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「星空が……」
魔石を壊したせいか、今まで帝都を覆っていた曇天は晴れ、頭上には美しい星空が広がっていた。
私たちはバルコニーに出て、寄り添って満天の星を見上げる。
そっとアルフォンス様の横顔を見上げると、彼は感極まった表情をしていた。
だから彼から何か言うまでは黙っていようと思った。
やがて、アルフォンス様はしみじみと溜め息をついてから言う。
「……帝国にはなんでもあると思われているが、帝都には太陽の恵み、美しい星空だけがなかった。視察や外交で帝都から出た時は晴れた空や星空を望めたが、普段住まう帝都には当たり前のものがなかった。……俺はずっと、民に晴天を与えられない事を申し訳なく思っていた。…………っ、でも、これからは皆に晴れた空を見せられる」
アルフォンス様の声が、涙で詰まる。
「…………陽光を反射して輝く木々の葉、太陽の匂いがする羽根布団、陽の恵みを得て成長する植物、落ちてきそうと錯覚するほどの星空、星座探し、流れ星……。他の土地で皆が当たり前に経験している事を、やっと皆に与えられる」
その言葉を聞いて、私まで涙ぐんでしまった。
帝都が曇天に支配されている事は知っていたけれど、そこに住む人の想いは当事者でなければ分からない。
彼は今まで他国や他者に対して「羨ましい」とは言わなかった。
皇族である自分が言ってはいけないと思い、我慢していたのだろう。
けれど皇太子として生まれた彼は皇帝となったあとも、どんなに臣下に反発されようが、国のため、みんなのために身を粉にして働き続けてきた。
より良い国作りなら努力次第でどうかなったかもしれないが、呪いで晴天を奪われた事についてはどうにもならない。
それが今、やっと解決したのだ。
「…………ありがとう、フェリ。……君は幸せを呼ぶ姫だな。君が帝国を救い、皆に晴れた空を与えてくれた」
アルフォンス様は私の肩を抱き、泣き笑いの表情で言う。
私は彼に抱きつき、胸いっぱいの幸せを感じながら答えた。
「誰かの役に立てるって、とても嬉しいですね」
この結末だけは、聖女であるレティでも、両親でもシャルルでも迎える事はできなかった。
私だからやれたんだ。
(初めて、自分のした事に誇りを持てる。……嬉しい……!)
私は生まれ変わったような心地を得ながら、愛しい人に身を預けて美しい夜空を眺めた。
**
私たちはレティを客室に運び、ジョゼに任せた。
そのあと、私たちは夜間に訪ねる無礼を承知の上で離宮に向かった。
皇帝陛下の訪問となれば、衛兵も止める訳にいかなかった。
私たちは何者にも阻まれず、カール様の私室にたどり着く。
アルフォンス様の侍従が室内の伝言侍従に取り次いでいる間、彼は深呼吸を繰り返していた。
「大丈夫ですよ。きっとうまくいきます」
私は彼の手をギュッと握り、笑いかける。
「上皇陛下がお会いになられます」
伝言侍従の返事をもらったあと、私たちは応接室に通された。
ソファにはすでにカール様が座っていて、その姿を見た瞬間アルフォンス様の体に緊張が走ったのが分かった。
結婚式の祝宴にも彼は同席していたたけれど、父子として対面するとなると話は別なのだろう。
二人は無言で見つめ合い、どちらからともなく気まずそうに息を吐いて視線を外す。
このままではずっと沈黙が続きそうなので、思い切って私から話しかけた。
「陛下、魔石は私が殴って壊しました」
「えっ」
ストレートに言い過ぎたのか、カール様は目を見開いて私を凝視する。
そのあと合点のいった顔をし、頷いた。
「そうか、君はフェリシテか」
「あっ!」
言われて初めて、私はレティのふりをするのを忘れていたと気づいて冷や汗を流す。
けれどカール様は柔らかに笑い、片手を軽く上げて私を制した。
「いや、いい。怯える必要はない。……私こそ悪かった」
カール様の雰囲気は、先日よりずっと穏やかだった。
それに以前にお見舞いした時は私の事を『お前』と言っていたけれど、今は『君』と呼んでくれた。
その変化が何よりの〝答え〟だと感じる。
彼は様々な感情の籠もった目で私たちを見て、何かに納得したように頷く。
「アルフォンスは見る目があるな」
父に言われ、息子はまだ少しぎこちないながらも微笑んで頷いた。
カール様は続ける。
「……魔石に支配された私は、長い間心の傷を広げられ、えぐられ続けてきた。自身を守るために周囲に牙を剥き、古くから仕えてくれた臣下すら疑って過ごしてきた。……お前にも心ない言葉を向け、沢山傷つけただろう。謝罪する」
父の言葉を聞き、アルフォンス様は目を潤ませる。
「……では、父上は……」
息子の言葉に応えるように、カール様は頷いてみせる。
「少し前、急に頭の中が鮮明になって、胸の中で渦巻いていた負の感情が消えた。同時に自分の犯した過ちを思いだし、この歳になって涙してしまった。……そのあと外が騒がしいのに気づいて見てみれば、美しい星空があって……。〝千年曇天帝国〟と揶揄されたこの土地で、まさかあのような美しい光景が見られるとは……。誰かのお陰で呪いが解けたのは理解したが、まさかフェリシテ王女のお手柄とは」
私ははにかんで小さく会釈する。
カール様はアルフォンス様を見つめ、頭を下げた。
「今までの態度を詫びる。魔石のせいとはいえ、子供にまともに向き合えず、不甲斐ない姿を見せてしまった。それだけではなく、お前には一際つらく当たってしまった。愛情を注ぐべき思春期に深い心の傷を与えるなど、人として、親としてやってはいけない事だ」
苦悩するカール様を見て、アルフォンス様の表情から葛藤が抜けていく。