テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
紫陽花
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「……っ、冷たすぎる。廊下を通るだけで凍えそうだ」
「今日の殿下は、氷の王太子を通り越して絶対零度だぞ……。いったい誰があの逆鱗に触れたんだ」
重厚な石造りの王宮の廊下
軍靴の音を響かせて歩くイグニスの背後で、近衛騎士たちが小声で震え上がっている。
今の彼からは、物理的な冷気が立ち上っているのではないかと思うほど峻烈で近寄りがたいオーラが放たれていた。
眉間に刻まれた深い皺と、獲物を射抜くような鋭い眼光。
だが、その冷徹な仮面の裏側は、世間の評価とは真逆の熱にうなされていた。
公務中も、退屈な閣僚会議中も
彼の脳内は「アデレードに触れたい」という狂おしいほどの渇望に支配されているのだと
古参のメイド長さんが可笑しそうに私に耳打ちしてくれた。
けれど、私と交わした「一週間の接近禁止」という呪いのような約束が、彼の高すぎる理性を辛うじて繋ぎ止めている。
一方で、提唱者であるはずの私もまた、身を切られるような奇妙な喪失感に苛まれていた。
(……静かすぎるわ。こんなに、部屋は広かったかしら)
今まで当たり前のようにそこにあったもの。
集中を妨げるほど耳元をくすぐってきた甘い囁きも
呼吸を乱すほど常に腰に回されていた熱い手のひらの感触も、今はどこにもない。
「心臓が止まってしまう」なんて言って遠ざけたけれど
いざその過剰な熱を奪われてみると、心にぽっかりと穴が空いたような
寒々しい寂しさが足元から這い上がってくる。
その夜───
私は自室の広いベッドの中で、抗いようのない熱にうなされていた。
病ではない。
けれど、この一年の間に、私の体は彼の過保護な愛によって
彼なしではいられないほどに「開発」され尽くしてしまっていたのだ。
「…っ、イグニス……」
シーツを爪が食い込むほど強く握りしめ、ぎゅっと目を閉じる。
脳裏に鮮明に浮かぶのは、情事の際に見せる、あの熱っぽく私を射抜く情欲の瞳。
気付くと、無意識にお腹をさすっていた右手が吸い寄せられるように、ゆっくりと下方へ滑っていく。
いけない、と理性が警鐘を鳴らす。
けれど指先は、飢えた生き物のように止まってはくれなかった。
「……んっ…ぁ…」
パジャマの柔らかな布越しに
自分でも驚くほど敏感になった部分をなぞった瞬間、熱い吐息が唇から漏れ出た。
彼の大きな、節くれ立った逞しい手のひらが
いつもどんなふうに優しく、時に意地悪く私を暴いていくのか。
その圧倒的な質量と体温を思い出しながら、私は自分自身の肌をなぞる。