テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
10,618
……pizza guy、か。
最初は、ただの冗談だった。
「お前さ、名前よりそれの方がしっくり来るわ」
笑いながら言ってきたのは、あいつだった。
エリオット。
「ピザ焼いてる時だけ無駄に真剣な顔すんの、ウケるんだけど」
「うるせぇな」
そう返すと、さらに笑う。
「いやだってさ、戦場みたいな顔してんじゃん。チーズと戦ってんのかよ」
「戦ってるわ。焼き加減ミスったら終わりなんだよ」
「はいはい、pizza guyさんは大変だな〜」
……それで定着した。
最初は、ちょっとムカついた。
名前あるのに、なんでそれなんだよって。
でも。
「おいpizza guy、今日のまかない何?」
「pizza guy、トマト焦げてるって!」
「pizza guy〜、腹減った〜」
何度も呼ばれてるうちに。
気づいたら、普通に返事してた。
「……なんだよ」
って。
あいつは、それが嬉しそうで。
「ほらな、もうそれでいいじゃん」
って、また笑って。
……今思えば。
あれ、あいつだけだったな。
あんなふうに呼んできたの。
店の裏。
小さなスペース。
たいしたもんじゃないけど、あれは確かに“畑”だった。
「見てみろよ」
エリオットがしゃがみ込んで、土をいじる。
「これ、まだいけるって」
「いや無理だろ。こんなとこで育つかよ」
「育つって。トマト舐めんな」
「お前が舐めてんだろ」
「は?俺トマトに人生かけてるけど?」
「軽すぎるだろ人生」
笑いながら。
土に指突っ込んで。
「ほら、湿ってるだろ」
って見せてくる。
確かに、完全に死んではなかった。
「ちゃんと世話すりゃ、いける」
そう言って。
種を埋めた。
「ほんとに育ったらどうすんだよ」
「ピザにすんだろ」
即答。
「お前が焼いて、俺が食う」
「当たり前みたいに言うな」
「当たり前だろ。俺が育てて、お前が焼く」
「……」
今思えば。
それ、分担じゃなくて。
ただの未来の話だった。
「そのうち店のトマト、全部これにするか」
「無理に決まってんだろ」
「夢ねぇな〜」
「現実見てんだよ」
「じゃあ俺が夢見る係な」
「勝手にしろ」
……ああ。
そういうやつだった。
焼き上がったピザ。
まだ湯気が立ってる。
「おい、待てって!」
「待てるか!」
手を伸ばしてくる。
「熱いぞ!」
「いける!」
案の定。
「っあつ!!」
「ほら見ろ」
「あっち、でもうま!」
口の中火傷してんのに笑ってる。
「お前ほんとバカだな」
「知ってる」
即答。
「でもこれ、マジでうまいわ」
「……そりゃどうも」
「やっぱトマトだな」
もぐもぐ食いながら言う。
「缶詰もいいけどさ、これ全然違う」
「まぁな」
「なんていうか、生きてる感じする」
「……」
その言葉が、妙に残ってる。
“生きてる感じ”。
あいつは、そういうのをちゃんと感じるやつだった。
……そのあいつが。
「……エリオット」
名前を口の中で転がす。
ちゃんと思い出した。
声も、顔も、笑い方も。
全部。
「……」
そして。
最後の顔も。
自分を庇って。
それでも、笑ってた。
「……っ」
拳が、少しだけ強くなる。
「……」
ノスフェラトゥ。
あいつが、奪った。
間違いなく。
あの瞬間を。
「……」
でも。
思い出してしまったからこそ。
分かることもある。
「……」
俺も、食った。
何かを。
それが何か、考えないまま。
ただ、生きるために。
「……」
エリオットが見てたら、なんて言うだろうな。
「まぁいいだろ」って、笑うのか。
それとも。
「ちゃんと悩めよ」って、呆れるのか。
「……」
小さく息を吐く。
「……pizza guy、か」
あいつの声が、まだ残ってる。
あの呼び方。
軽くて、ふざけてて。
でも。
ちゃんと俺を見てた。
「……」
今。
また、トマトを植えた。
あの時と同じみたいに。
土に埋めて。
未来に任せた。
「……」
違うのは。
隣にいるやつだけ。
「……」
それでも。
少しだけ思う。
もし、あいつがここにいたら。
「……」
また笑って。
こう言うかもしれない。
「いいじゃん、それ」
って。