彼は、いつもと変わらない笑顔で、そっと私の手を掴む。愛を欲している人間を、甘やかすように。
気付いていないフリと言えば、それまでに見える彼の演技。
その笑顔が人工的なものだということに、
私は気付かないふりをした。
この世界で、ロボット、AIなどの機械が日常で触れない日はない。
私の中で家族よりも、ロボットと会話することの方が、日常の一環だった。
家庭用プログラムを施したロボットは、なんでも出来る。
家事はもちろん、コミュニケーションだって。
親が子供を見ていなくたって。
心の距離も親より近付けることが出来る。
実際、それがいたから、寂しさを感じたことはなかった。
冷たい家庭だとも、それが異常であることも。
それが私たち、家族には当たり前の事だったから。
生まれた頃から、機械と触れ合う時間が多かった私は、人と直接話すことが苦手だった。
幼い私の相手は、AIを搭載して学んでいくシステム。
社会で常識と呼ばれるそれらは、機械で身につけた。
ただ、無から有を生み出せないロボットの言う言葉は、いつもありきたりだった。
親譲りのネガティブ思考の私を支える言葉は、
自分自身が打ち込まなければ、言ってはくれない。
頑張れ、応援してるよ、君ならできる。
そんな安い肯定の典型文ばかりで、私の心は晴れなかった。
言葉を学ばせることは出来たとしても、自発的に言葉を、思考を生まないロボット。
それが私を苦しめていた。
そんな中、私は高校生となり、友人と仲良く生活をしていた。
友人の言葉は生きていた。
「大丈夫だよ、メルがネガティブ過ぎるだけだよ」
「そうかな、相手を傷つけておいて、平気でいられる方がおかしいと思うけど」
「何言ってるの。あんなの傷付けたうちに入らないって」
「でも、泣いてたよ?泣くって事は、私が酷いことをした結果があるってことじゃん」
「結果とかどうでもいいよ。ちょっとした食い違いなんて誰にでもある事だよ。そんなの、気にすることじゃない」
「そうかな……」
「メルなら、あの子と仲直りする言葉もかけられるでしょ?」
ロボットのように、自分にとって都合のいい言葉をお願いすることもない。
友人の何気ない言葉が、私を救っていた。
けれど、人はその分、言うことを聞かないし、思い通りにならなくて嫌いだった。
ロボットと違って、言葉が生きている代わりに、めんどくさい。
言葉の節々に隠された本心を、繊細に拾いあげる。
そんな人間らしい気遣いが必要だった。
機械のように当たり障りのない返答をしても、それは正解とはならなかった。
「まーた、失敗しちゃった~」
「どうしたの?」
「友達と連携してやるイベントがあったんだけど。練習の時に失敗しちゃって。本番でも同じミスしちゃってさ」
「その後、大丈夫だったの?」
「まぁ、一応は何とかなったんだけどさ」
「なら、いいじゃん。最終的に問題がなかったならさ」
「メルってさ、たまに無神経だよね」
「えっ?」
「なんかさ、結果オーライだからいいっていう機械的な頭の時多いよね」
「どういう意味?」
「最終的に成功したからいいって訳じゃないんだよ。今後の連携にも信頼と成功が釣り合っていないと、この人、いらないなってなるんだよ」
「そんなやつとなら、縁切っちゃえばいいだけじゃん」
「なんでそんな無神経かな。そんな簡単に済ませられる話じゃないんだよ!」
そうやって、怒り出す友人を見て、私は思った。
ロボットならば、怒らないのに。
いつも私の言い回しが気に入らないからって、怒りをぶつけてくる。
それが、めんどくさくって煩わしかった。
毎回、私の無神経な発言と呼ばれるもののせいで、友人とは度々喧嘩をしていた。
私の中では、ただ会話をしているに過ぎなかったのに。
それが積み重なり、私は会話の成り立たない友人を軽蔑してみるようになった。
それが伝わってしまったのか。
はたまた、私の機械的な部分に嫌気が差したのか。
しばらくして、友人は離れていった。
それから、いつも通り学校へ来ても、私の周りに寄り付く人間は誰もいなかった。
友人が同じ教室内にはいても、見知らぬ振りをする他人同然となっていた。
私からも、近付こうとも歩み寄ることもなかった。
私は、そんな煩わしかった友人と離れ、自由を得て喜びをかみ締めていた。
誰に気を遣うこともなく、気ままに過ごし、家に帰る。
けれど、なぜだか私は、日々を重ねる度に心の苦しさが増していった。
元々、高校に来るまでもずっと独りだった。
家族は飾り物、他人とは話す意味が無いと思っていた。
だから、友人と話さなくなっても、元の生活に戻るだけ。
そう思っていたはずなのに……。
他の人間と仲良く、楽しく、人らしい笑みをしている友人がやけに目に付いた。
そこで気付いたんだ。
私を縛っていた友人の言葉は、愛だったのだと。
好きだから、大切だから、一緒にいたい。
私にも少なからず、その気持ちが芽生えていたのだと。
「ねえ、メル」
「なに?」
「次の授業、一緒に行こうよ」
「いいけど、いいの?喧嘩したばっかりなのに」
「うん、全然大丈夫。メルに私の気持ち分かって欲しかっただけだから」
「私は本当に、気持ち分かってあげられてないかもだけど?」
「もういいよ、別に。私はそんなことより、メルト一緒にいたいだけだからさ」
「喧嘩したのに、また私のところに来るなんて不思議だね」
「だって、友達でしょ?私たち。喧嘩してても、また話したいって思うよ、私は」
「そういうもんなの?」
「そうなんだってば!」
言葉の節々に隠された感情。
友人は、私の事を友達として、愛してくれていたのだ。
好きだから、一緒にいたい。
そんな気持ちが見え隠れしていて、私自身にも芽生えていたこの感情。
そう、気付いていたはずなのに。
本当に気付けたのは、友人が他人に奪われてからだった。
仲直りを果たした後、全てが順調だと思っていた。
けれど、突如として現れた転校生が、彼女の心を奪っていった。
「あなたって、なんでも出来るのね」
「やった嬉しい、声掛けてもらっちゃった」
「実はあなたの歌、路上時代から知ってるわ」
「えっ?私の事知ってるの?」
「もちろん。この間の文化祭の公演も聴いたよ。好きなアーティストさんに寄せてるのよね」
「え、そんなに知ってくれてるんだ!って、あなたも前に、ステージで歌ってた人よね!」
「あ、そうなの!ちょっとミスしちゃったけどね」
「いいわよそんなの。私もあなたと仲良くなりたいの。どうか、よろしくね?」
「うんうん、ちょうど語る相手が欲しかったんだよー!」
私には興味のない話だった。
でも、友人は同じ歌を楽しめる人を求めていたようだった。
その子が現れてから、私と友人のいる時間は極端に少なくなった。
「今日は一緒に弁当食べる?」
「あ、メルごめん。あの子と音楽室行く約束したんだ。今日もそっちで食べるからさ」
「あ、そう。分かった」
人は気を遣うからめんどくさかった。
自由を奪うものだと思っていた。
そんな自分に、後悔の波が押し寄せた。
自分も友人を好きだったのかもしれない。
だから、こんな感情を、いつまでも持ち合わせていたのかもしれない。
ロボットのかける言葉は、自由で縛らない。
それは、愛がなく、干渉しないからだ。
それでいいと思っていた。
ずっと自由に、永久的に、傍にいてくれる存在がいるだけで生きていけるのだと思っていた。
けれど、友人と離れてから、ロボットと会話をしても苦しいままだった。
それは、私が人に愛されることを望んでいたからだった。
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