テラーノベル
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かつて――
人間の神、エレナは未来を予見した。
異世界から忌々しい生物が持ち込まれることを。持ち込むのは、それらの神――グロム。
人間の国の全域に突如として現れ、人間を滅ぼすように執拗に狙い、その身体を我が物にする。寄生された者の額には『ネブラの瞳』が浮かび、異なる意識と魂が宿る。
人間の急激な減少により、エレナの力は大きく削られ、滅ぼされ、神としての格を奪われる。人間の神が不在となった瞬間、その加護を受けていた者――全ての人間が、息絶えてしまう。
――それが、この世界の理であり、エレナが見た未来だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
オルトゥスの西の森。
ネブラの軍団を遠くに見据えながら、リディアは指示を出す。
「シオン以外は、森の内側まで移動して。そして、街に入り込んだ全てを――殲滅しなさい」
「そんな、ふたりで戦うと言うのですか!?」
「我々も戦います!」
……一緒に戦う。
それは美しいことだが、今は邪魔であることをシオンは理解していた。
「リディア様の周りは危険です。みなさんは後ろに下がって、街の人たちを守ってください。……それが、僕たちだけではできないことです」
シオンの冷静な口調に、まわりの住人は戸惑いを隠せない。しかし、それぞれがリディアのことを信頼している。
「……わかった。本当に大丈夫なんだな? ……信じるぞ?」
「ええ。ここはリディア様と僕に任せてください」
「よし……、聞いたな!? 全員、森の内側まで戻るぞ!!」
その声を最後に、全員が去ったあと――襲ってくるヒルの魔物の相手をしながら、シオンが尋ねた。
「これで、いいんですよね?」
「ええ、素晴らしいわ。もう、シオンも大人なのね」
「いえ、まだまだです……!」
ただ、そうは言っても……シオンの実力は、一般的な大人を凌駕する。リディアの素直な剣術を習い、デュランの戦場での剣術を習い、レンザンの洗練された剣術を習っているのだ。
「――そういえば、リディア様は剣を誰から習ったんですか?」
「この地に眠っていた、スケルトン師匠よ」
「へぇ……。今度、お会いしたいです」
「そうね、紹介してあげるわ。その前に――アイツらを皆殺しにするわよ」
表情が、普段のリディアから豹変する。その変わりようは、シオンですら驚愕するものだった。
「この土地に侵入することは許さない。――……さぁ、死への道を開けなさい」
リディアがそう告げると、西の森を覆っていた闇のオーラが、一気に濃くなった。それと共に樹々はみるみるうちに枯れ始め、葉は落ちて宙に溶け、幹は細く細く、みすぼらしい姿になっていく。
世界の果ての、忘れられた土地――そんな印象さえ漂う光景。瑞々しい果物がなる豊かな森は、一瞬にして死の世界へと変わり果てた。
「……シオン、森の中にいる魔物を全て殺しなさい」
「わかりました!」
ヒルの魔物は息絶えていないが、それでも動きは鈍くなっている。シオンはひとつひとつ、確実にとどめを刺して、凍らせていく。数は多かったが、ほぼ剣を振るだけの簡単な仕事だった。
その間、リディアはネブラを処理していた。
森に侵入していたものは全て倒し終わり、残るは森の外のみ。遊撃隊のように攻めてくるネブラたちは、不明な言葉を喚き散らし、威嚇をしながらリディアに向かっていく。
「――ああ、醜い」
リディアは樹々から、森から、土地から奪い去った生命力を、自身の右手に収束させた。彼女はそれを黒い魔力に変換し、雷雲を呼び出し、激しい稲妻を撃ち落とす。
「「「グオオオオォ……ッ!!?」」」
ネブラたちの断末魔が聞こえる。リディアはそれを聞いて、口元を緩ませた。
「……初めて、お前たちの言葉を理解できたわ」
森に近付くネブラを一掃した頃、シオンもヒルの魔物を一掃し終えた。シオンはリディアの元に走り、次の指示を仰いでいく。
「リディア様、凄いです!! それで、このあとはどうしますか?」
「アイツら――……あんな遠くに陣取って、やる気はあるのかしら?」
「こちらから打って出ますか? でも、リディア様は――」
人間の神エレナによって、オルトゥスに封じられている。足には透明な鎖が絡まり、森の外に出ることは許されない。
「……私はね。私を産んだ――母親のことを、全然覚えていないの」
「は……、はい」
突然の話に、シオンは混乱した。そんな話を聞いたのは初めてだし、この場で話す意味も分からない。
「本当の母親は、私に何も残してくれなかった。……ふふっ、きっと会うのも嫌だったんでしょうね。こんな、薄気味悪い力を持った娘なんて……」
「そんなことは――」
「……でもね、エレナは私に残してくれたの。最初は恨みもしたわ。……この忌まわしい力だって、この地にあった丸太小屋だって、中にあったたくさんの本だって――」
シオンはリディアの話に集中した。今まで彼女は、誰よりも優しく、誇らしい存在だった。そんな彼女の、偽りのない本心――
「――私は、人間という種族が生き残るために……神の加護を失った、忌まわしい人間。いえ、もう人間ですらない――……ねぇ? 酷いと思わない?」
リディアは夜空を見上げ、静かに言葉を続けた。彼女が呼んだ雷雲は薄くなり、星の瞬きが再び見えてくる。
「……でも、そこには愛があったのよね? 私を、未来に連れていこうとしたんだから――」
瞬間、甲高い音が辺りに響いた。リディアの足の透明な鎖が、実体を帯びながら、今まさに砕けようとしている。
「リディア様、鎖が……!?」
「こんなもの、私が壊せないはずがない。……でも、これは私とエレナの最後の絆。――ああ、お母様。これでお別れです……。お母様の奪われたものを、ちゃんと取り戻してあげますから――」
リディアの目に、狂気の光が宿る。エレナの奪われたもの――それは彼女の命であり、彼女が愛した人間たちであり、人間たちが営んだ世界である。それを取り戻すべく、リディアの足を縛っていた鎖が――……今、砕けた。
「――滅びの魔女は、今ここに解放されたッ!! シオン、行くわよッ!!」
「はいっ!!」
リディアは闇の鎖を生み出した。それは彼女の手から伸び続け、夜空の中を駆けていく。鎖の端がネブラの軍団の真正面に突き刺さると、そこを始点に、リディアとシオンの身体を巻き上げた。ふたりは満月を背に宙を跳ね、一気にネブラたちの前に姿を現す。
そして――ネブラたちは虚を突かれたが、すぐに我に返り、リディアたちに向かっていく。
「リディア様! かなりの数ですが、どうすれば――」
「あははははッ!! 気にせず、全力で斬り込みなさいッ!!」
「はいッ!!」
リディアの命令に、シオンは真っすぐに答えた。その後どうなるかは分からないが、リディアの言葉は絶対だ。……必ず聞かなければいけない、という意味ではない。それが絶対的に、正しいという意味だ。
「――はぁッ!!」
シオンの攻撃により、1体、2体……とネブラは倒されていく。しかし、それとは比にならない数のネブラたちが、大量に後ろに控えている。そんなシオンの後ろで、リディアはゆっくりと手を踊らせた。リディアの足元からは闇の領域が広く広く生み出され、彼女の瞳は血のような赤色に染まっていく。
「……醜く忌々しい人形よ。ここは私の領域――……黄泉の淵から蘇り、無様なダンスを踊り続けなさい」
その詠唱が終わると、シオンによって絶命させられたネブラが立ち上がり、別のネブラに襲い掛かる。
――死霊術。
リディアが得意とする、死者を操る魔術。死んだネブラの力は跳ね上がり、他のネブラを殺していく。殺されたネブラもまた死霊術で甦らされ、さらに別のネブラを殺していく。徐々に徐々に、絶命したネブラは増え続け、生きたネブラを殺していく。
そして――……全てのネブラは死に絶え、最後に立っているのはリディアとシオンだけになった。シオンはその光景を見ながら、今までにない異質さを感じた。ただ、リディアの力だと考えれば……それすらも愛おしく、誇らしかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――戦いのあと、オルトゥスには束の間の平和が訪れた。西の森は壊滅したが、それ以外には大きな問題も無く、奇跡的に死人も出ていない。しかしネブラがいる限り、危険が無くなることはあり得ない――
……その認識が定着したオルトゥスは、ネブラ殲滅の最前線の街となった。そして、様々な種族の国から、多くの人材や支援が届くようになっていた。
「少し離れた間に……これはまた、ずいぶん立派な軍勢になったものだな」
「これも、ラーナたちが頑張ったおかげだよね!?」
商隊を引き連れてきたブラガとラーナは、以前とは別の賑わいに驚きを隠せなかった。リディア自身、ここまで集まるとは思えなかったほどだ。
「ええ、みんなのおかげね。もちろん、ラーナもね」
「だよね~。ラーナが一番っ!!」
「ふふっ、全員が一番よ」
「えー、そうなのぉ……?」
残念がるラーナを慰めるように、ブラガは彼女の頭に手を置いた。
「それより、今日からは人間の国――だったところを、攻めていくんだろう?」
「ええ。しばらく行かない間に、ベルデが拠点にされたみたいなんです。あそこは邪魔だから……もう、更地にしちゃいましょうか?」
「恐ろしいことを、さらっと言うな。……再利用はできないのか?」
「私は御免ですね。ネブラがいた街なんて、冗談じゃない」
「相変わらず、アイツらには厳しいな……。まぁ、それも仕方が無いか」
リディアはブラガに微笑むと、小隊のリーダーたちに声を掛けた。これからは今まで以上に連携が必要になるため、指揮系統を正式に構築したのだ。
ベースポイントにはリディア、ヴェルガ、ヘルミナを。第1小隊にはシオンとデュランを、第2小隊にはレンザンを、第3小隊にはドワーフの兄弟たちを、第4小隊には各国の精鋭を配置して――
「……デュラン、シオンのことを頼んだわよ」
「おう、任せておけ!」
「もしも……シオンに何かあったら、殺すからね?」
「おぉい!?」
リディアは冗談のように言うが、目は本気だった。その溺愛っぷりに、デュランは呆れながらもツッコんでしまう。……ただ、シオンはそれを見て少し考えた。
「ヘルミナさん!」
「うん? シオン君、どうしたの?」
「リディア様に何かあったら、ヘルミナさんのことを殺しますね!」
「……ひぃん。それは真似したらダメなところだよ、シオン君……」
殺伐とした言葉が飛び交うが、どこかおかしく、全員で笑ってしまう。しばらく笑って、そして自然と……全ての視線がリディアに集まっていく。
「――さぁ。醜い世界を、滅ぼしに行きましょう」
ネブラを滅ぼし、彼らの神、グロムを滅ぼす。
人間の神エレナの神格を奪い返し、シオンを新時代の『人間』とするために加護を与える。それには、リディアは人間の神にならなければいけない。
……リディアの本当の戦いは、ここから始まる。
遠い目標。神の座という、遥かなる場所を求めて――
コメント
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わあ、第30話、圧巻でした…!リディアが「滅びの魔女」として本当に覚醒する瞬間、鳥肌が立ちました。特にエレナとの最後の鎖を自ら断ち切るシーン、母親への想いと決意が重なって、すごく胸に響きました。シオンが「リディア様に何かあったら♡♡♡」と真似するところ、思わず笑っちゃいました(笑)ああいう緩急が本当に好きです。次はベルデ制圧…リディアの覚悟がどこに向かうのか、続きが待ち遠しいです🌷
ゑぬ。
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花月夜れん
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しめさば
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