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流星さんに手を引かれ、言われるがまま、階段を上り従業員出口から外へ出た。
お店の裏なのかな。入口は大通りに面していたけれど、そんなに人がいない。
少し歩くとタクシーが止まっていて、流星さんが近づくと
「どうぞ」
タクシー運転手がドアを開けてくれた。
「あのっ!」
「葵、奥に座って」
まだ普通に終電に間に合う。電車で帰れるんだけど。
ここまで来てしまったら、仕方ないか。
「ありがとうございました。楽しかった……」
タクシーに乗り、流星さんに挨拶をしようと横を見ると
「えええっ」
流星さんもタクシーに乗っていた。
いつの間に!?
酔っているから、感覚が鈍っているのかな。
「えっ。なんで乗ってるんですか?」
送って行くって、お店の外までじゃなかったの?
タクシーに乗るまで、見届けてくれるんじゃ。
「送って行くって言ったじゃん」
流星さんは当たり前かのように平然としている。
「そんな、どこまでついて来るんですか?」
行き先がはっきりしていない私たちにしびれを切らしたのか
「お客さん、どこまで行くの?」
タクシーの運転手さんから怪訝そうに行き先を訊ねられた。
「葵、自宅の住所か最寄り駅伝えて」
「あっ、えっと、中井駅まで」
運転手さんに申し訳ないから、普通に答えちゃったよ。
「はい。わかりました」
運転手さんはナビを確認すると車を出発させた。
「あのっ、流星さん」
「なに?」
タクシーの中ではしばらく無言が続いていて、私も何を話していいのかわからない。
「どうして私を送ってくれるんですか?まだお店、営業中ですよね?」
「俺が送って行きたかったからだけど」
流星さんが私に執着する理由が見つからない。
可愛くもないし、お金だって持っていないし。
お店を抜け出すほどの、彼にとってのメリットってなんだろう?
にぎやかな空間から急に静かな環境になり、お酒も入っていたせいか、眠くなってきた。
目を閉じかける私に
「寝ていいよ。着いたら起こすから。ていうか、駅より住所教えて。歩くの怠いじゃん」
「……ーー。3丁目の4番地……マンションです……」
「わかった」
こんな時に眠くなってしまうって、危機管理能力が低いな。
そう言えば最近、よく眠れなかった。
でも、言い訳になんかできないよなぁ……。
あれ、手が温かい。流星さんが私の手を握ってくれているの?
薄れていく意識の中、そんな感覚を覚えた。
「葵、起きて?着いた」
目を開けると、自分のマンションの前だった。
「……。あぁ、すみません。もう着いたんですか?ありがとうございます」
目を擦り、タクシーから降りる。
「じゃあ、流星さん。すみません、タクシー代は……」
私がタクシーから降り、数歩歩くと、流星さんはタクシーからすでに降りていた。
「タクシー代は要らない。アプリで呼んだから、もう払った」
ええっ、そんな。流星さんまでここで降りてどうするの?まさか……。
「流星さんは、この後どうするんですか?」
「葵が良かったら、部屋に入りたい」
部屋に入るっ!?こんな夜中に!?
彼氏でもない人を家に招いたことがない。
そうか。もう私に彼氏はいないんだから、何も問題はないのか。
「どうぞ。散らかっていますけど」
いやいや、こんなかっこ良い人が私に何の用事だろう。
エレベーターに乗り、家の前まで来た。
鍵を開け、二人で部屋に入る。
「お邪魔します」
流星さんはきちんと挨拶をして、靴を並べてくれた。
見かけによらず礼儀正しいな。元彼の尊とは大違いだ。
少し寝たおかげで、大分酔いも醒めてきた。
「そこに座ってください。何か温かいお茶でも出しますね」
緑茶?紅茶?珈琲?こんな時間からの客人なんてはじめて。
「もう酔いは醒めたの?」
「はい。ちょっと寝たら良くなりました」
珈琲の準備をしながら、チラッと座っている流星さんを見る。
彼はスマホを見ていた。
私の部屋にキラキラなイケメンのお兄さんが座っているのが、とても不思議な光景だ。
「はい。どうぞ」
「ありがとう」
珈琲を出すと、流星さんは飲んでくれた。
私も流星さんの正面に座り、落ち着くために珈琲を飲む。
どうしよう、何を話せばいいんだろう。
「ホストクラブ、今日初めてだったの?」
スマホを置き、流星さんが口を開いた。
「はい。私は本当に初めてで。華ちゃん、後輩に安く飲めるところがあるから一緒に行きませんかって言われて。私もちゃんとお店のこと聞いておけば良かったんですけど、連れてきてくれたのが流星さんのお店でした」
「彼氏と別れたんだって?」
どうして知っているの?
ああ、華ちゃんがなんか話してた気がする。
記憶が曖昧だ。
「えっ、ああ。はい。三年目だったんですけど、浮気されて。この間、記念日だったんです。お互いの両親にも挨拶はしていたので、私はてっきりもうすぐ結婚かなって思ってました。でも、記念日に予約していたお店には彼は来てくれなくて、彼の部屋に行ったら、女の子と居て……」
あぁ、まともな頭で思い出すとまだ悲しい。
というか、悔しい。
「そっか。こんなに良い子なのにね。葵、隣に行っていい?」
「えっ?」
私の返答を待たずして、流星さんが私の隣に座った。
そして、頭を撫でられた。
「女としての魅力を感じないとか、一緒にいた女の子にもおばさんって言われて、確かにおばさんかもしれないけど、悔しくて」
やばい、泣いてしまう。
そう思った時にはもう遅くて、涙が頬を流れていた。
流星さんは無言で話を聞いてくれているけれど、面倒な女だと思っているんだろうな。
「葵は、綺麗だよ」
そう言うと、流星さんは私を抱きしめてくれた。
抱きしめられた時、香水の匂いがした。
あれ。この香水は、私が数年前に使ってた香水と同じ匂いだ。好きな香り。
尊に否定されて、違う香水に変えたんだっけ。
流星さんもこの匂い、好きなのかな。