テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
高速道路を切り裂くように走る黒いバンの車内。
ハンドルを握る美波は、包帯越しに鋭い視線を前方に固定している。
後部座席では、ようやく再会できた蓮が私の手をお守りのように握りしめ
九条さんは重い沈黙の中で、取り戻した「感情」の重さに耐えていた。
「……栞さん、すまない。僕は、国家の犬として君を……」
私は首を振り、九条さんの唇に指を当てた。
言葉はいらない。
彼が生きて、私の隣にいてくれる。
それだけで、私の「書く力」は枯れずに済んでいるのだ。
「……浸っている暇はないわよ。これを見て」
助手席の結衣が、車載モニターのスイッチを入れた。
画面に映し出されたのは、都内の大型ビジョンに大写しにされた「私」の姿だった。
『……国民の皆様、ご安心ください。パンドラの脅威は、政府によって完全に制圧されました。私、渡邉 栞も、今は国家の保護下で、平和な世界のために協力しています』
「……嘘。…私じゃない」
画面の中の「栞」は、喉の傷跡すらメイクで綺麗に隠し、慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。
それは、政府がパンドラの残滓をAIで加工して作り上げた、デジタル・クローンだった。
国民は、本物の私が監禁されていたことなど知らず、あの偽物の言葉を「希望」として受け入れている。
偽物の「栞」が政府の正当性を説くたびに、本物の私の居場所はこの世界から消えていく。
「パパがやったことと同じよ。…今度は国家が、お姉ちゃんというアイコンを使って、みんなの思考を支配しようとしてるんだ」
蓮が悔しそうに拳を握る。
「……奪い返すわよ」
結衣が不敵に笑う。
「明日の夜、東京タワーのメイン電波塔をジャックする。そこで、本物の栞の声……いや、本物の『姿』を日本中に生放送するのよ。偽物がどれだけ精巧でも、本物の魂が放つ『ノイズ』には勝てない」
だが、東京の街はすでに戒厳令に近い監視網が敷かれている。
ビルの屋上には、パンドラの技術を軍事転用した監視ドローンが群れをなし
街中に設置されたマイクが、私の「周波数」を逃さじと待ち構えていた。
「九条、あんたにはガードをしてもらうわよ。警察時代のコネと、その『右目の残滓』、まだ使えるでしょ?」
九条さんは、静かに右目を抑えた。
そこにはまだ、消えない青い火花が燻っていた。
「……ああ。この呪い、今度は君を守るために使う」