テラーノベル
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秋の穏やかな日差しが、更に静かになった。
離宮の外では相変わらず衛兵たちが監視を続けている。彼らの服装は青みの強いブルーグレーから黒に近い紺色に変わり、頭に被っている帽子も羽根飾りの付いたものからファー素材になった。
離宮の中にも変化があった。四六時中、暖炉に火がくべられるようになり、佳蓮はいつの間にか秋が過ぎ去っていたことを知る。
「……もう、冬かぁ」
ぱらりと本のページをめくりながら佳蓮は独り言ちる。
水滴の付いた窓ガラスにそっと触れると、びっくりするほど冷たかった。指先を息で温めて佳蓮は再び本に視線を落とし、ページをめくる。
約束通り夜会の翌日、リュリュは離宮にたくさんの本を運んできた。
ソファやローテーブルだけに飽き足らず床や出窓にも本が埋め尽くされ、離宮は少々手狭な状態だ。
決して読書好きというわけではない佳蓮にとって、朝から晩まで異世界の書物を読み漁るという行為は、苦行でしかない。
けれどアルビスの元からおさらばすると決めて、早7日。佳蓮は寝る間を惜しんで、読書に没頭している。
これまで入院患者のように決まった時間に食事が運ばれてきたのに対し、今は集中力が途切れたタイミングでお茶や軽食が用意される。地図や筆記用具も、いつの間にか用意されていた。
これは全てリュリュが自ら動いてくれたもの。今もすぐ動けるようにじっと部屋の端で待機してくれている。
そんなふうに快適な環境を作り上げてくれても、佳蓮は未だにリュリュの真意を計りかねている。
夜会の後の庭園でリュリュが自身の靴を差し出してくれた時、佳蓮はこの人のことを無条件で信じたいと思った。その気持ちは、変わらずここにある。
でも時間が経つとこれは巧妙に仕掛けられた罠かもしれないと勘ぐってしまい、一度疑いを持ち始めると、不信感が炭酸水の泡のように次から次へと浮かび上がる。
重度の人間不信だと自覚しているが、これまでこの世界の人間から受けてきた仕打ちを思い出すと、疑う理由はいくらでもあるのに、信じられる理由は一つしかない。
だからそう簡単に不信感を捨て去ることができないでいる。
(あーあ。たった2ヶ月で、随分と意地の悪い人間になっちゃったな……私)
佳蓮は自嘲しながら本を閉じる。この本も収穫がなかった。
「次いこ、次……っ……あっ!」
読み終えた本を出窓の隙間に置いて、次の本を手にした瞬間、佳蓮の肘がちょっとだけ出窓に積み上げられた本の山に当たってしまった。
すぐにバサバサッと派手な音を立てて、ギリギリのバランスを保っていた本の山脈は、あっという間に崩壊してしまった。
「あーもー……」
床に散らばった沢山の本を目にして、佳蓮は情けない声をあげる。出窓を降りて本を拾い上げるのが、とてつもなく面倒くさい。
とはいえ、本の山を崩壊させたのは他でもない自分自身。佳蓮はしぶしぶ出窓から降りようとした。その時──
「カレンさま、どうぞそのままで」
部屋の隅で控えていたリュリュが目にも止まらぬ速さで、散らばった本へと駆け寄った。
「あ、すいません」
「いえ。お気になさらないでください。それにしても本が増え過ぎてしまいましたね。少し書庫に戻して来ます。こちらは、もうよろしいでしょうか?」
「あ、はい……だ、大丈夫です」
まだリュリュと会話をすることに慣れていない佳蓮がもごもごと答えても、リュリュは笑みを絶やさない。
そして、きびきびと動くリュリュに”させられている感”はない。
「帰りに甘いものをお持ちします。お疲れでしょう。眼精疲労に効くお茶もご用意いたしますので少しお待ちくださいませ」
佳蓮から探るような視線を受けてもリュリュは気を悪くした様子はない。散らばった本を両手で抱えたまま、笑みを深くして頭を下げる。
「はぁ……どうも」
至れり尽くせりな発言を受け、佳蓮はこれがすべて演技だったら騙された自分が悪いという気持ちにすらなってしまう。
戸惑う佳蓮をよそに、リュリュは左腕と顎を使って8冊、右腕に4冊。合計12冊の本を抱えて、部屋を出ていった。
──キィー……パタン。
どうやって扉を開閉したのかわからないけれどとにかく扉が閉まり、再び部屋はしんと静まり返る。
中途半端に片足を伸ばしていた佳蓮は、出窓に座り直すと肩をぐるりと回す。
リュリュが選び、ここに運ばれてくる本は、歴史書や歴代皇帝の偉人伝で、役だちそうな本ばかりなのに、一向に自分の欲しい知識が得られない。代わりに、この世界のどうでもいい知識ばかりが増えていく。
パンが主食で麺類を食べる習慣がないとか、中世ヨーロッパのように貴族とか平民とか階級制度があるとか。あとミュールは娼婦の履物だとか。
佳蓮はアルビスが視察に行けば、ここを去ると決めている。もう一秒だってここにはいたくない。ただ今わかっているのは、自分が召喚されたのはこの王宮の神殿ということだけ。
どれだけ本を読み漁っても、異世界の人間を召喚した手順がわからない。どこにも書いていないのだ。
そんな理由から、佳蓮は宮殿から離れてしまうのは得策ではないのかもしれないという懸念がつきまとってしまう。
あくまで推測だが、神殿はこの世界と元の世界とを繋ぐ扉のような場所で、何らかの手順を踏めば、元の世界に戻れるのではないかと仮説を立てている。
離宮から逃げ出すことができたら、アルビスから離れることはできるけれど、元の世界に戻れる方法を永遠に失ってしまうのかもしれない。
夜になるとアルビスは毎日ここに顔を出す。佳蓮が無視をして読書を続けていても、アルビスは何も言わない。満足そうな表情を浮かべるだけ。
(あの人は元の世界に戻る方法を探すために本を読み漁っているとは思ってないな。ざまあみろ)
心の中で悪態を吐いてみたものの、アルビスは全てを知っていて「どうせ探したって見つからないのにせいぜい頑張れ」と馬鹿にされているような気がしてならない。
もしそれが真実なら、今の頑張りは無意味だ。でも、このまま飼い殺しにされるのは──
「やなこった」
佳蓮はしかめっ面で吐き捨てる。
残された時間は少ないけれど、まだある。次こそはきっと何かしらの収穫があるはずだと、佳蓮は気持ちを奮い立たせて読書を再開する。
手にしたのは、かなり昔の皇帝の偉人伝。もはやこれは古文書だ。
仕組みはわからないが、佳蓮はこの世界の人間と会話ができるように文字も読める。知らない単語はたくさんあるけれど、リュリュが辞書を用意してくれたから、何とかなっている。
この偉人伝も暗号のような文章で、理解をするのにかなりの時間を要した。だが収穫はあった。
「……見つけた」
かすれた声で呟いた佳蓮の本を持つ手が、震えている。
とうとう本の山の中から、求めていたものを拾い上げることができたのだ。
#残酷な描写あり
らい
148
37
#パンデミック
畝澄ヒナ
48
コメント
1件
読了しました!第24話、ついに佳蓮が求めていた情報にたどり着いた瞬間が熱かったです……!“やなこった”って吐き捨てる姿がめっちゃ好き。リュリュへの不信と信頼の間で揺れる描写もリアルで、でも最後の“見つけた”が静かに燃えてて鳥肌立ちました。この先どう動くのか、気になって仕方ないです🕯️🤍