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――あれは突然の事だった。
家族間での重要会議を、オレが局長として頂点から伺う最中の事。
『アカネがもう少し大きくなるまで、ほしを向こうの実家に預けた方がいい』
……別段驚きはしなかった。考えれば当然の事。
赤ん坊の内は、まだまだ細菌による抵抗力が弱い。
オレは三日に一回は風呂に入らねば、我慢出来ない程に綺麗好きな性質とはいえ、僅かな毛並みすら赤ん坊にとっては起爆剤と成りかねないのだ。
『ほし……少しの間だけ、我慢出来る?』
女神がそう不安そうな泣き出しそうな表情で、オレを膝上に乗せながら問いただしてきた。
そう自分を責める必要は無い。妹の健やかな成長を願うのは、兄として当然の勤めだ――と伝えてやりたかったが、言葉を交わせないのはやはり不便と言わざるを得ない。
この時ばかりは、崇める筈のヒンドゥのヴィシュヌ神も只の信仰外、寧ろ破壊のシヴァ神に鞍替えしそうになってしまっていた。
――結局の処、伝わったかどうか定かではないが、オレの行き先は『前屯所に戻る』で決定事項として落ち着いた。
局長が左遷される等、聞いた事も無い重大事件だが、全ての決定権はオレにあるからこそだ。
これはオレが選んだ無償なる愛の道。即ち――“クレデリックロード”。
ただし条件がある――
『休みの時はアカネを連れて、おばちゃん家に遊びに行くからね』
……流石だ。オレが条件を提示する前に、女神はオレの気持ちを事前に汲み取っていたのだ。
流石に忘れ去られるのは、オレも哀しみに暮れると言うもの。
是非もない。それで呑もう。
だから暫しの御別れだ。これは『サヨナラ青き日々よ』ではない。
新たな幸せを掴む為の、一時の別れ……。
『ごめんねほし……』
だから泣く必要は無い。笑って見送るのが正しい……筈なのに――
『ううぅ……』
嗚咽しながらオレを抱き締め、泣きじゃくる女神の前に、オレも釣られて涙を流したものだ。
ここからでは他の連中に見えないのは幸いだった。猫は人に弱みを見せないからな。
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『――おぉいらっしゃい。ほしを暫く預かる? いいよいいよ』
『ごめんねおばあちゃん、また……』
行動は早かった。後日にはオレは女神と妹、それに運転手以外に何の取り柄も無いはずれ者と共に、前屯所へと赴いて来たのだ。
此所も久々だな――と感慨に浸る訳がない。
休日の度に遊びに連れて来られていたのだから、今更どうという事もないのだ。
威厳たっぷりの此所の主、冥王はオレの暫しの局長襲名に歓迎の意を示す。
やはり何処でも、オレが序列では最高位なのだ。
『ほしぃ? 夜はおばあちゃんと一緒に寝ようなぁ?』
――しまった!
オレは所詮と高を括っていたが、これがあったのだ。
誰もがオレと寝たがるのは、種別を超えて当然の事だが、生憎オレはそう安くはない。
許可無しでオレと夜半を共に出来るのは、女神唯一人。後は拝み倒してようやくだというのに……。
オレは現実をすっかりと忘れてしまい、急に難色を示して泣きたくなってしまった。
『そんなに喜ばんでもいいんだよ』
何を勘違いしているのか、露骨に嫌悪を剥き出しにしているのに、伝わらない冥王の思考回路を本気で正したい。
『――じゃあほし? また来るから良い子にしててね』
しかし全ては後の祭り。
女神にそう懇願されたら、如何なオレでも従う以外有るまいて。
それにこれは妹の為でもあるのだ。
なぁに――アカネが『ヨチヨチ歩き』が出来る、ほんの1~2年の辛抱よ。
普通の猫だったらこんなに待てぬ。早々に心神喪失でブチ切れて、家出敢行間違いなしだろう。
つくづく思う――オレ程物分かりの良い猫は、世界中を見回してもオレ位なものだと。