side wki
玄関に入った瞬間、元貴は無言で靴を脱ぎ、
リビングへ向かおうとした。
「元貴……」
呼び止めようとした声は、
自分でも驚くほど小さかった。
震えていて、きっと届いていない。
元貴は振り返りもしない。
俺の視線はその背中に張り付いたまま
動けなくなる。
「どうして……」
喉から出た言葉は、それ以上紡げなかった。
玄関の冷たい空気が、
俺の体温を奪っていく。
足先から指先まで震えが止まらない。
涙がこぼれそうになるのを
必死でこらえていたけれど、もう無理だった。
元貴が俺を見ていないことが、
何よりも辛かった。
「……っ、ぐす……」
堪え切れず、声を押し殺して涙が零れる。
その音に気付いたのか、
元貴がやっと立ち止まった。
振り返った元貴の顔は、やっぱり虚ろで、
どこか遠い場所にいるみたいだった。
「泣いてんの?」
その声には少しの感情もない。
心配とも、興味とも違う、ただの確認。
俺は答えられなかった。
いや、声が出なかった。
喉がぎゅっと締め付けられていて、
言葉にする余裕なんてない。
元貴はため息をつくと、
ゆっくりと戻ってきた。
そのまま僕の前に立つと、
冷たい目のまま顔を近づけてくる。
「……俺、明日、朝から撮影なんだけど。」
その言葉には、ほんの少しの苛立ちが混ざっていた。
俺は俯いたまま、必死に涙を拭う。
でも止まらない。
声にならない嗚咽が漏れるのを抑えようと
唇を噛むと、元貴がさらに一歩近づいてきた。
「……若井。」
虚ろだったはずの元貴の目が、
少しだけ鋭く僕を射抜く。
次の瞬間、元貴の手が僕の肩を掴んだ。
「……ほら、こっち見て。」
ぐいっと顎を上げられ、
視線を合わせられる。
俺の涙に濡れた瞳を見ても、
元貴は何も言わなかった。
ただ、無表情のまま顔を近づけてきて――
その唇が俺に触れた。
驚いて目を見開いた瞬間、
軽く触れるだけだったキスが深くなる。
元貴の舌が侵入してくる感覚に、
思わず身体が跳ねた。
「……ん、っ……元貴……」
言葉にならない声が漏れるたび、
元貴は俺をさらに追い詰めるように、
肩に力を込めて押さえつけた。
「……可愛い。」
口元が離れた一瞬、
元貴が呟く。
声は甘いけれど、
目の奥はまだ冷たかった。
「……いい顔。もっと見せて。」
そう言いながら、再び唇を奪われる。
僕の背中が壁に押し付けられ、
抵抗する余裕なんてどこにもない。
彼の手が僕の髪を掬い、
優しく撫でるように見せながら、
逃げ道を完全に塞いでいく。
キスはさらに深く、強引になっていった。
俺は息をするのも忘れ、
ただ元貴の熱に飲み込まれていく。
「若井、俺の事が好きで泣いちゃうの、昔から変わんないね」
耳元で囁かれたその言葉に、胸がきゅっと締め付けられる。
冷たく突き放すような声なのに、
元貴を求めてしまう自分が憎かった。
「……泣いてる若井、俺のことだけ考えてるみたいで好き。」
虚ろな目の奥に潜む何かに気付きたくて、
俺はまた涙をこぼしながら
彼を見つめることしかできなかった。
2024 1212 完結
コメント
5件
刺さってる!!!私の心に刺さってる!!!もうやばい全部1番だ好きすぎる
んんっ…。大森さぁん! ホットココア飲んでくれる若井さん思い出してくれよぉぉ! 大森さんが分からない若井さんがどうなってしまうのか…🫧さんが書く世界が気になりすぎてます
またしても好きすぎる…😭ほんとに表現が胸に突き刺さってくる。 ほんとに大好き😭😭