シュンと、転移が完了し、私達は帝都に戻ってきた。
石が敷き詰められた地面にぺたりとへたり込めば、ようやく全てが終わったんだと、開放感に満ち溢れていく。
そんなふうに安堵していると、リースは私の手を掴んだまま、アルベドを睨みつけている事に気が付いた。
アルベドも、それに応えるように、リースを見つめる。なんだか、不穏な空気が漂っている気がするのは、決して勘違いではないだろう。
「も、戻ってこれたんだしいいじゃん」
「先ほどの話が終わってないからな」
と、リースはまだ引きずっているようで、アルベドを睨み付けていた。
アルベドも、私と同感で「戻れたんだしいいじゃねえか」とにへらっと笑っていた。
本当はリースとデート……お出かけのはずだったのにどうしてこうなったのだろうか。
(いや、きっと罰が当たったんだ!)
私は忘れていたが病みやがりだったし、災厄が訪れているであろうこのご時世に呑気にお出かけなどいった罰が当たったのではないかと私は思った。確かに、浮かれていなかったかと聞かれたら、リースとのお出かけを少し楽しみにしていた自分はいたが。
私は、どうにかリースを宥めようと彼に手を離してもらって、リースのマントを引っ張った。そういえば、リースに治癒魔法をかけたはいいが、まだ少し傷が残っている気がするし、治癒魔法は、身体の傷しか治せないため、彼の衣服はボロボロであった。あの、負の感情を暴走させられて作られた人の成れの果てにかまれたり、切り裂かれたことが原因であろう。しかし、あれはそこまで強くなかったはずでは? とやはり疑問は残る。
腐っても、彼らは攻略キャラで強いはずなのだ。
それが、物語から反れたとしても、物語通りに言っていなかったとしても、何かしらの方法で勝ってしまう加護はついているような気がする。
ゲーム感覚が抜けないせいでこうなっているが、実際彼らは強いのだ。
(そういえば、アルベドは……)
彼も、かなりのダメージを負っていたはずだ。けれど、彼は闇魔法を扱う人間のため私の治癒魔法をかけたらもっとその傷が悪化してしまうだろうと思って、出来なかった。一応、大丈夫、治した方がいい? と聞いた方がいいのかも知れないが、リースがこんな手前、あまり彼を気遣えない。
心の中で何度かごめんと言った後アルベドを見た。彼は、悠々とした様子で、私を見ていたが、次の瞬間口元をおさえゲホッとむせた。
「あ、アルベド!?」
彼の黒い手袋の隙間から、赤い液体が垂れ、瞬時に彼が口から血を吐いたと言うことが分かった。
きっと魔力の使いすぎだと、身体にむち打って魔力を使った弊害だと、すぐに分かった。
「アルベド、大丈夫!?」
私は、リースを押しのけてアルベドの方に駆け寄った。
彼は、口元をおさえていない方の手を前に出して大丈夫だと。全く大丈夫ではないジェスチャーで私に伝える。
魔力を注げばどうにか、その枯渇状態は治るのだろうが、闇魔法にとって光魔法は毒でもあるから、さらに毒を注ぐことは出来ないと思った。自然回復するにも、彼をここに置いていけない。
「おい、心配すんなよ。エトワール。つか、俺の心配したら、後ろの皇太子殿下が妬いちまうぜ?」
と、この期に及んで冗談をと後ろを見れば、リースは確かにムッと口を尖らせていた。
それでも彼が、放っておけ。と言わないのは、少なからずアルベドを信頼してのことだろう。それに、彼に死なれてしまったら、公爵家との関係が悪くなる。
(でも、さっきから殺すき満々って感じはしてたけど……)
そこは目を瞑りつつ、私はアルベドの方を再度見た。
額に浮かぶ脂汗、呼吸も浅く、荒くなっている。これは、相当まずいかもしれない。
私が治癒魔法の呪文を唱えようとしたとき、リースがその手を止めた。
どうしたのかと、リースの方を見ると、彼は首を横に振っている。
「やめておけ、エトワール」
「でも、アルベドが!」
「自分でも気づいているだろ、お前の魔法は闇魔法の彼奴にとっては毒だ」
そうリースは言う。
分かっている、頭では分かっていたが、どうにかしてアルベドを助けたかった。私を助けに来てくれて、傷ついて、兄弟仲もさらに最悪になってしまって。
何度も助けてくれているのに、私からは何も返せないとやるせない気持ちで一杯になった。
そんな私の心中を察したのか、アルベドはぐいっと吐いた血を拭って口角を上げた。
「んな顔すんなよ、エトワール。可愛い顔が台無しだぜ」
「可愛いって……ほんと、口だけは回る」
私は呆れてそう言えば、アルベドは笑っていた。
そして、今度はリースの方に向き直る。
リースは少しだけ眉間にシワを寄せて、アルベドのことを見ていた。
「何か、出来ることは無いか?」
「お? 皇太子殿下が、俺の事を気遣ってくれるとは意外なことで」
「そのまま放置してもいいんだぞ」
と、まさかの言葉に私はリースを見た。リースは嫌そうにしながらも、アルベドを邪険に出来ないと思ったのか、そんな提案をする。それを真面目に受けていない様子のアルベドは、そう茶化したが、彼の傷と魔力を戻せる魔道士はきっと皇宮にはいないだろう。それこそ、レイ公爵邸まで送り届ける方がきっと効率もいいし、アルベドのためだ。
けれど、今帰ってもアルベドの見方がいるかどうか怪しい。ファナーリクは、あの別荘から帰ったのだろうか。一応、ラヴァイン側についているアルベドの従者というスパイ的な立場だろうし、それがバレたら殺されるんじゃないかとも思ってる。
そう思ってみてみれば、アルベドは、フッと笑ってもう一度その口元をふいた。ぴぃ……と横に血の跡ができる。ほどけた紅蓮の髪も相まって最終回の主人公みたいになっているのは、黙っておいた方がいいのだろうか。おうせ言っても分からないし。
アルベドは、ゆっくりと立ち上がりながら、リースに言った。
その瞳は、どこか遠くを見つめていて、私達を映していない。何を見ているのか、それは分からないが、彼はもう決めてしまっているようだった。
「皇太子殿下の手を煩わせるのもあれだしな。俺は、そのまま帰る」
「ま、待ってアルベド!」
私は何処かへ歩いて行こうとするアルベドを呼び止めた。
それもまるで、戦いが終わったからもう会うことはないなみたいなキャラクターを彷彿とさせる。なら、今の私はヒロインだろうか。そんな馬鹿な事を考えつつ、傷だらけで、彼が歩くたびに地面に血痕がポタリポタリと出来ているのが痛々しくて見ていられなかった。
だから、つい呼び止めてしまったのだ。
リースはため息をつきながらも、リースはアルベドに問うた。
「その状態で、何処に行くつもりだ?」
「ああ? 公爵邸に帰るんだよ」
「魔力もないお前が、どう帰ると言うんだ」
と、リースが言うとアルベドはチッと舌打ちを鳴らした。リースの言うとおりだ。どうやって帰るつもりなのだろうか。
「アルベド、一旦聖女殿にいこう。直せないかも知れないけれど、今は治療が必要だと思う。止血してもらわないと」
「エトワール」
振返った彼の満月の瞳は疲れ切っていて、少し淀んでいた。
もしかしたらあのラヴァインの言葉や行動が彼を傷つけているんじゃないかとすら思った。だが、そんな私の心配などお構いなしに、私の頭を撫でると、ほどけてしまった自分の髪を撫でて遠くの方を見た。
本当に黙って入れば、イケメンで、美人で……
「結ぶものが欲しいの?」
「あ? ああ、まあ、邪魔だしな」
「切らないの?」
そう聞けば、アルベドは「切らない」と即答し何処か恥ずかしそうに視線を逸らした。どうやら、髪を下ろしている姿はあまり見られたくないらしい。どういう理由があるのかは分からないが。
「それに、アンタ私の事好きって言ったでしょ」
「はあ!? 言ってねえし、言ってねえ!」
「え……あ、えっと、ほらラヴァインが」
と、アルベドが言ったんじゃないことを思いだし訂正したが、アルベドは何故か耳まで真っ赤にし、全力で否定してきた。それはもう見ているのが恥ずかしいぐらい、滑稽で思わず笑ってしまった。
私が笑えば、さらにアルベドは「何で笑うんだよ」と怒ってくる。顔まで赤くて全身真っ赤なんじゃないかと思うと、笑いが止らない。
「てか、前アンタ私に好きって言ったじゃん。私、覚えてるんだけど」
「言ってねえ! 言ったとしても、そういう意味じゃねえし、ッチ」
そうアルベドは悔しそうに舌打ちをした。
ラヴァンが言わずとも、アルベドは何度か私に好きと言っていた気がする。それを本気で受け止めていたわけではないが、何だかその反応が面白くてさらにちょっかいをかけてしまいたくなる。私はこんなんだっただろうかと思うぐらいに、今のアルベドをからかうのは面白い。
アルベドは、からかっていると気づいたのか、もう一度舌打ちを鳴らして、頭をむしると「ああ!」と声を上げた。
「うっせえな、言った! もう、言ったよ! 文句あんのか」
「別にぃ~」
「どうせ、本気にしてないだろうけどな」
ボソッとアルベドは何かを呟いて、顔を背けてしまう。何を言ったのかと聞こうとしたとき、彼は小さく口を開いた。その次の瞬間には、アルベドの足下に赤い魔方陣が現われ、彼の身体が光に包まれていく。
転移魔法だ。
「嘘、今魔力ないのに、そんな魔法使ったら」
「いーや、ある。つか、さっきお前からもらった」
と、アルベドはニヤリと笑った。
私の頭を撫でたのはそのせいかと、あの一瞬で私の魔力を持っていったのだと知る。まだ話したいことも、勝手に魔力を持っていったことも怒りたくて彼に手を伸ばしたが、彼はひらりと手を振って背を向けた。
「まあ、色々と文句はまた聞くから、今は休ませてくれ。じゃあな、エトワール」
「待ちなさい、アルベド!」
そう手を伸ばしあと一歩の所で届きそうだった時、彼の身体は何処かへと転移してしまった。
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