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誰も知らない、高嶺の花の裏側2
第89話 〚縮まらない距離、揺らぐ確信 〛(恒一視点)
教室の喧騒は、恒一にとってただの背景音だった。
ペン先がノートをなぞる音だけが、妙に大きく耳に残る。
——澪は、離れている。
物理的な距離だけじゃない。
視線も、空気も、心も。
近づこうとすればするほど、彼女は“一定の線”を越えさせない。
(やっぱり、そこだ)
恒一は確信に近いものを抱いていた。
澪は、誰かと距離が縮まる瞬間に、何かを恐れている。
それは感情か、力か、それとも——自分自身か。
海翔を見る。
彼は澪の隣にいながら、踏み込みすぎない。
守る位置を、無意識に選んでいる。
(甘い)
恒一の口元が、わずかに歪んだ。
距離を保つ関係は、安定しているようで、脆い。
一歩踏み込めば、均衡は簡単に崩れる。
昼休み、澪が友達に囲まれて笑っているのを見た。
その笑顔は、確かに本物だ。
でも、心臓の奥までは、誰にも触らせていない。
(……弱点は、そこ)
恒一はノートを閉じた。
“近づく”必要はない。
“離れさせればいい”。
海翔から、仲間から、
そして——澪自身のルールから。
放課後、廊下ですれ違った時、
恒一はわざと何もしなかった。
声もかけない。
視線も向けない。
それでも、澪の足取りが一瞬だけ乱れたのを、恒一は見逃さない。
(反応した)
距離を保とうとするほど、意識は強く向く。
その矛盾が、心を揺らす。
——距離は、防御だ。
——防御は、壊せる。
恒一は静かに息を吐いた。
焦らない。
触れない。
ただ、間を狂わせる。
この先、澪が自分の選択を誤る瞬間が来る。
そう信じて。
そして彼はまだ知らない。
その“距離”こそが、
澪が初めて自分で選び取った——力だということを。