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誰も知らない、高嶺の花の裏側2
第88話 〚静かに広がる違和感〛(澪視点)
朝の教室は、いつもと同じ音で満ちていた。
椅子を引く音、誰かの笑い声、窓の外から聞こえる運動部の掛け声。
——なのに。
澪は、胸の奥に小さな引っかかりを感じていた。
(……見えない)
昨日まで、当たり前のように浮かんでいた“先の断片”が、今日は何も出てこない。
誰が笑うか、誰が視線を向けるか、次に起こる小さな出来事。
それらが、白紙のままだった。
「澪?」
えまの声に、はっとして顔を上げる。
心配そうな目が、すぐ近くにあった。
「大丈夫?」
「……うん。ちょっと考え事」
嘘ではない。
でも本当の理由も、まだ言葉にできなかった。
廊下の向こうで、海翔の姿が見えた。
目が合うと、彼はいつも通り、ほんの少しだけ安心したように表情を緩める。
——その“次”が、見えない。
胸が、きゅっと縮んだ。
昼休み。
澪は、無意識に距離を測っていた。
海翔との間、友達との間、教室という空間そのものとの距離。
近づきすぎない。
想像しない。
余計な未来を、思い描かない。
(ルールを守らないと)
そう思えば思うほど、心臓が強く脈打つ。
その時、教室の隅で、恒一の姿が視界に入った。
彼は誰とも話さず、机に向かって静かにノートを開いている。
——何もしない。
それが、妙に怖かった。
これまでの恒一なら、視線を投げてくるか、言葉を選んで近づいてくるか、どちらかだった。
けれど今日は、まるで澪が“存在しない”かのようだ。
(……違う)
無視とは違う。
観察されている気配だけが、薄く残っている。
放課後。
澪は帰り支度をしながら、胸に手を当てた。
ドクン、ドクン、と確かな鼓動。
——未来は、まだ来ていない。
——でも、何かが“動き始めている”。
澪は知らなかった。
この違和感が、
“見えていた未来”が終わり始めた合図だということを。
そして、誰も知らない場所で、
別の思惑が、静かに形を取り始めていることを。