコートのポケットの中で固く結ばれている。
「太宰、お前……いい加減、この手、汗かいて気持ち悪りィんだけど」 「私もだよ。中也の体温が高すぎて、茹で上がりそうだ」 「じゃあ少し離してみるか? 案外、時間が経って異能が弱まってるかもしれねえだろ」
中也の提案に、太宰の眉がぴくりと動いた。 「……そうだね。試してみる価値はある」
二人は、どちらからともなく、ポケットの中でゆっくりと指を離していった。 密着していた手のひらが離れ、指先だけが触れ合っている状態になる。
そして、完全に指が離れた――その刹那。
「――ッ!!」 「……ぐっ、」
二人の顔から一気に血の気が引いた。 全身の神経を刃物で撫で回されるような、凄まじい衝撃。心臓が握り潰されるような圧迫感。 視界が白く染まり、太宰はソファから崩れ落ちそうになる。
「……はぁっ、……くそ、」 「……やっぱり、ダメだね……」
一秒と経たずに、二人は再び相手の手を掴んだ。 今度は、さっきまでよりもずっと必死に。 まるで溺れる者が浮き木に縋るように、お互いの皮膚を強く、強く求めて。
「……離す、な。死ぬかと思ったぜ……」 「……君の……君のせいだよ、中也。君が変なことを言い出すから……」
荒い息を吐きながら、二人は重なるようにしてソファに沈み込む。 繋いだ手はもう、白くなるほど強く握り締められていた。
痛みが引いていく。 それと同時に、波のように押し寄せてくるのは、圧倒的な「充足感」だった。
(ああ、やっぱり離れられないんだ)
太宰は、痛みの余韻に震える中也の肩を、もう片方の手で抱き寄せた。 今度は「痛み」を言い訳に、さらに広い面積で中也に触れる。
「……おい、太宰」 「痛みのショックで、身体に力が入らないんだ。肩を貸してくれたまえ」 「……チッ。……今回だけだぞ」
中也もまた、拒絶しなかった。 むしろ、太宰の重みを全身で受け止めるように、その身体を預け返す。
二人の心臓の音が、触れ合っている場所から互いに伝わっていく。 激痛の恐怖よりも、今はただ、この「絶対に離れてはいけない」という呪いが愛おしかった。
(あいつは俺を嫌ってる。……でも、俺が離れたらあいつは痛みに苦しむんだ) (中也は私を呪っている。……けれど、彼は私の手を離せば生きていけないんだ)
お互いに、「相手は嫌がっている」と思い込んでいる。 だからこそ、この接触は純粋な「善意」や「愛情」ではなく、もっと切実で、逃れようのない「強制力」として二人の間に君臨する。
それが、歪んだ二人にとっては、どんな愛の言葉よりも甘美な絆だった。
夜が更け、探偵社の照明が落とされる。 宿直室の狭いベッドに、二人は押し込まれるようにして横になった。
「狭い。どけよ」 「中也こそ、その無駄な筋肉が邪魔だよ」
口では文句を言いながらも、二人の足は布団の中で絡まり合っている。 手はもちろん、指一本の隙間もなく繋がれたままだ。
暗闇の中、中也は隣に眠る太宰の横顔を盗み見た。 規則正しい寝息。 繋がれた手から伝わる、トク、トクという静かな脈動。
(……悪くねえ)
中也は心の中で、誰にも聞こえない声で呟いた。 太宰が嫌がっているのは分かっている。 明日になれば、また「早く解呪されないかな」なんて文句を言われるのだろう。
それでも、今この瞬間、太宰の体温をこれほどまでに身近に感じられるのは、この呪いのおかげだ。
(もう少しだけ、このままでもいいか……)
そう思いながら、中也はゆっくりと目を閉じた。
隣では、太宰が薄く目を開けていた。 中也の寝顔をじっと見つめ、その繋がれた手に、微かに唇を寄せる。 もちろん、中也に気づかれない程度の、ほんのわずかな接触だ。
(君が嫌がれば嫌がるほど、私は君を離さない理由ができる。……この異能をかけた相手には、感謝しなくちゃいけないね)
太宰は中也の指を、壊れ物を扱うように、けれど決して逃さない強さで握り直した。
二人の間にあるのは、痛みという名の鎖。 けれどそれは、世界中のどんな宝石よりも、二人を強く、深く結びつけていた。
明日も、明後日も、この激痛が続くことを、二人は心のどこかで願っていた。 「最悪だ」という言葉を、幸せの裏返しとして使い続けながら。
翌朝、国木田が宿直室の扉を開けると、そこには信じられない光景があった。 犬猿の仲であるはずの元相棒二人が、一つの毛布にくるまり、互いの腕の中に収まるようにして熟睡していたのだ。
繋がれた手は、まるで最初からそうであったかのように自然に、お互いの胸元で固く結ばれている。
「……おい、起きろ太宰! 何をいつまで寝ている!」
国木田の怒声に、太宰がゆっくりと目を開ける。 続いて、中也も不機嫌そうに顔を上げた。
「……ふわぁ。……おはよう、国木田君。朝から元気だね」 「お早うございます……。あー、腰が痛え……」
二人は欠伸をしながら、当然のように繋いだ手を掲げて見せた。
「見てよ国木田君、中也の寝相が悪すぎて、夜中に何度も離れそうになったんだ。そのたびに私は死ぬような思いをしたよ」 「嘘つけ! お前が俺の方に潜り込んできたんだろうが!」
また始まった。 国木田は大きな溜息をつき、手帳を叩いた。
「いいからさっさと起きろ! 与謝野先生が、その異能の解呪方法に心当たりがあるそうだ。すぐに医務室へ来い」
その言葉に、太宰と中也の動きが一瞬、止まった。
「……解呪?」 「ああ。異能特務課のデータベースから似た症例を見つけたらしい。今日中には自由になれるだろう」
国木田が部屋を出ていく。 残された二人の間に、奇妙な沈黙が流れた。
「……よかったな、太宰。ようやく俺から解放されるぜ」 中也が、どこか投げやりな、それでいて寂しげな声で言った。 繋いだ手から、わずかに力が抜ける。
「……そうだね。中也の暑苦しい体温とも、これでおさらばだ」 太宰も、無機質な声で答える。
だが、二人の手はまだ離れていない。 「解ける」と分かった瞬間、二人を襲ったのは、激痛への恐怖ではなく、「この合法的な接触が終わってしまう」という底冷えするような喪失感だった。
(……やだな)
中也は本音を飲み込む。 (……離したくない) 太宰は思考を閉ざす。
二人は顔を見合わせ、同時にはにかんだような、ひどく歪な笑みを浮かべた。
「おい、太宰」 「なんだい、中也」 「最後だ。……痛くねえ程度に、もう少し強く握ってろ」 「……注文の多い相棒だね。まあ、最後のお願いなら聞いてあげようかな」
二人は、これまでで一番強く、お互いの手を握りしめた。 「痛み」が消えるまでのカウントダウンが始まった部屋で、二人の心臓は、これまでになく激しく、共鳴するように響き続けていた。
結局、その日の午後に異能が解けた際、二人がしばらくの間、離れたあとの「痛み」がないにもかかわらず、どちらも自分から手を離そうとしなかったことを、与謝野晶子だけがニヤニヤしながら眺めていた。
「最悪だね、中也。君の手の感触が染み付いてしまったよ」 「……ああ、最悪だ。吐き気がするぜ」
そう言いながら、二人はヨコハマの街へと消えていく。 その距離は、以前よりもほんの数センチだけ、近くなっていた。
2人に異能をかけた異能力者に最大の感謝を。
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