テラーノベル
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再建の光に包まれていたはずの国に、再び、しかし今度は救いのない「夜」が訪れた。
原因は、あまりに長く孤独な戦いに身を投じてきた滉斗の、心の深淵に澱のように溜まっていた「負」の感情だった。
かつて軍から受けた非道な教育、守るために奪い続けた命の重み、そして「またいつか元貴を失うのではないか」という底なしの恐怖。それらが、平穏な日々の中でふとした瞬間に、どす黒い魔力となって溢れ出したのだ。
「……消えろ。俺からあいつを奪おうとするものは、すべて……」
滉斗の瞳から光が消え、濁った闇色が広がる。
彼の手にする氷剣からは、清冽な白銀ではなく、光さえも吸い込むような漆黒の冷気が吹き出した。それは「守るための力」ではなく、世界を拒絶し、すべてを無に帰すための呪いだった。
「ひろぱ、やめて! それ以上はその力を使っちゃだめだ!」
異変を察した元貴が駆け寄るが、時すでに遅かった。
滉斗を中心に広がった闇の氷は、瞬く間に美しい庭園を侵食し、街へ、そして逃げ遅れた国民たちへと容赦なく襲いかかった。
「来い、元貴……。ここなら、もう誰も邪魔はしない。二人きりだ」
狂気に染まった滉斗の腕が、元貴を抱き寄せる。元貴は必死に浄化の光を放ち、滉斗の闇を溶かそうとした。しかし、元貴の慈愛が深ければ深いほど、滉斗の歪んだ独占欲はその光さえも糧にして、より冷たく、より深い闇へと変えていった。
「だめ……、ひろぱ、目を開けて……っ」
元貴の叫びも虚しく、漆黒の氷は波のようにすべてを飲み込んでいく。
泣き叫ぶ子供たちも、復興を誓った老人たちも、再建の途上にあった街並みも。すべてが音もなく、どす黒い氷の彫像へと変えられていった。
そして最後、元貴の足元まで闇が迫ったとき。
元貴は逃げることも、自分を守ることもせず、ただ静かに滉斗の頬を包み込んだ。
「……愛してるよ、ひろぱ。君が闇に落ちるなら、僕も一緒に……」
その言葉を最後に、元貴の体もまた、透明度のない闇の結晶の中に閉じ込められた。
王都のすべてが凍りつき、音一つしない、死に絶えた世界が完成した。
数刻が過ぎたのか、あるいは数日が過ぎたのか。
ふと、滉斗の脳内を支配していたどす黒い霧が、潮が引くように消え去った。
「……あ……、……え……?」
視界が戻り、滉斗は周囲を見渡した。
そこにあったのは、自分が愛した「優しい国」ではなかった。
自分が切り拓こうとした「未来」でもなかった。
あるのは、ただ冷たく、禍々しく波打つ漆黒の氷に埋め尽くされた、絶望の廃墟。
そして、目の前。
最も守りたかった男、大森元貴が、自らが放った呪いの氷の中で、眠るように瞳を閉じている。その表情は、凍りつく直前まで滉斗を慈しんでいたかのように、悲しいほど穏やかだった。
「元貴……? おい、嘘だろ……。目を開けろ、元貴!!」
滉斗は狂ったように氷を叩いた。拳から血が流れても、最強の剣を全力で振り下ろしても、自らが生み出した「絶望の檻」には傷ひとつ付かない。
自分でもどうやって出したのか分からない、底なしの負の感情から生まれた術式。それを解除する方法など、今の滉斗には知る由もなかった。
「あああああああッ!!」
静まり返った死の街に、滉斗の絶叫が虚しく響き渡る。
自分が守りたかったのは、この笑顔だったはずだ。
自分が欲しかったのは、この温もりだったはずだ。
そのすべてを、他ならぬ自分の手が、取り返しのつかない形で永遠に奪い去ってしまった。
どれほど後悔しても、どれほど許しを乞うても、氷の中の元貴が再び笑うことはない。
自分が生き残っていることさえも、今は耐え難い拷問に等しかった。
滉斗は、血に濡れた手で、元貴を包む氷の塊をそっと抱きしめた。
「……待っていろ、元貴。一人にはさせない」
滉斗は残された全ての魔力を、自分自身を滅ぼすために練り上げた。
解除できない呪いの氷なら、自分もその一部になればいい。
この絶望の底で、永遠に、二人きりで。
「……愛している。今度こそ、本当の意味で、ずっと一緒だ」
滉斗の身体が足元から徐々に漆黒の氷へと変わっていく。
彼が完全に凍りつく直前、その頬には一筋の涙が伝い、元貴を閉じ込めた氷と重なり合って、一つの巨大な、そして世界で最も悲しい闇の宝石となった。
和と唐の面影を残したかつての王都は、こうして地図から消えた。
深い森の奥、永久に溶けることのない黒い氷に包まれた二人の姿だけが、誰に知られることもなく、静かに、永遠にそこにあり続けた。
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