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#恋愛
ばたっちゅ
20,605
83
meyu0530
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「……なぜ、白鷹さんがその話を? 院長から聞いた?」
「伊織先生が帰国したら、私がお見合いをする予定だったのに……父から伊織先生には他に相手がいるから無理だと言われました。聞いたら、伊織先生が医師を目指すきっかけになった相手だとか父も楽しそうに話していて……。調べたんです、二人のこと。緋真先生はありがたいことにそこそこ有名人でしたしすぐにわかりました」
だから料理教室もすぐに特定されたのだろう。
自分の知らないところで調べられていたと思い、さらに恐怖が募っていく。
「それで調べていくうちにわかったんです。緋真先生の火傷のことも、父が昔緋真先生の治療に携わっていたこともすべて」
「え……?」
白鷹院長が、私の治療に……? そんなの初耳だ。
「でも蓋を開けてみたら、くだらなくて笑っちゃいました。怪我をさせた女の子のために医師になって結婚する? そんなの運命でもなんでもない、呪縛ですよ呪縛。だって伊織先生はそのせいで――」
「白鷹さん。もうそれ以上は言わないで。帰ってもらえるかな」
冷たく鋭い声色で、伊織さんが口を挟む。横顔だけでも、彼が今怒りを露にしていることはすぐにわかった。
「私は伊織先生のことを思って……」
「君にプライベートを心配される筋合いはない。妻のことを不安にさせたくないから、金輪際、妻に関わらないでほしい。約束できないなら、こちらもそれ相応の対応をさせてもらうよ」
「なん、で……。伊織先生を先に好きになったのは私。初めて入院中に会ったときから一目惚れして、ずっと好きだったんですよ? でも、すぐアメリカに行くって聞いたから、邪魔しちゃいけないと思って。戻ってくるまで待とうって決めてたのに……あっさり別の人のものになって……」
猫が鳴くような小さい声で、智美さんが語り出す。彼女の告白は独りよがりにも聞こえるが、本気で伊織さんを好きなことはひしひしと伝わってきた。
「伊織先生だって、私だけ特別扱いしてくれてましたよね? いつだって優しくて、私の気持ちに気付いているはずなのに突き放すようなこともしなかったですし。なのに緋真先生と結婚するなんて、あんまりじゃないですか?」
「……白鷹さんのことは、院長からも頼まれていたんだ。そのことは君も知ってていつも言ってるだろう」
「それは……」
「正直白鷹さんの好意には薄々気付いていたけど、自分なりには適切な距離を保っているつもりだった。でももしそれが逆に、気を持たせるようなことだったなら申し訳ない。改めて、白鷹さんの気持ちには応えられないし、妻と離婚する気もないよ」
感情的な彼女に対し、伊織さんはあくまで冷静に受け答えをする。
その態度が気に入らなかったのか、智美さんはさらに顔を歪ませた。
「やっぱり……みんなみんな、私が院長の娘だからって優しくしてくれるんだ。確かに父の名前を出すことはあったけど、それでも伊織先生だけは違うと思ってた。だから好きになったのに……結局父への点数稼ぎだったんですね」
「点数稼ぎなんかじゃない。院長には、すごくお世話になってるんだ。感謝してもしきれないくらい。それに白鷹さんのことは――」
「どうだっていいです! どうせ、私が院長の娘だったっていう事実は変わりないから」
初めて智美さんに会ったとき、彼女は「名字は嫌いだから名前で呼んでほしい」と申し出た。もしかするとそれは、院長の娘であることへのコンプレックスだったのかもしれない。周りが彼女を肩書きでしか判断しないから。
これは憶測ではないけれど、伊織さんだけは智美さんに下心なく接していたのかもしれない。はじめは患者として、今は同僚として。彼はそういう人間だ。
「でも、それならもういいです。立場も含めて使えるものは全部利用すればいい。私はずっとそうやってほしいものを手に入れてきたから」
「何言って――」
「私も緋真先生みたいに傷を負えば、優しい伊織先生なら責任取ってくれますよね?」
次の瞬間、智美さんは鞄の中から茶色の薬瓶を取り出す。蓋を開けると、私たちに見えるように差し出した。
「白鷹さん、それ……」
瓶の中身が何かはわからないが、この状況から人体に影響を及ぼす強い薬品であることは予想ができた。
「これを被って私がひどい傷を負うので、責任を取ってください。拒否はできませんよね。だって、全部全部伊織先生のせいなんですから」
あまりに狂った思考回路に、思わず言葉を失う。
けれど智美さんの目は、本気だ。
「……お願いだから、馬鹿なことはやめてほしい」
「じゃあ、緋真先生と別れて私と結婚してくれますか?」
「それは――」
伊織さんも呆れて物も言えない様子だが、この状況にどう彼女を止めるべきか考えているようだった。下手なことを言って智美さんを煽ることだけは避けなければいけない。今にも彼女は、自ら得体のしれない薬品を被ろうとしているのだから。
誰かがこの状況に気付いて通報をしてくれればと願うものの、あいにく住宅地のマンションでは人通りがほとんどない。隙をついて通報しようとスマートフォンに手を伸ばすが、鞄の奥にありすぐには届かない。
一触即発の状態が続く中、伊織さんが私を庇う腕に力を込めた。万が一何かあっても守るというように。
だけどそれは私も同じで、伊織さんに何かあっては耐えられない。彼女の薬品が、伊織さんにかかる可能性だってある。
考えるのよ。ここを乗り切るためには、一体どうすればいい?
智美さんを見ると、瓶を持つ手がカタカタと震えている。きっと、彼女だって怖いのだ。自ら怪我を負うなんて、理性が残っていれば簡単にはできないはず。それならば――
「……そんなことしても、意味ないです」
「緋真……?」
考えるより先に、一歩前に出ていた。自分自身のことなのに、これ以上傍観者ではいたくなかったから。
「智美さんは傷を負ってでも伊織さんが傍にいてくれれば、満足なんですか?」
「な、なによ偉そうに……」
「もしそうなったとして、この先ずっと伊織さんを苦しめることになるし、智美さんだって一生傷を負って生きていくんですよ。絶対に耐えられない」
傷を負わせた側も負った側も、それぞれに苦悩がある。伊織さんが今までどんな思いで生きてきたかはわからないけれど、少なくとも負った側の痛みはわかる。
コンプレックスを負って生きることは、想像以上に苦しい。みんなができる、当たり前のことができなくなったり、常に後ろめたさを感じたりしながら生きていかなきゃいけないのだから。
「伊織さんが苦しむ姿が見たいんですか……? 私は嫌。好きな人には幸せでいてほしいから」
「っ……」
「もしも伊織さんが責任感だけで結婚してくれてたとしたら、私は離婚も受け入れます。私のわがままで縛りたくはないので。だから……もしそうなったら正攻法で奪ってください。こんなの、伊織さんを苦しめるだけ」
今は彼女を変に煽るよりも、寄り添って説得するのが先だ。
伊織さんも同じ気持ちなのだろうか、私を止めることはしない。ここで私を庇えば、白鷹さんが暴走しかねないと踏んでいるのだろう。
「っ、そんなことわかってるわよ! でも、苦しいの。なんで私じゃないの? って……。私のほうがもっと前から伊織先生が好きなのに。頑張って、同じ医局にも配属してもらったのに……。正攻法ってなんですか? 私はどんな手を使ってでも、伊織先生がほしい。伊織先生のおかげでずっと悩んでいた病気だって落ち着いてる。私には彼が必要なの!」
無茶苦茶で、どうしようもないことを言っているが、伊織さんへの想いは痛いほど伝わってきた。そして、私なんかじゃ簡単には説得できないことも。
長期戦を覚悟したとき、背後からジリッと靴がこすれる音がした。伊織さんが何か策を思いついたのだろうか。
彼の言葉を待つほんの数秒の間――次に聞こえたのは、鼓膜を破るような金切り声だった。
「もう説教じみたことはやめて! 伊織先生のことは、絶対に諦めないから……!」
智美さんが薬瓶を持った手を振りかざす。
瞬間、咄嗟に足が動き、彼女の手元の瓶を振り払った。
「きゃっ……!」
宙に舞う透明な液体と共に、ガシャンと無機質な音が住宅地に響いた――。
コメント
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みぅ🤍🥀ですっ……第25話、読み終えました……。 もう、胸が苦しくなる展開でしたね……。智美さんの狂気がひしひしと伝わってきて、薬瓶を振りかざすシーンは本当に怖かったです。でも、そんな中で緋真先生が一歩前に出て「そんなことしても意味ない」って言い放ったところ、すごくかっこよかった……。自分も傷を負った経験があるからこそ説得力がある言葉だったし、好きな人には幸せでいてほしいっていう気持ちが真っ直ぐ伝わってきて、じんわりきました。次が気になります……🌙