テラーノベル
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「気づいていた……? いや、そんなはずはない!」
僕は頭を抱え、水浸しになったオフィスの床に膝をついた。
冷たい。
足元の水は、雨水というよりは、死者の体温のように僕の体温を奪っていく。
「僕はただ、助手席にいただけだ!ハンドルを握っていたのは伊藤さんだ!警察に届けなかったのは伊藤さんの指示だ!」
「僕は……僕は何もしてない! 誰も殺してないんだ!」
必死の叫びは、虚しく歪んだオフィスに吸い込まれていく。
すると、明滅するモニターが一斉に切り替わった。
映し出されたのは、あの日、事故の翌日の僕だ。
画面の中の僕は、山下の葬儀で、彼の両親に深々と頭を下げていた。
『彼は優秀な部下でした。力になれず、本当に申し訳ない……』
涙を流しながらそう語る自分の姿。
その唇の端が、一瞬だけ、安堵したように緩むのをカメラは捉えていた。
「……っ!」
『──お前は、僕が死んで安心したんだ。』
再び、山下の声。今度はすぐ真後ろから。
『僕がいなくなれば、あのプロジェクトのミスは全部僕のせいにできる』
『過労死として処理されれば、不都合な隠蔽も闇に葬れる。……そうだよね、佐藤さん?』
「違う……そんなことは……!」
『──お前は、伊藤さんに口止め料をもらった。去年の昇進、あれも「黙っていたこと」への報酬だったんじゃないかな?』
心臓が、早鐘のように打ち鳴らされる。
そうだ。僕は山下の死を利用した。
彼の死を「不運な事故」として嘆き悲しむ聖人を演じながら
その裏で、彼が残した手柄だけを自分のものにし
口を閉ざすことで出世の階段を駆け上がったんだ。
「僕は……ただ、自分の生活を守りたかっただけだ…!誰だってそうするだろ!?」
叫んだ瞬間、オフィスの壁が剥がれ落ち、その向こう側から無数の「目」が現れた。
高橋、鈴木、伊藤……。
闇に消えたはずの彼らが、暗闇の中から僕を、冷徹な審判者の目で見つめていた。