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そんな彼のコップに牛乳のおかわりを注いでやりながら、幾ヶ瀬はこう答えた。
「俺、決めたんだ。ずっと有夏の傍にいるって。有夏が逃げようとしても、付きまとってやるって」
「いくせ?」
「誰かに世話してもらわなきゃ有夏、生きてけないでしょ?」
「そんなことはないけども」
「だから俺が毎日ごはんつくって、有夏の舌を俺の料理に合わせてやるんだ。それに有夏、だらしなくてどうしようもない奴だし」
だらしなくないし! と、口を尖らせる有夏。
これに関しては実に説得力がない。
「いやいや、何をおっしゃるやら。全世界だらしなランキングがあったらかなりの上位に食い込むと思うよ?」
「なに、そのランキング? 世界にはまだまだ強者がいるよ? 有夏なんてまだまだ」
何張り合ってんのと、幾ヶ瀬も呆れたように笑みをこぼす。
「でもいいんだ。俺が甘やかしてあげるから。有夏がダメ人間でも、毎日ぬくぬく暮らしていけるようにしてあげる」
「いくせぇ……」
有夏の双眸が潤んだ。
犯罪者の言い訳にも聞こえる今の言葉に何だかキュンとしてしまった様子。
「幾ヶ瀬、そんなに有夏のことスキなんだ」
「好きだよ」
「……そっち行っていい?」
コロッと騙されたか、今の有夏には2人を隔てる小さな座卓さえ邪魔になったようで。
「あっ、でももうこんな時間……」
洗濯物干さなきゃと幾ヶ瀬が慌てて立ち上がる。
空の食器を片手にキッチンへ向かう後姿を見送り、有夏がプクッと頬を膨らませる。
「ごめんって、有夏。ほら、夕べのプリンできてるから」
「プリンか。うむ。良き良き」
冷蔵庫の中できれいに固まっていることを確認し、手招きする。
有夏がずるずると這ってきているのは、立ち上がるのが面倒臭いということか。
「ほら、あーん」
「ん」
スプーンですくってやると、有夏の濡れた唇がそれをくわえる。
幾ヶ瀬を見上げる目が細められた。
「おいしい?」
返事の代わりに有夏は幾ヶ瀬の首に腕を回した。
「おいしかったから。お礼にチューをしてやろう」
「あ、有夏?」
珍しく有夏から唇を寄せる。
反射的にキュッと目を瞑った幾ヶ瀬の首筋にやわらかなそれが触れた。
「あっ……」
唇を押し付けられたかと思うと皮膚を吸われ、幾ヶ瀬は情けない声をあげる。
「ちょ、駄目だって。有夏ぁ!」
「なんでだ?」
吸ったところに舌を這わせて、有夏は少々不満そうだ。
幾ヶ瀬が逃げ腰なのが気に入らないのだろう。
「だ、だって……」
時計を見ながら、幾ヶ瀬は恋人を引き離す。
「だって、俺もう出なきゃ。それに飲食店だからキスマークとかちょっと……まずいんだよ? だって、首にキスマなんてエロいじゃない~♡」
「なにがエロいんだよ」
「いや~、別に就業規定にキスマーク禁止ってあるわけじゃないんだけど~? でもぉ。見られたら、恥ずかしいし」
幾ヶ瀬、両手で顔を覆う。クネクネと腰をくねらせて、なにやら嬉しそうだ。
有夏は顔を離すかわりに、むくれた表情をつくった。
「ヘンタイのくせに。それに幾ヶ瀬、仕事やめるって言った。16話くらいからずっと言ってる」
「16話って……ちょっとやめてよ? 何なの、その時間軸」
「ははっ」
今が19話なので、かなりこのネタを引きずっているといえよう。
「ちょっと、やめてったら! その妙な時間軸で物事を説明するのは」
「幾ヶ瀬?」
「うぅ……」
挙動不審気味な幾ヶ瀬を、有夏は小馬鹿にしたように肩をすくめてみせた。
「やめるんなら平気だろうが、首デロンデロンになってても」
「キスマークでデロンデロンってどういう状態? いやいや、でも……」
でも、何? と有夏が見つめる。
幾ヶ瀬の手がピクリと動いた。
有夏の頬に触れようとして、寸前で引っ込める。
「いーくーせぇ?」
「や、ごめ……」
吸い付くようなその肌に一度触れれば、出勤時間も何もかもふっ飛んでしまうのは分かりきっている。
ゴニョゴニョと口の中で呟きながら、幾ヶ瀬は立ち上がった。
「お、俺のプリンも食べてていいから。昼になったら一旦戻ってくるし。待ってて! 俺、行くね。バイバイ、アデュー」
上着をつかむと玄関へ走る。
「アデューって…………」
取り残される形となった有夏がふくれっ面で「いってらっさい」と手を振った。
扉を閉めながら、その隙間から手を振り返して幾ヶ瀬は片手で拝むポーズをした。
ごめんねのジェスチャーだろう。
「せっかく料理人に転職できたんだし。スプリングシーズンだってもうすぐ終わるし。俺、頑張るよ。有夏、愛してる! いってきます」
「あぁ!?」
有夏の目元と耳たぶに朱が差す。
それを残像として瞼に焼き付けたのだろう。
頬をゆるめると、幾ヶ瀬はアパートの階段を駆け下りた。
「つぎのあさ」完
「そのイタズラは正義か悪か」につづく
※今回も読んでくださってありがとうございました※
※週末になったら、次のお話を更新します。ええ、きっと!※