時間は昼過ぎ。私たちは王都から北の、とある場所にやってきた。
そこは――
「『循環の迷宮』!」
岩山に突然現れた、神殿の入口のような佇まい。
その内部には早々に岩肌が見えるものの、圧倒的な広さと存在感を放っている。
「ここが噂の……。
……それにしても、人がいっぱいですね」
「ここは人気のダンジョンですからね。世界中から人が集まっているんですよ!」
以前から話の挙がっていた、王都での目的のひとつにしていた場所。
がっつり挑戦すると何日も掛かるらしいので、今日は入口だけを見学に来たのだ。
私の場合はダンジョンなんて初めてだし、ルークも『神託の迷宮』に1回だけ行ったことがある程度。
エミリアさんは『循環の迷宮』に入ったことはあるものの、そのときは1階だけまわって帰還したらしい。
「そういえば、雰囲気の違う人たちも多いですね」
今まで見たことのない服装だったり、私たちとは肌の色が違う人だったり。
耳が少し尖っていたり、身長がとても低い人だったり。
剣を2本持った人や、いかにも魔法使いっぽい人も結構見掛ける。
「王都から南西に行った港街が、この大陸の玄関になっているんです。
そこからもいろいろな人が訪れるんですよ。
王都よりもダンジョンが目当ての人は、直接こっちに来るくらいですからね」
「なるほど。だからダンジョンの前に、街みたいのがあるんですね」
……そう、ダンジョンの入口の前には各種施設が建っており、道の両側には様々な露店が並んでいる。
「『神託の迷宮』の前には何も無いんですよね。少し離れたところに小さな小屋があるくらいで……。
……それとは全然違いますね」
ルークがどこか寂しそうに言う。
比較対象を実際に見てしまい、ダンジョンの格差に思うところが出てきたのだろう。
「あ、エミリアさん。『循環まんじゅう』っていうのが売ってますよ!」
「あれはとっても美味しいんですよ! ダンジョンから帰還したときに買いましょう!」
「え? 今日は買わないんですか?」
「挑戦する予定がないなら買っていきますけど、いずれ挑戦するならそのときに!」
「なるほど!」
それはそれで、ありなのかな? それなら、挑戦して結果が出たときに買って帰ることにしよう。
凄い結果を出せたら、たくさん買っていくのも良いかもね。
「……ところで、ダンジョンの中ってどうなっているんですか?」
「基本的には広大な洞窟のような感じです。
それが何フロアも下に下に続いていくんですけど、魔物がいたり、たまに宝箱が落ちたりしているんですよ」
「その宝箱が目的なんですよね?」
「はい。それと魔物の種類によっては、体の部位が貴重なものなので……それも、ですね」
「なるほど、そういった感じですか」
「あとは魔石が出来やすいという話も聞いたことがあります。
街で売られているものは、ほぼダンジョン産だっていう話もあるくらいですよ」
「アイナ様の『安寧・迷踏の魔石』はダンジョンの外で手に入りましたが……。
あれはかなり珍しいパターンでしたからね」
「ふむふむ……。
そうなると、冒険者ギルドの依頼でも何かありそうですよね」
「はい、結構ありますよ。
目的のものを買い取るだけの依頼もありますが、ダンジョンに潜るのを1回いくらで~みたいな依頼もありますし」
「そういうのがあるから、ここまで活況なんですかね?
この辺りのお店では消耗品が大量に売っていますし、みなさん頑張ってるんですねぇ」
周りのお店では、ポーションなどの薬類や携行用の食べ物、宿泊用の道具や身の回りのものなどが大量に売られていた。
大量にあるということは、それだけ売れているということだ。
「ダンジョンの挑戦は長丁場になりますから……。
何回も挑戦する方も多いですし、そういった需要をここで引き受けているんでしょうね」
「長丁場……。
ちなみに、ダンジョンってどれくらいの大きさなんですか?」
「ダンジョンによって違いますが、『循環の迷宮』は確認されているだけでも30階です。
ただ、30階は空気に強酸が含まれているとのことで……以前国を挙げての探索団が組まれたときも、そこまでで終わってしまったそうです」
「強酸……その空気に触ったら、火傷でもしちゃいそうですね。
進むことができない環境なら、魔物をいくら倒せてもダメってことですか……」
空気中に、硫酸みたいのが気体として漂っている感じだよね?
そんなところに行ったら、本気で探索どころではなさそうだ。
「……もしかして、アルカリ性で中和できるのかな?」
学校で学んだ、中和の仕組み。
酸性にアルカリ性をぶつけることで、中性にするっていうアレ。
「もしそこを乗り越える方法が分かれば、新しい可能性が広がりますよね!
そもそもその30階ですら、滅多に到達できないらしいですけど」
「私たちのパーティでは、無理ですかね?」
「聞く限りの情報ですと、わたしたちでは5階あたりがせいぜいではないかと……」
「ぐぬ、結構進めませんね……」
「何せ、わたしたちはルークさん頼みですからね。
他に戦闘職の方がいれば、もっと進めるとは思いますよ」
「私だけではアイナ様たちを護りきれるか分かりません。
敵の数も分かりませんし、攻めと守りを同時にこなすのはなかなか難しく……」
た、確かに……。
今まで魔物討伐の依頼も結構こなしてきたけど、基本的には魔物の数が少ないところに、こちらから仕掛けていく形だったからね。
ダンジョンの中では敵の数が不明の上、私たちは仕掛けられる側だ。
……これは、舐めて掛かるわけにはいかないか。
「もっと奥に行きたいのであれば、ダンジョン探索のために仲間を募る……とか?」
「そうなりますね……。
でも命を懸けて富を求める場所ですから、やっぱり裏切りとかも多いらしいですよ。
最終攻略を目指すなら、見ず知らずの人は怖いところもありますし……やっぱり、そこそこな感じが一番かと」
……浅い関係だと、裏切りもある……か。
今の仲間は信頼できる人しかいないけど、適当に集めたらそういうことだって起こり得るよね……。
「ちなみにひとつの階あたりは、どれくらいで進めるんですか?」
「そうですね、6時間くらいでしょうか。
最短ルートで進んでも時間は掛かりますし、宝箱を探すならさらに時間が掛かりますし」
「うーん……。
そうなると、1日で進めるのは2、3階か……」
5階まで進むのでも、2日くらい。
これが30階となると12日くらい……。往復すると1か月コースだね、これは。
「生業にしている人もたくさんいますからね。
素人はほどほどのところで、ほどほどなものを狙いましょう!」
……それも確かに。
でも30階の強酸は、私ならどうにかしようがありそうなんだよなぁ……。
行けさえすれば、の話だけど。
「……私、ダンジョンを甘く見ていました」
「あはは。できないものは仕方ないので、ひとまず5階あたりを目指しましょう!
もし誰か一緒に行ける人がいれば追加で。……ジェラードさんを呼ぶっていうのも有りですよね!」
「そうですね!
でもいろいろと忙しそうだし、スケジュールは確認しないと。
それでは、帰ったら相談してみましょう!」
「はぁい」
「それではアイナ様、今日はそろそろ戻りますか?」
「そうだね、そろそろ――」
「――ちょっと良いかな?」
「え?」
私たちの話を切るような形で、女性の声が聞こえてきた。
その方向を見てみれば……色白で耳の尖った女性が、凛とした雰囲気で立っている。
大きな弓も持っているし、これはどう見てもエルフの人だ!
「話が聞こえてきたんだけど、あなた達はダンジョン探索の仲間を探しているの?」
「初心者パーティなので、あまり無理しないとは思いますが……。
良い人がいれば、くらいですね」
「そう。私もこの大陸に来て間もないんだけどさ……知り合いがいなくて困っていたんだ。
あなた達は人が良さそうだし、私も仲間にしてくれない?」
「人が良さそう……って、理由はそれだけですか!?」
「ふふふ♪ そのツッコミも良いね。
あとは、ある程度の実力者かな……って思ったから。
そちらの剣士さんと聖職者さんは戦闘用のスキルも高いし……あなたは錬金術師だけど、バカみたいなレベルでしょう?」
「……え?
もしかして鑑定スキル持ち――」
「そうよ。それに、あなた達の装備も凄いものばかりじゃない。
アクセサリに『エコー』や『属性統合』なんて付けちゃって」
「ぐふ……。
アイナさん、ここにきてバレバレですよ……」
「そ、そうですね……。情報操作の魔法が間に合いませんでした……」
「そうよ、そういう貴重なものにはさっさと情報操作を掛けるべきね」
「使える人は、探そうと思っていたんですけど……」
「あら、それなら丁度良いわ。私が掛けてあげようか?」
「「「え!?」」」
「私は鑑定と情報操作が得意なの。レベルは41と50だからすごいでしょ――
……って言いたいところだけど、あなたの鑑定レベルは52なのよね……。
鑑定で負けたのは初めて。そういったところでも、興味が湧いたのよ」
鑑定レベルは、実は99だけどね! ……って、それは内緒にしておこう。
でも情報操作がレベル50なのは良い! とっても良いぞ!!
「それじゃ、情報操作の魔法をお願いできますか?
私たちはそろそろ王都に戻ろうと思っていたんですけど……」
「それなら私も付いていくわ。あなた達のことももっと知りたいし。
私の名前はリーゼロッテ。リーゼって呼んでね」
「はい、よろしくお願いします。私の名前は――」
そのあと私たちは簡単に自己紹介をして、そのまま話をしながら王都に戻った。
思いがけず情報操作の魔法を使える人に会うことが出来たけど、信頼できるできない以前に、いろいろとバレてしまったのは痛いなぁ……。
……とりあえず、良い人でありますように。
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