皆様ごきげんよう、レイミ=アーキハクトです。私は今お姉さまの密命を受けて、鉄道でレンゲン公爵家の領地へと赴いています。
目的地は領都レーテル。帝国西部にある主要な街道が集まる交易拠点です。
帝国西部にある様々な物がこの街に集まる経済の中心地であり、この街を封鎖するだけで帝国経済に深刻な打撃を与えれると言われています。それだけに領主には素質が求められ、代々レンゲン公爵家が支配してきました。
強大な魔物が生息する関係でこの世界では海運より陸運が主要であり、それだけにレーテルは重要な価値を持ちます。
尤も、『ライデン社』が蒸気船の開発に成功して大量に建造している現在、海運が活発となり陸運には少なくない影響が出ることは必然。
レンゲン公爵家を率いるカナリア=レンゲン女公爵は世界の流れを正確に読み取り、港湾設備の整備を大々的に行っている様子。流石はカナリア様、先見の明をお持ちのようです。
さて、私の目的を果たすためにはカナリア様と面会しなければいけません。しかし、公爵家の当主となれば多忙を極めます。面会を申し込んでも数ヶ月待たされるなんて珍しい話ではありません。優先順位を考えると、私が正攻法で面会を申し込んでもお会い出来るのは何時になるか分かりません。
そして私はそんなに悠長に構える余裕もない。となれば、搦め手を使わなければいけません。
そこで私はカナリア様の関心を引く手土産を用意することにしました。手土産とはお姉さまから交渉の材料として渡されている証書。これは『暁』が購入して間も無く納品されるアークロイヤル級二番艦の権利書です。
多額の費用が掛かったこの船を無償で提供すると成れば、間違いなく関心を得られるはず。なによりまだレンゲン公爵家は蒸気船を手に入れていませんからね。
もちろん『ライデン社』からの購入費用は莫大ですが、帝国西部との交易が開始されれば損失を上回る利益を叩き出すことは容易です。マーサさんとも事前に話し合いをしていますので、必要経費として処理しても問題ないでしょう。
ただ本来ならば格安で提供する予定でしたがそれを無償で提供する事になるので、お姉さまに損をさせてしまうのが心残りではありますが……時間がありませんからね。
翌日、私が乗っている機関車は領都レーテルの駅に到着しました。
大きな駅で、幾つもの引き込み線がありますね。
まだまだ機関車は量産されていませんが、先を見越した準備であることが分かります。
駅を出ると、広い大通りに整然と並ぶたくさんの家屋が並び、大勢の人々が行き来しています。道路は整備された石畳で、広い道を馬車が通っていますね。歩道と車道を分けている様子。
そして馬車で運ばれた様々な品が鉄道で帝都へ運ばれる。どれだけの利益が挙がるのか予想も出来ませんね。
そして、町中に設置された花壇が四季折々の花を咲かせています。今は夏なので、夏の日差しに負けない夏の花が咲き誇っていますね。花の都の名に相応しい。
鉄道以外ではとても懐かしい景色です。
幼少期、お母様に連れられて何度か訪れたことがあります。
カナリア様だけはお父様ではなくお母様が交流を担当していましたね。
カナリア様が個人的にお母様をお慕いしていた関係で、娘であり従姉妹になる私達姉妹にも随分と優しくしてくださったものです。
さて、昔の思い出に浸るのは後回しにしましょう。問題はどうやってカナリア様とお会いするかです。
お会いしてしまえば、私が本物であることを証明することは簡単なんです。会うまでの行程が問題となります。
街の中心にある細かい丘に建てられた壮大な城、レーテル城。レンゲン公爵家の居城であり、本拠地。近代戦が広まりつつある現在城の戦略的な価値は低下していますが、支配の象徴として今も威容を放っています。カナリア様は彼処に居る。
ふむ、まさか潜入するわけにはいかないでしょう。多少は心得がありますが、心情を考えれば避けたいところ。かといって正攻法は時間が掛かりすぎる。
……こんな時はお姉さまの知恵を借りるのが一番でしょう。私は駅の近くの宿を訪ねて、安い部屋を借りました。防音などは完備されていないでしょうが、往来のど真ん中で話をするよりはマシでしょう。
私は椅子に座り、テーブルに水晶を置いてお姉さまをイメージしながら魔力を流します。
すると直ぐに反応が帰ってきました。水晶にお姉さまのお顔が映りました。
「お姉さま、昨晩連絡したばかりなのに申し訳ありません」
『レイミの連絡ならば四六時中バッチコイです』
真顔で返されましたよ。流石はお姉さま、愛が深い。
「実はご相談がありまして」
『察するにカナリア様との面会する方法、それも正攻法ではないものですね?』
「流石はお姉さま、ご賢察の通りです。忍び込むことも考えましたが」
『それは避けるべきでしょう。手っ取り早く会うならば伝を使うしかありませんが、私達姉妹の生存は出来るだけカナリア様にだけお伝えしたいですね』
そう、レンゲン公爵家の派閥にはお父様の代から親しい方も少なくありません。ですが、先ずはカナリア様お一人に伝えなければいけません。
私達が貴族社会を離れて八年、誰が敵で誰が味方か分からない以上、リスクが高過ぎる。
「お姉さま、その叡知をお貸しください。私に道を示してください」
『私程度、叡智と呼ぶのも烏滸がましいのですが。”マルテラ商会“を訪ねてみると良いでしょう』
「マルテラ商会?」
『マーサさんのお話では、レンゲン公爵家の御用商人であり西部最大の商会です。彼等の伝を使えば、数日以内にカナリア様との面会を成し遂げられる可能性があります』
「なるほど、御用商人ですか」
確かに御用商人となればレーテル城を出入りする事も、カナリア様とお会いする機会も多いでしょう。
彼等に頼めば面会できるかもしれません。
『ただし、彼等も商人です。簡単に会わせてはくれないでしょう。少なくともタダでは無理でしょう』
下手な人間を紹介してしまっては、マルテラ商会としても信用に関わりますからね。
「つまりは、袖の下ですか」
所謂賄賂ですね。
『そうなります。レイミ、手持ちはありますか?』
「ご心配は無用ですよ、お姉さま。手持ちは充分に有ります」
具体的には星金貨十枚ほど。十億円を持ち歩くなんて、落ち着きませんが。
『それならば、後はレイミの手腕に期待するしかありません』
「お姉さまの期待に添えるように頑張ります」
『くれぐれも無理をしないように』
「お姉さまも」
よし、方針は決まった。早速マルテラ商会へ向かうとしましょう。
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