お風呂上り。せっかく温まった体は冬の部屋の寒さですぐに冷たくなる。それでもイザナさんに貸してもらった服は自分よりも一回り以上大きいから寒さを紛らわすのにちょうどいい。
「ドライヤーすっからこっち来い」
洗面所の方からそう呼ぶ声が聞こえてくる。微かにドライヤーから出る空気の音も。
ドライヤー…名前や形は知っているけど実際にしてみたことは無い。何となく聞こえてくる初めての音が怖くて体がぎゅっと強張る。
「…そんな怖がンなよ、大丈夫だから。」
イザナさんの優しくて甘くて低い声で体からどんどん力が抜けていく。
ぶわぁーという音と共に髪から首筋に生暖かい風が当たる。髪が温まっていくと同時に髪に絡まりついていた水滴が吸い上げられていくのが分かる。
『…わぁ、なんか…うーん……すごい。』
「なんだそれ」
背後からドライヤーの音に紛れてケラケラとイザナさんの笑い声が聞こえてくる。
本当にこんな無邪気な笑い方をする青年が誘拐犯なのか?という疑問が今日1日で何度も脳内を巡り胸に黒い違和感を植え付ける。
『…イザナさんって変』
「なにいきなり」
ドライヤーの音が鳴り終わり、なんとなく自身の乾いた髪を手ですくう。サラサラになった髪は指に絡まることなくスッと指からすり抜ける。
『好きだからってここまでしてくれたり、監禁したり…私みたいなのを好きになったり』
愛なんて感じない環境で育った私にとって“ここ”は酷く甘く優しく、そして不気味だった。
「変……そうか?」
『…普通の愛がどれなのかは知りませんけど……変です。』
んー…と唸り声に似た声を発しながら考えるイザナさんを横目に思考を巡らせる。
今なら逃げられるかもしれない。外へ出られる通路は多分あそこだけ。
でもどうしてか体が動かない。本能で分かる、これはきっと“恐怖で”なんかじゃない。
体が、魂が、本能が「ここに居たい」と願ってしまっている。
たった1日だけなのに。今日初めて会っただけなのに。
『…イザナさんと居ると不思議な感情になる』
胸がこう…ポワポワァって感じ。霞かかったような、それでいてどこか熱くなるような。
初めての感情につい語彙が低下してしまう。
「オレのこと好きってこと?」
『…ちがいます』
またもやイザナさんの好き攻撃が始まりそうだなと身構えた瞬間、押し倒されるように前から抱き締められ、バランスをとれずそのまま2人して床に寝転ぶような姿勢になる。
イザナさんの耳についている花札のピアスがカランと綺麗な音を鳴らす。
「オレは愛してるなんて言葉じゃ足りないくらい好きだよ」
すぐ耳元で聞こえる声が、脳に直接喋りかけられているような甘い感覚に体が痺れる。
あーあ、もう
『…危ないです、頭打つところでした』
「…そこ?」
帰りたいなんて思えない。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!