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梅子は、皆に茶の用意を始めながら、勝手に喋り続ける。
「だって、女中頭の清子さんがお嫁に行っちゃうんですよー!お相手は、出入りの酒屋の若旦那。いつの間にか二人はそんな仲になっていてー!」
羨ましいといえばそうなのだが、どのみち、このまま男爵家にいれば梅子も輿入れ先も見つけてもらえ、嫁入り道具も揃えてもらえる。そして、嫁ぎ先でも安心して暮らせる様に、男爵が後見人となってくれる。
と、男爵家の至れり尽くせりぶりを梅子は語った。
「でも、知らない人の所より、顔見知りの人の所の方が……」
「なるほど、それで、とりあえず二代目に声をかけたのか」
どうぞと、梅子が差し出した茶を受け取りながら、岩崎は納得した。
「え?!とりあえず?!ってのも、なんか、いや、かなり俺としてはひっかかるんだけど、梅ちゃん!それじゃあ、清子さんは、御屋敷からいなくなるってことかい?!」
「そうなりますよねー」
梅子は落ちつき払って二代目に答える。
「ん?ってことはだよ!人がいなくなる。それも、女中頭だよ?かなり、人手が足りなくなるじゃねぇか?で、俺の所へ話が来ると。そして、梅ちゃんまで嫁に行くとなると、いや、これね、田口屋商売大繁盛ってやつじゃねぇかい?!」
うーんと、二代目は考え込んでいたが、
「よし!梅子!俺と一緒になるかっ!」
と、勢い良く叫んだ。
「い、いや、二代目!月子じゃなかったのか?!なぜ、梅子なんだっ!!」
岩崎は、慌てる。
「え?月子ちゃんでもかまわないんだけどねぇ、と、なるとさぁ、京さんが、独り身になっちまう。だと、岩崎の旦那が、京さんの相手をって俺のところへやって来ると。考えてもごらんよ、京さんの嫁さん見つけるのと、新しい女中見つけるのと、とっちが楽か」
そこまで言うと二代目は、どこか底意地の悪い笑みを浮かべた。
「梅ちゃんと一緒になりゃー、男爵家が後見人だろ?なんやかや、男爵家と繋がりが持てるし、梅ちゃん経由で、女中の過不足もしっかり分かる……」
梅子の付き合いから、男爵家の奥向き事情が常に把握でき、田口屋としては人の斡旋が先読み出来る利点があると二代目は得意気に話しつつ、
「特に、今回みたいに、劇場満杯って人集めと被ったら、たかだか女中の一人二人見つけるのも、大変なんだよ!って言うかっ!!劇場だよっ!演奏会っ!!いけねぇー!人集めだっ!!」
「あっ、そうですね。奥様が張り切ってらっしゃるから、満席どころか立ち見客も必要だと思いますけど?」
芳子のご機嫌を損ねてくれるなと梅子が言い張る。
「ですよねー、はいはい。そりゃーそうだ。男爵夫人の見せ場だからなぁ」
よっしゃ!と、二代目は勢い良く立ち上がり部屋を出て行こうとしたが、ピタリと動きを止めて、岩崎を見た。
「思い出したんだけど、京さん。月子ちゃんの実家……かなりな事になってるようだぜ」
「……ああ、火事で全焼だからなぁ……」
岩崎は、月子をちらりと見ると、口ごもる。
「そうなんだけど、それが災いして、債権者が店の方へ押しかけているんだよ。どれだけ借金があったんだ?ってぐらい、黒山の人だかりだ。俺も、たまたま通りかかって見たけど、あれじゃ、商売どころか、おちおち外へも出れない状態だわ……ここに、頼ってくるかも知れねぇよ。京さん、月子ちゃんをしっかり守ってやんなよ!」
「あー、でも京介様に出来ますかねー。確かに声は大きいですけどぉ」
梅子が、二代目の忠告に乗っかるように不安そうに言う。
「だ、大丈夫です!旦那様は、ちゃんと守ってくださいます!」
月子が叫んでいた。
岩崎含め、皆、その勢いに目を丸くして月子を凝視する。
「へっ?!なに、なによ、月子ちゃん!その、ノロケ!って言うか、俺の立場はどうなるのさっ?!」
「だから、田口屋さん、私とって話でしょ?」
すかさず梅子が口を挟み、またまた、ニカリと笑っている。
「おお!そうだな!仕方ねぇや!!梅子で手を打つかっ!だが、俺は、本当に忙がしい。今度の日曜日だぞ!それまでに、花園劇場満席立ち見の客集めって、どんだけ無茶苦茶な仕事だよっ!梅子!ちょっと待っとけ!終わったら、迎えに来る!」
一気に捲し立てると、二代目はそのまま、縁側を駆けて行った。
「……確かにまずい。今日は火曜日だ。しかも、サクラとはいえ、それだけ観客がいるとあっては……演奏の順番を組み直す必要があるな……」
岩崎は、ブツブツ言って考え込んだ。そして、こちらも勢い良く立ち上がると、
「月子!芋羊羹!」
それだけ叫び、部屋を出て行った。
「月子様、ご実家のことは色々あるようですが、ここにいれば安心ですから!吉田さんがどうにでもしますよ!」
梅子に励まされる月子だが、岩崎がしっかり守ってくれることは、誰よりも一番知っていて、すでに経験済みだ。何も心配することなど無いと良くわかっている。
同時に、起こってしまった甘い出来事をちらりと思い出してしまった月子は、梅子を誤魔化そうと、思わず適当な事を言っていた。
「あ、あの、梅子さん?芋羊羹、って、どうゆう意味合いでしょうか?」
「あー!京介様ったら叫んでいましたねぇ。私達には、ちゃんと言葉にしなければわからないとかおっしゃるくせに、御自身は、芋羊羹!だけですもの!」
なんのことやらと、梅子は笑い、月子もつられて、クスクス笑った。