TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

「私が存在し続けるまで、この子は消えることはないでしょう」「どうして、そんな言い方をするの……?」

キリンさんは目を伏せ、祈るように私の手ごと蝶を包む。

「キリンさん?」


キリンさんは、私の声など聞こえていないようだった。

祈りが済んだのか、私の手を解放すると、

この話は終わりと言わんばかりに、背を向ける。

「え?どこに行くの!」

置いていかれる私に、キリンさんは気にしなくていいと言うように、

「少しだけ待っていて下さい。すぐに済みますから」

勝手に自己解決したのか、来た道を戻ろうと進んでいく。

「ちょっと、待ってよ!」

私は、遠ざかっていく背中を捕まえる。

「待ってよ!どこに行くの?一人で行かないでよ!」

大きな背中が遠くへ行かない様に、後ろから抱きしめる。

一人になるのが怖いんじゃない。

ここで引き止めないと、キリンさんを失ってしまいそうで怖かったから。

「大丈夫ですよ」

背中越しに響いてくるのは、優しい声。

それは、私を安心させようとする気持ちと同時に、私からの追求を避けるようだった。

「その蝶は私の、全てです」

キリンさんは振り返り、頭を優しく撫でる。

そんなの知らないよ……。

「それがいる限り、私がいなくなったとしても、また貴方に会うことが出来ます。だから、安心してください」

キリンさんは、花が綻ぶような笑みだった。

その笑顔は全てを包み込んでしまうものだった。

でも、それはあの時と同じ、誤魔化しでしかなかった。

違うよね、キリンさん。

だって、キリンさんが存在しているまで、この白い蝶さんもいるって。

さっき言ってたよね?

蝶々さんは関係ないんだよ……。

私がキリンさんと喧嘩をしたあの時、キリンさんは理由を言わなかった。

ましてやキリンさんは、教えられないことを許して欲しい、 と懇願してきたのだ。

それは今も同じ。

私が納得出来るような言葉じゃなくて、それらしい事を言って許してもらおうとしてる。

蝶がキリンさんの代わりとか、また会えるとか。

けれど、キリンさんの言葉には、私でも分かるくらい、別れが滲んでいた。

「何言ってるの!」

キリンさんは、私の強く張った声に驚いていた。「それっぽいこと言って、また私を誤魔化そうとしてるんでしょ!危ない事には変わらないじゃん!」

私が居なくなったとしても、とか、白い蝶がいる限りとか。

キリンさんが消えちゃう事を前提に話していることが、許せないのだ。

私は頭に乗っていた手を逃がさないように、捕まえる。

本当に怒っていた。

「撫でたって変わらないよ!そんな事で、納得出来るわけないから!」

いつもそうだった。

「私は、キリンさんが行っちゃう事が嫌なんだって!キリンさんが良くても、私は良くないって言ってるの!」

言い終える頃には、キリンさんは下を向いてしまっていた。

悲しげな横顔に、心が痛んだ。

けれど、私だって信じたい。

誤魔化そうとしている訳じゃないと思いたい。

悲しい顔をする理由も、いつかは教えてくれるのだと信じてる。

だからこそ、今ここでキリンさんが死んだらいけない。

ちゃんと私が、納得できる理由を話してくれるのを待ちたいから。

「なんだか変わりましたね」

キリンさんが、独り言のように呟いた。

「えっ?」

「いえ、申し訳ありません。私とした事が。貴方の不安を取り除ければと思ったのですが」

キリンさんは、私の視線に合わせ、膝を折る。

いつもなら、しゃがみこまないといけなかったのに、今の私の背ではそれで十分だった。

「彼とは私事で、対峙しなければならないのです。それはとても、自己的で、貴方を納得させられるようなことではないのです」

キリンさんは、悲しい顔をする。

けれど、それは一瞬にして、真剣な表情に塗り替えられた。

「それでも、私は行かねばなりません。貴方を守りたい。それが一番大事だから」

キリンさんは、私の手を潰さないように握り返した。

それでいて、力強く、芯のある強さだった。

それは明確な意志を感じた。

反らせないほどの真っ直ぐな目と、キリンさんの本当の気持ちに、私は言葉が出てこなかった。

「初めからこんな事が言えれば、良かったのかもしれませんね」

後悔が滲むように呟かれた言葉には、キリンさんの本心が見えた気がした。

「大丈夫ですよ。貴方がその蝶といる限り、私も貴方もお互いを守る事が出来ます」

白い蝶は、私の手の中で無邪気に飛び回る。

その無邪気さが、どこかキリンさんの屈託のない笑顔に思える。

「この子を守っていれば、キリンさんは大丈夫?」

「はい、そういうことです」

キリンさんは、いつも通りの笑顔をくれる。

「ほんとうに本当?」

キリンさんは、迷いなく頷く。

「ええ、本当ですよ」

この子を守ることが、キリンさんを守ることに繋がる。

キリンさんの安全は、私が必ず守る。

決意した私は、引き止めていた腕を離し、

代わりに手の中で、生きる蝶を守るように包み込む。

「分かった!ちゃんと守ってる」

私は、白い蝶を肩に乗せて、キリンさんの手を借りながら、通気口へと入っていく。

「待っていて下さいね」

後ろから掛けられた言葉を胸にしまって、私は未知の中を進んでいく。

キリンさんの靴音が遠ざかっていく。

けれど、私は振り返らなかった。

キリンさんを信じているから。

通気口の中には、ホコリやゴミはなく、ステンレスで出来ただけの温度のない道だった。

中は暗く、狭い。

心配と不安がまた、湧いてきそうだった。

けれど、どこまえも照らす蝶の暖かな光が、それを打ち消してくれた。

ゴールのように、格子が目の前に立ちはだかる。

格子を外すと、全体が白いタイルで覆われている部屋に着く。

書斎の雰囲気とは対照的に、近未来を感じさせる空間だった。

タイルの貼り目を、電子の明かりが駆け抜けていた。

「こんな隠し部屋があったなんて」

小さな部屋だった。

中には、観葉植物が自由に葉を伸ばしていた。

生命力が満ち溢れ、誰の干渉もない場所に、少し心が安らいだ。

「あ、本持ってきちゃった」

夢日記の本をずっと、握りしめていたようだ。

この世界が本当に夢であるのか。その答えがきっと、この本には書いているのだろう。

私は床に座ると、再び本のページをめくっていく。

キリンさんの無事を待ちながら、物語を進めていく。

金色の蝶、話す花、私だけ見てくれる人。

「これらは、全部夢で見ただけだから」

最後に見たページを見つける。

ページの端をつまみ、新しい世界を探すようにめくる。

そこには、茶色く焼けたページが続いていた。

「明晰夢を見れたらいいのに……」

物語が終焉を迎えるように、その言葉が最後だった。

次のページをめくっても、白紙が続いていた。

これ以上、言葉が続いていないことをなぜか私も分かっていた。

だって、これは……。

「私が書いたものだ……」

その瞬間、本は砂のようにその場に崩れていった。

それと対照的に、私の脳内の中は、パズルがはめ込まれるように全てが噛み合っていた。

自覚だった。

「明晰夢」

キリンさんは言った。

夢だと自覚すること。

思い描いたように進行していく夢のこと。

この夢日記は、現実の私が明晰夢を見るために書いたものだ。

ここでの思い出が、今までの積み重ねてきたものが、波に攫われるように消えていく。

「あぁ、ここは夢なんだ」

私はここが夢の世界であることを理解した。

発した言葉が空気を揺るがし、私が異端者であることを自覚させるように。

世界が震えた気がした。

ふと、一人の顔が脳内をかすめる。

私はポケットに入っていたカードを取り出す。

胸下まで伸びた髪。

見覚えのある顔。

この女性が、現実の私自身だと、ようやく思い出した。

「迎えに来ましたよ」

その声に、世界へ引き戻される。

優しく、私の身体から力を抜くように、彼は現れた。

あっという間に感じた今の間に、彼は傷だらけになっていた。

どこからここへ、入って来たのかも分からない。

今はそんな事はどうでも良かった。

いつも通りに微笑む彼に対して、全てを知ってしまった私。

もう、知らなかった頃には戻れないのだと。

少なからず、この段階で気付いていた。

「書斎に戻りましょうか」

最後に……。

とでも付け加えるような言葉に聞こえたのは、

私がこの世界から別れを告げる覚悟を決めたからだ。

彼は、いつもと変わらない笑顔で、そっと私の手を掴む。

愛を欲している人間を、甘やかすように。

気付いていないフリと言えば、それまでに見える彼の演技。

その笑顔が人工的なものだということに、

私は気付かないふりをした。

loading

この作品はいかがでしたか?

47

loading
チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚