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「……嫉妬、私に? 光栄だなぁ」 ふふっと声を上げるこいつには一切の濁りはなく、こんな最低最悪な俺を包み込むような優しさを醸し出してやがる。
「だって、ずっと尊敬していた須藤翼さんにだよ? 一生叶わないことも、この人ほどの実力がある作家さんには私なんて眼中にないことも分かってたし。公募を出す中で、ライバルとも認識すらされていないだろうなって思ってたから。だから文学賞に名前を残そうと必死だった。一次選考より二次選考、二次選考より三次選考。上に上がるほど人数は減って、あなたに認識してもらいやすくなるから。だから、公募諦めなかったんだから」
こいつが文学賞に応募を続けたのは、俺に認識して欲しかったから?
何言ってんだよ、コミュ力の塊が。
と思ったが、こいつの友達いわく、実は結構な人見知りらしく、自分から話しかけたりとか出来ない性格らしい。
確かに、俺に話しかけてきた時も声震えてたもんな。まあ、俺がブスっとしてたなからだろうけど。
「悪かったな、そこまで思ってた相手が、こんな口の悪りぃ不良で」
ダメだな。自己肯定感がねぇと、どうにも卑屈になっちまう。
弱い犬ほど、よく吠える。
そんなことが過ぎるぐらい、俺はとにかくキャンキャンとうるさく吠えてばかりだ。
「それより、達也さんとは連絡取らないの?」
あまりにもあっけらかんと返答するこいつに、俺はまた「悪かった」と呟いていた。
「そう言いたいのは、達也さんじゃないかな? 今頃、すごく後悔してると思うんだ」
遠くの夕日を眺める目は遠く、それはまるでお釈迦様のような慈悲深い顔付きで、全てをこの広い海のように受け入れるとまで言ってのけそうな瞳だった。
「達也……か」
その名前を口にするだけで胸がヒリつき、喉が焼けるような錯覚がする。
俺の友人。まあ向こうはどう思ってるのか知らねーけど、少なくても中学二年まではそうだったな。
「連絡取らないの?」
「取らねーよ。今更」
「待ってるかもしれないよ」
「んなわけ……」
途端に消えていく声。もしかしたら本当に……。
何の根拠もねーけど、こいつが言うと不思議とそんな気が押し寄せてくるのは俺の希望的観測なのだろうか?
俺はおもむろにスマホを取り出し、メッセージアプリの設定画面を開く。
こいつをチラッと見れば、ニコッと笑いかけてくる、その笑顔。
タップしようとして、引っ込めてしまった指先。こうしている間に月日は巡っていき、俺の性格はどんどんと捻れていってしまった。
……俺は、今変わらなければ、ずっと変われないのかもしれない……。
スマホにそっと触れると、その壁は最も簡単に解かれ、あるべき場所へと戻って来てくれた。
「これが、出来る精一杯だから」
「……うん」
屈託のない笑顔を見せたこいつは、その美しい瞳で穏やかに戻った波をただ眺めていた。
「……ふぅ」
小さな溜息と共に、こいつの体が脱力していく。
「おい!」
どうやら人間というのはただ座るだけでも体力がいるらしく、力をなくすと体がズリ落ちていくらしい。
横に居た俺は手を伸ばして体を支えたことにより倒れることはなかったが、その体は明らかに軽く骨ばった体をしていた。
ドクンと鳴る心臓。
痩せたとは思っていたが、ここまでだったとは。こいつは嫌がっていたが、致し方ない。
「帰るぞ」
こいつが座っている車椅子、いやリクライニング式の車椅子の頭を倒してこいつの体を保たれさす。
「ごめんね……」
弱った声が、波音により消えていく。
今回の外出で許可が下りたのは普通の車椅子に乗ってでの移動ではなく、リクライニングと言われる頭を下げられるタイプの車椅子だった。
途中で座っていられなくなったら、頭のシートを下げてこいつを体を保たれさせて帰ってきて欲しい。
そう看護師より説明を受けていた。
つまりそれほど、こいつの体は限界に近いということだろう。
息遣いは荒く、閉じる目は弱く、体は脱力し切っていて、車輪がガタガタと揺れる度に軽い体は力無く動いてしまう。
こいつの体は春に桜を見に行った時と、明らかに状態が変わってきている。一度は生死の境を彷徨い戻ってくることは出来だが、そのキッカケとなってしまった治療は急変の可能性があるからと中止となった。
だからこいつは今、緩和医療を中心としたホスピスに居る。もう病気と闘い苦しむことはない。逆を言えばこいつの体は、これから癌に侵されていく。
だからこそ、この外出許可が降りたのだろう。体力が残っている間にと、最後の希望を聞いてやったのだろう。
「……ありがとう」
薄っすら開けた瞳は空をとらえており、また小さな溜息と共に体を脱力させてしまう。
空は茜色の夕陽色に染まり、日暮れが早まったのだと俺達に知らせてくる。
あと何回、この美しい夕日を眺められるのだろうか?
時間は一刻、一刻と迫っていた。
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