テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「…また傘忘れたの?」駅のロータリーで、俺は呆れたように先輩を見上げた。高瀬先輩は濡れた前髪を適当に手で払いながら、いつもの調子で笑う。「まぁな。なんとかなるだろって思ってさ」「毎回それで風邪引いてるの先輩なんですけど」俺はため息をついて、自分の折り畳み傘を広げた。 黒いビニール傘。ちっともロマンチックじゃないやつ。「ほら、入ってください。近いんだから我慢してください」先輩は一瞬だけ目を丸くして、それから「悪いな」と小さく呟いて俺の隣に滑り込んできた。距離、近い。傘の下だと余計にそう感じる。
先輩の肩が俺の肩に触れて、濡れた制服の匂いとシャンプーの匂いが混ざって鼻腔をくすぐる。「……お前、最近背伸びた?」「え?」「いや、なんか前より近く感じるなって」「それは先輩が俺のこと子供扱いしなくなっただけじゃないですか」「……そうかもな」先輩の声が少し低くなった気がした。信号待ちの間、二人とも黙った。
雨音だけがやけに大きく聞こえる。俺は勇気を出して、ぽつりと言った。「先輩」「ん?」「俺のこと、どう思ってるんですか」赤信号の残り時間、23秒。先輩は少しの間黙って、それからゆっくり息を吐いた。「…どう思ってほしい?」ずるい。
そんな聞き方されたら、こっちが全部言わなきゃいけない流れになる。俺は目を逸らしながら、でもはっきりと言った。「好きになってほしいです。ずっと」雨が少し強くなった。先輩は俺の方を向いて、濡れたまつ毛ごとじっと見つめてくる。「……俺もさ」「……?」「去年の文化祭のときから、ずっとお前のこと見てた。
気づいたら目で追ってて。
気づいたら近くにいたくて。
…俺の方が先に、好きになってたと思う」信号が青に変わった。でも俺たちは動かなかった。傘の下で、二人とも足を止めたまま。先輩の手が、ゆっくり俺の頬に触れた。
冷たい。雨のせいだ。「…泣くなよ」「泣いてないです」「嘘つけ。目真っ赤」「先輩のせいですから」先輩は小さく笑って、俺の額に自分の額をくっつけた。「じゃあ責任取るわ」「…どうやってですか」「これから毎日、傘忘れても怒らないで送ってくれ」「それ責任取ってるって言うんですか!?」「あと、好きって言ったらちゃんと返事する」「……」「だから」先輩の唇が、雨の雫ごと俺の唇に触れた。
ほんの一瞬。
でもちゃんと、温かかった。「俺も好きだよ、悠真」雨の音が、少しずつ小さくなっていく。やがて
やんでいく。────────────────────────────────終わり。