その日の夜。夕食を済ませ、エルネストの入浴の時間になったため、私とクロード様がお供について湯殿へと向かった。
 クロード様は脱衣場の外で待機し、私は着替えの用意をするために中へと入る。
 「ふ〜、とりあえず、俺のことを疑ったりはしてなさそうだな」
「そうね、真剣に聖女様を守ろうとしてくださってるわね」
 エルネストと私は外にいるクロード様に聞こえないよう小声で話す。
 お茶会の後、クロード様は私語もなさらずに、ずっとエルネストの側に控えてくださっていた。
 私なんてたまに退屈であくびが出そうになるのに、クロード様は全くそんな素振りを見せることなく、本当に真面目だ。
 「まあ、この感じだったら大丈夫だろ。じゃあ、俺は風呂に行ってくるから」
 「ええ、外で待ってるわね」
 着替えの用意を済ませて脱衣場から出ると、クロード様が直立不動で番をしてくださっていた。
 私は人一人分の隙間を開けて横に立ち、無言のまま一緒に待つのもなんなので、クロード様に話しかけてみた。
 「クロード様、お疲れ様です。神殿でのお仕事はいかがですか?」
 「侍女殿もお疲れ様です。神殿の独特な雰囲気にはまだ慣れませんが、ここでの聖女様のご予定は時間ごとに決まっていることが多いので、護衛は比較的やりやすそうですね」
 確かに、神殿の中は何となく時間の流れがゆったりとしていて、全体的に厳かで静謐な雰囲気が漂っているので、少し異質な感じはするかもしれない。私もまだ少し居心地の悪さを感じる時がある。
 「クロード様がいらっしゃれば聖女様も安心です。……ところで、私は一介の侍女ですし、家格もクロード様より低いので、敬語は使わないでお話しいただいて大丈夫ですよ。同じ、聖女様に仕える者同士ですし」
 「……分かった。では、そういうことなら、同僚として私にも敬語は無しで、クロードと呼んでほしい」
 「分かったわ。それでは、私のこともレティシアと」
 「ああ、レティシア。これからよろしく頼む」
 そう言って柔らかく微笑んだクロードは、とんでもなく麗しく、私は何か尊いものを拝ませていただいたような気持ちになり、心の中で感謝の祈りを捧げた。
 それから、ぽつりぽつりとお互いの故郷についての話などをしている内に、お風呂から上がったエルネストが出てきた。
 湯上がりホカホカで、ご機嫌そうだ。ちゃんと鬘まで洗ったようで、濡れた髪をまとめて肩に流しているのが非常に色っぽい。
 「二人とも、お待たせしました。部屋に戻りましょう」
 部屋に戻ると、お風呂上がり後の水分補給も兼ねて、エルネストに紅茶を淹れてあげた。
 就寝前なので、目が冴えてしまわないようにカモミールティーだ。心を落ち着かせ、体を内側から温めてくれるので、安眠の効果があるのだ。
 「ふぅ、このお茶を飲むとだんだん眠くなってくるんですよね。……そろそろ寝ますから、レティシアもクロードも、もうお風呂に入るなり、休んでしまっていいですよ」
 「では、先にレティシアが入浴を済ませてくるといい。私はその後で失礼させていただこう」
 「ありがとう、クロード。そうさせていただくわね。聖女様、カップは後で片付けますので、そのままにしておいてください」
 「…………分かりました」
 エルネストは驚いたような妙な表情をしている。私は何かしらと思いながら、入浴のために退室した。
 そして、使用人用の浴室で手早く入浴を済ませて戻り、クロードと交代すると、てっきりもう寝ているかと思っていたエルネストが、テーブルに突っ伏してこちらを睨んでいた。
 なぜだか不機嫌そうだ。
 「あら、まだ起きてたのね、エルネスト」
 「……まだ起きてたのね、じゃないだろ。なんだよ、俺がいない間にクロードと仲良くなるなんて」
 「仲良くって言われても……。クロードの方が家格が上だから敬語はやめてほしいって言ったら、同僚だからお互いに敬語はやめようってことになっただけよ」
 「……俺には敬語のままなのに」
 「それは聖女様なんだから表向きは仕方ないじゃない。二人の時はちゃんと敬語はやめてるでしょ」
 「…………分かったよ。バレないように、隙は見せるなよ。もう寝る。おやすみ」
 エルネストはぶっきら棒にそう言って、寝室に入っていった。
 「なんなのかしら、もう」
 私は空になったカップを片付け、部屋の灯りを落とすと、続き部屋になっている自分の部屋へと戻ったのだった。
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