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第18話 『雪灯りと手袋』
その年の初雪は、音もなく降り始めた。
夕方には、商店街の屋根も、街灯も、
やわらかな白に包まれていた。
喫茶猫又亭の引き戸が、控えめに鳴る。
カラン。
入ってきたのは、制服姿の少女だった。
コートの袖は少し短く、手袋は片方しかしていない。
「いらっしゃい。寒かったね」
たまがそう言うと、少女は小さくうなずいた。
「……ホットココア、ありますか」
「もちろん。マシュマロ入りにしようか」
少女は驚いたように顔を上げる。
「どうして分かったんですか」
「冬の顔をしてる子はね、甘いのが必要なんだよ」
ストーブの上で、コトリと小鍋が鳴る。
看板猫のクロは、少女の足元にすり寄った。
少女は、右手の手袋をぎゅっと握っている。
左手は素手。
赤くかじかみ、少しだけ震えている。
「……なくしちゃって」
ぽつりと落ちた言葉。
「大事な、手袋だったんです」
それは去年、祖母が編んでくれたものだった。
もう編み物はできないほど、手が震えるようになってしまった祖母。
「今年も一緒に初雪を見ようね」
そう言ってくれたのに。
なのに、帰り道で落としてしまった。
探しても見つからない。
雪はどんどん積もっていく。
ココアの湯気が、ゆらりと立つ。
少女は一口飲む。
甘さが、胸の奥まで広がる。
そのとき。
クロが、ふいに立ち上がった。
二つに分かれたしっぽが、ふわりと揺れる。
「……あらあら」
たまが小さく笑う。
「どうやら、“忘れられたもの”が泣いているみたいだね」
店の扉が、ひとりでに少し開く。
外は、しんしんと降る雪。
クロは音もなく飛び出した。
少女は慌てて立ち上がる。
「だ、大丈夫なんですか?」
「平気さ。あの子は、失くしもの探しが得意なんだ」
数分後。
白い雪を背に、クロが戻ってくる。
その口には、濡れた片方の手袋。
雪の中、街灯の根元に引っかかっていたらしい。
少女は息を呑む。
「……これ……」
両手に、そっとはめる。
少し冷たい。でも、確かに温もりが残っている。
「見つかってよかったね」
たまは、薪をくべながら言う。
「なくしたものはね、
“もう一度大事にする覚悟”ができた人のところに戻ってくるんだよ」
少女の目が、じんわりと潤む。
「……おばあちゃんに、ありがとうって言わなきゃ」
雪は、まだ降り続いている。
でも、少女の頬はほんのり赤い。
帰り際。
少女は深くお辞儀をする。
「また来てもいいですか」
「猫又亭はね、寒い日にこそ開いてるよ」
扉が閉まる。
雪明かりの中、小さな背中が走っていく。
クロは窓辺に跳び乗り、目を細めた。
「冬はね、失くしものが増える季節さ」
たまが呟く。
「でも、そのぶん、見つけ直せる季節でもある」
ストーブの火が、ぱちりと鳴る。
外は白く静か。
猫又亭の灯りは、今夜もあたたかい。
コメント
2件
『冬の顔』とか、その人の気持ちを直接書くんじゃなくて、読み手が想像することができる表現にするのが本当に好き!私の語彙力が少ないから、どうやって伝えたらいいか分からないけど、読んでいてグッとくる書き方してて、すごく楽しいです