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𝕣𝕖𝕒𝕣
395
#ご本人様には関係ありません
あか
261
#からぴち
琉愛˚𓆩✞𓆪˙
191
謁見の間に呼び出された仁人は、兄の傍らに居並ぶ家臣たちの、いつもと違う畏まった顔つきを見て、嫌な予感を覚えた。
「――北の同盟国から、縁談が届いている」
兄の声は、いつも通り落ち着いていた。だがその一言だけで、仁人の背筋に冷たいものが走った。
「先方の姫君との婚姻だ。あちらは我が国との結びつきを、以前から望んでいたらしい」
家臣の一人が、恭しく続ける。
「殿下におかれましては、我が国の威信を高める、またとない好機かと」
仁人は、しばらく言葉が出なかった。
「……僕は、王位継承者じゃないですよね。それでも、こういう話が来るんですか」
「継承権の有無は関係ない。王族の婚姻は、それ自体が国の力になる」
当然のように返される言葉に、仁人は拳を握りしめた。
(王にならなくていいって言ったのは、兄上なのに)
そう思ったが、口には出さなかった。あの言葉は、あくまで二人だけの、内緒の約束だったはずだ。
その夜、仁人は稽古場へ足を運んだ。もう日も暮れているというのに、勇斗はまだそこにいた。誰かに聞いたのだろう、心配そうな顔で、仁人を迎える。
「聞いたぞ。縁談の話……」
「もう、耳が早いですね」
努めて軽い調子で答えたつもりだったが、声は思うように弾まなかった。仁人は、勇斗の反応を待った。何か言ってくれるはずだと、心のどこかで期待していた。
だが勇斗は、いつもの快活さを潜め、視線を落とすだけだった。
「……王族なら、仕方ないことなのか」
「――は?」
その一言に、仁人の中で、何かが音を立てて崩れた。
「仕方ない、で終わらせるんですか。勇斗も」
「そういう意味じゃなくて」
「じゃあ、どういう意味なんですか」
問い詰めても、勇斗は答えなかった。ただ困ったように、視線を彷徨わせるだけだった。その沈黙が、仁人には何よりも堪えた。反対してほしいわけではない。ただ、何か――たった一言でいいから、自分の味方でいてくれる言葉が欲しかった。
「……もういいです」
仁人は踵を返した。
「仁人」
「今日は、稽古はしません。一人になりたいので」
呼び止める声を、振り切るように稽古場を後にした。
それから数日、仁人は勇斗を避けた。稽古場にも顔を出さず、部屋にこもって、意味もなく書物を捲る日々が続いた。
誰かに味方をしてほしかったのは、勇斗の気持ちを試すためではなかった。ただ、自分の人生が、自分の意志とは無関係に決められていくことが、たまらなく苦しかっただけだ。それなのに、一番そばにいてほしかった相手が、何も言ってくれなかった。
その理由を、仁人はまだ知らない。勇斗が、どれほどの言葉を飲み込んで、あの沈黙を選んだのかを。
けれど、意地を張り続けるのにも限界があった。縁談の話は、仁人の与り知らぬところで、着々と進められているようだった。会議の場に呼ばれるたび、家臣たちの視線が、まるで品定めでもするように仁人の身なりを窺う。それが余計に、仁人の心をすり減らしていった。
そんな中で、一人で抱え込むことに疲れたのは、仁人の方が先だった。
ある夕刻、仁人はとうとう自分から稽古場へ足を運んだ。
勇斗は、いつもの壁際に座り込んだまま、仁人の姿を見つけると、弾かれたように立ち上がった。
「仁人……」
「……この間は、八つ当たりしてすみませんでした」
「いや、俺の方こそ……」
「別に、いいです。勇斗が悪いわけじゃないので」
本当は、まだ少し、拗ねた気持ちが残っていた。あの時、どうして何も言ってくれなかったのか。そう聞きたい気持ちを、仁人は今もまだ、言葉にできずにいる。
勇斗もまた、何かを言いかけては、飲み込む仕草を繰り返していた。互いに、王族という立場の重さを、痛いほど分かっているからこその沈黙だった。
「……また、稽古、見てくれますか」
仁人がそう尋ねると、勇斗はようやく、いつもの笑みを取り戻した。
「当たり前だろ」
その笑顔にほっとしながらも、仁人の胸の奥には、まだ小さな棘が残っていた。
縁談の話は、まだ何一つ片付いていない。それでも今は、この人がそばにいてくれるだけで、少しだけ息がしやすくなる気がした。
――王族である以上、本当の意味で自由になることなど、ないのかもしれない。
その予感を、仁人はまだ誰にも打ち明けられずにいた。ただ、この縁談がこの先どうなるにせよ、勇斗と過ごすこの時間だけは、失いたくないと、密かに願うようになっていた。
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