テラーノベル
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香帆は〈黒いスマホ〉を手に取った。
待ち受け画面は、マーライオンの前で笑う香帆と颯真。
新婚旅行のシンガポールで撮ったツーショットだ。
「俺のスマホ、まだ使えるんや」
「解約しなくてよかったわ」
香帆は、颯真のスマホから桜志郎に電話を掛けた。
桜志郎のスマホが鳴った。
見慣れない番号だ。
(誰だ?)
だが、登録忘れの客かもしれない。
とりあえず出てみると……、
『オマエが、桜志郎とかいうヤツか?』
「は? 誰ですか?」
『ワシは佐山颯真の弟や。兄貴を殺したそうやな』
「え?」
『兄貴の嫁が、なんもかも吐いたで』
香帆が電話に出た。
『バレちゃった』
「香帆さん……」
男は、ドスを利かした低い声で言った。
「で、どないしてくれるんや?」
(ウソだろ。なんで今さら……)
(俺は関係ない、で押し切るしかないな)
「殺したのは、お兄さんの奥さんですよ」
『兄貴の嫁は そんなことせえへん。オマエがヤッたんやろが』
「違いますよ」
『ほんなら聞くけど、三千万はドコにあるんや?』
「え……」
『金を持ってるモンが、犯人ちゃうんか!?』
た、し、か、に、そういうことになる。
『それとも、オマエと兄貴の嫁はデキてんのか』
「いえ、まさか。とんでもありません」
ここで電話の相手が香帆に変わった。
『ねぇ、どうする? 警察に行くって言ってるよ』
それは避けたい。
桜志郎に〈殺人教唆〉か〈殺人幇助〉の嫌疑がかかる。
〈殺人教唆〉は殺人を唆すこと、〈殺人幇助〉は手助けすることで、
どちらも罪に問われる。
ここは……、
「わかりました。お金は返しします」
桜志郎は21歳で大学を中退した。
経済的にも健康的にも問題なかったが、遊び癖がついて単位を落としたからだ。
両親は留年を勧めたが、大学に未練はなかった。
スティーブ・ジョブズもビル・ゲイツも大学を中退している。
日本の有名実業家にも、大学中退者はいる。
「俺もデカイことをやってやるぜ!」
と思っていたとき、遊び仲間からホストに誘われた。
「売上が無くても『最低保障給』があるから安心だよ」
「オマエは、女にモテるから大丈夫だって」
いま思えば、彼は店から『紹介料』を貰っていたようだ。
桜志郎も「女の相手をするだけ」と思って、バイト感覚で入店した。
だが新人は雑用に追われる。
開店前の準備や、閉店後の片付けも担当だ。
ルールやマナー、シャンパン・コールの練習など、覚えることも多かった。
しばらく経つと、いろんなモノが見えてきた。
18歳で入店して、酒も飲まずに売れてるホストがいる。
億の金を稼ぎ出す、凄腕のカリスマがいる。
桜志郎にも欲が出てきた。バイトでも売れた方がいい。
大事なのは個性【キャラ】だ。
〈犬系〉〈猫系〉〈プリンス系〉〈アイドル系〉〈芸人系〉〈恋人系〉〈友達系〉〈S系〉〈ドS系〉
ホストは個性【キャラ】を〈系統〉でアピールする。
女性客に『ハマる』ことが大切だ。
(今までに無かったキャラを作りたい……)
桜志郎は試行錯誤したが、そう簡単に「新しいモノ」は生み出せない。
結局〈爽やかアイドル系〉を続けた。
ホストクラブには『序列』がある。
店によって違うが、桜志郎の店では10種の役職があった。
平ホストの次が、リーダー。
その上に、ホスト長→幹部補佐→副主任→主任→支配人→店長→代表→社長と続き、一番上が、経営者であるオーナーだ。
桜志郎は1年経ってもバイト感覚で、出世欲は無かった。
(ホストは仮の姿。必ずデカイことをやってやる)
と思っていた。
それに(バイトでも人気も売上もあるし)と高を括っていたら、
とんでもない新人が入店して、初日から桁違いの売上を上げた。
(こんなヤツがいるのか)
(あ、俺、才能ないわ)
ホストを辞めようと思ったが、いつのまにかホスト業界が好きになっていた。
(なら、オーナーになればいい)
元々、経営者志望だった。
ピラミッドの頂点に立ちたい。
この日から桜志郎は『経営者の視点』で店を見始めた。
店もホストもサービスも「俺がオーナーなら」と思って観察した。
入店して3年が経ち、桜志郎は24歳になった。贅沢はしないで、なるべく貯金をした。
(ホストクラブのオーナーになりたい)
という気持ちは大きくなっていた。
桜志郎には、目を付けていた『物件』があった。
そんなとき、バカな主婦を騙して三千万円を手に入れた。
(貯めた金と合わせて、なんとかなるかもしれない!)
そう思っていたのに……、
店舗契約の準備も始めたのに……、
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