第二節 【渇き】
先輩が狂い始めてから一週間。(もっと前に狂っていたのかはさておき。)
先輩は人肉を手に入れる方法を考えているが、一向に動こうとはしない。
例にもよって今日もパシられる僕は先輩への手土産を買う為に、大学から遠回りしていた。
バスに乗るのはお金がかかってしまう。商品の代金は先輩がくれるものの、移動等の金は自己負担である。どう考えても普通の会社ならば経費で落ちるが…あの人はブラックらしい。
そうこう考えているうちにマンションへ着いた。
「……一階に住んでくれないかな…」
彼女の部屋は三階にある。地味に長い階段を登りながら僕はそう思った。ちなみにこのマンションにエレベーターは無い、クソ物件である。
部屋の前に立ち止まり、インターホンを鳴らす。
帰ってくる返事はいつも通りだ。
「開いてるから入って」
不用心にも程がある。ドアに手を掛け、今日も僕は思った。
「先輩、不用心ですよ。」
僕の先輩こと田辺 大菜さん。変わり者で、大学では一人でいることが多いらしい……が、本人の知らない裏では中々モテている。
僕の学年でも、『ミステリアスなお姉さん』という印象を持って彼女に好意を抱く男が多い。前に大学で遠目から見かけた時、一緒にいた友達が「美人だよな……何を考えているんだろう」と言っていた。
「職くん、遅かったわね。」
ちなみに恐らくだが食べ物のことしか考えていない。僕の知っている彼女は、珍味好きで、一度食べたものは口にしたがらず、人肉を食べたがる狂人である。
「徒歩でしたからね。」
「どうして?ダイエットでもしているの?」
何か癇に障る。もし僕にダイエットが必要なら、それは彼女の責任だ。徒歩でパシられているから特に必要無いが…。
そんなことより、どうして彼女は痩せていられるのだろうか?基本家にいて本を読み、僕が買ってきたものをカロリー関係なく食べる…ダイエット器具も見当たらない。
「してませんよ、ダイエットなんて。そんなことより、鍵。ちゃんとかけて下さいよ。」
「何故かしら?私の家に盗めるお宝なんて無いのに。」
貴女ですよ、先輩。スラッと背が高く、足が長く、出るべきところは出ているモデル体型。
おまけに黒い長髪で美人。頭も良い。いや、頭はある意味残念ではあるか。
「ほんとに……先輩は……」
「そんなことより、私はお腹が空いたわ。」
「はいはい…買ってきましたよ。」
床に正座する先輩と机を挟んであぐらをかき、買ってきた…『魚介ケーキ』を取り出す。
「あら、面白い見た目」
「これ……食べるんですか?」
スポンジとクリームが使われたケーキ。しかし乗っているのは果物では無く、魚の刺身である。
「ええ、勿論よ。」
「やめといた方が良いんじゃないですか?」
「職くん、食べる前から美味しくないと決めつけるのは良くないわよ。人生損してるわ。」
何をどう考えても、これは宜しくない。
買ってきた二人分、全て先輩が食べるのかと思っていたら、皿とフォークを二つずつ持って来た。
「いやいやいやいや」
「どうしたのかしら?」
「先輩、僕は食べませんよ。」
「駄目よ、好き嫌いしたら。」
逃げようと立ち上がる僕の手を彼女が掴む。
「それにね、私…いつも一人で食べても、感想を言い合える相手がいなくて寂しいの。」
「…………」
「職くんと食事するのが、楽しくて…」
「………そうですか…」
「あら、じゃあ…」
「しかしお断りします。」
「えっ………そこは食べるところでしょう?」
結局あの後、仕方なく僕も一緒に食べた。
味を思い出したくはないので、正直ああいった商品を発案する奴は有罪だと思った…とだけ言っておこう。
「それで…本題なんですけど」
「ええ、事件のことね。」
「何か宛はあるんですか?」
「そうね…容疑者は絞れたかも。」
どうしてその頭の良さを食のこと以外に使えないのだろう。
「一人一人に話を聞くんですか?」
「いえ、代わりに近い内に張り込みをすることになるかもしれないわ。」
「一応聞きます、それは誰が?」
「ええ、職くんにお頼みするわ。」
どうやら、パシりの定義について調べておく必要がありそうだ。
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