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𝕣𝕖𝕒𝕣
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#ご本人様には関係ありません
あか
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#からぴち
琉愛˚𓆩✞𓆪˙
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執務室の窓から差し込む光が、机の上に積まれた書類の山を、ぼんやりと照らしていた。国境の徴税報告、寺院への寄進の記録、隣国からの書状――王は、その一枚一枚に目を通しながら、小さく息を吐いた。
母である女王がこの国を治めていた頃は、これほどの重みを感じたことはなかった。あの人はいつも涼しい顔で、山積みの政務をこなしていたように見えた。自分がその座に就いて幾年か経った今でも、王という器の重さに、慣れることはない。
「――兄上、聞いてますか」
声に顔を上げると、向かいの席で、弟が不服そうにこちらを見ていた。
「聞いている。租税の配分の話だろう」
「じゃあ、僕がさっき言ったこと、繰り返してみてください」
言葉に詰まる兄を見て、仁人は小さくため息をついた。
「ほら、やっぱり聞いてない」
「すまん」
素直に謝ると、仁人は毒気を抜かれたように肩をすくめた。政務の話になると、この弟はいつもこうだ。真面目に取り組もうとはするものの、心がどこか別の場所にあるのが、手に取るように分かる。
王は、机の端に置かれた一枚の紙に目をやった。今朝方、仁人が稽古の合間に書き留めたらしい、詩の下書きだった。政務の書類の隅に、まるで息継ぎのように挟み込まれている。その筆致だけは、いつもの気だるげな仁人とは別人のように、生き生きとしていた。
「――お前は、本当に、そちらの才の方が向いているな」
「え?」
「詩のことだ。政のことより、よほど熱がこもっている」
仁人は気まずそうに、机の上の紙をさっと隠した。
「別に、これは……暇な時に、少しだけ」
「隠さなくていい。悪いと言っているわけじゃない」
王は椅子の背にもたれ、しばらく弟の顔を見つめた。母によく似た、意志の強そうな眉。だが、その奥にある目は、いつも少しだけ不安げに揺れている。
「僕は、兄上のようにはなれません。分かってます、王位のことも、家臣たちが陰で何を言っているかも」
仁人は俯いたまま、そう零した。
「僕がこの国を継ぐことになったら、きっと、うまくやれない。兄上みたいに、みんなを導けない」
その声には、普段の刺々しさとは違う、剥き出しの不安があった。王は、書類の束をそっと机の端に押しやった。何かを言いかけて、一度、口を噤む。
言うべきではない、と分かっていた。国を継ぐ者に、そんな逃げ道を与えるべきではないと。だが、目の前で俯く弟の姿に、王の中の何かが、いつもの分別を押しのけた。
「――仁人」
「……はい」
「お前は、王にならなくていい」
仁人が、驚いたように顔を上げる。王自身、口にしてから、その言葉の重さに戸惑っていた。長子として生まれ、物心つく前から玉座を継ぐことしか許されなかった自分にとって、それは決して口にしてはならない類の願いだった。それでも、目の前のこの弟にだけは、そう在ってほしいと、心のどこかでずっと願っていたのだ。
「僕が、できる限り長くこの国を守る。だからお前は、その間に、好きなだけ好きなことをしていればいい」
「兄上……」
「――今のは忘れろ。王族が口にすることではない」
王はすぐさま、いつもの落ち着いた表情に戻ると、机の書類を引き寄せた。仁人は何か言いたげな顔をしていたが、それ以上は追及せず、黙って頷いた。
その日の夕刻、王は政務の合間を縫って、庭園を突っ切る回廊を歩いていた。ふと、稽古場の方角から、弾けるような笑い声が聞こえてくる。
足を止め、木立の陰からそちらを窺うと、仁人と、あの黒色の国から来た王子――勇斗が、稽古着のまま並んで座り込んでいた。何がそんなにおかしいのか、仁人が声を上げて笑っている。人前ではめったに見せない、屈託のない顔だった。
王は、しばらくその光景から目を離せずにいた。
勇斗が何かを言うたび、仁人の表情がころころと変わる。呆れたり、怒ったふりをしたり、それでいて、その目はずっと楽しそうに輝いていた。だが王が本当に目を引かれたのは、仁人のその顔ではなく――勇斗の方だった。
仁人を見つめるその眼差しに、王は見覚えがあった。誰かを大切に想う者だけが浮かべる、あの眼差しだ。その意味だけは、間違えようがなかった。
友への親しみだけでは、説明のつかない柔らかさだった。仁人が笑うたび、勇斗の頬にも、それ以上の熱を帯びた笑みが浮かぶ。仁人が何気なく肩に触れれば、勇斗の視線は一瞬、そこに縫い止められる。ほんの些細な仕草の一つひとつに、隠しきれない想いが滲んでいた。
(――そうか)
王は、木立の陰から静かに視線を外した。
黒色の国の王子。この国の内情を探るために遣わされたのだろうことは、初めから察していた。だが、その思惑の底で、こんな感情が芽生えているとは、想像していなかった。
厄介だ、と思う一方で、王の胸には、もう一つ別の感情も湧いていた。仁人のそばに、政の駆け引きとは無関係に、ただ一人の人間として彼を見てくれる誰かがいる。それは、王という孤独な地位に就く者にとって、決して得難いものだと、自分自身の半生が教えてくれていた。
複雑に絡み合ったその感情を、王はまだ、誰にも――弟本人にすら、明かすつもりはなかった。
ただ、しばらくはこのまま、見守っていよう。そう心に決めて、王は再び、政務の間へと足を向けた。