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6 - 第6話 無限地獄

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2025年09月23日

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大村の両親は仲が悪く、父親も大酒呑みで暴力的だった。愛人を、はなれの小屋に連れ込む父と、他人事として振る舞う母を見ながら育った大村は、


「こんな大人にはなりたくない」


と、思っていた。

酒を飲む度に思い出すのは、枯れ枝みたいにちいさくなった両親の亡骸で、棺の中の防腐剤の匂いと共に、大村の心を掻き乱す要因にもなった。


「不思議なものだ、俺はなりなくなかった人間になってしまった…血は血だ…抗える筈もない、俺は社会不適合者で病人だ」


と、自分を卑下しながら酒をあおる。

抜け出せない無限地獄は、大村の身体も蝕んでいった。




ある日のこと。

居間で内職の機織りをしていた詩織を、大村は理解出来ずにいた。


「金はいくらでもあると云うのに…何故働くんだ…そんなにこの家から出たいのか…?」


そっと襖を開けると、詩織は疲れた顔で大村に目を向けた。

色白の肌に大きな瞳。

その瞳は非難に満ちていると感じた大村は、


「文句あんならはっきり言え!」


と、声を張り上げた。

詩織は動じなかった。

それはまるで、父の不貞を無視し続けた母に似ていると、大村は感じた。

詩織は、ゆっくりと口を動かした。


「お酒はやめてください」

「は?」

「約束してくれましたよね、お酒はやめてください!」

「なんだと!お前はそんなに偉いんか!」


大村は詩織の髪を引っ張って立ち上がらせると、左頬を拳で殴り、その華奢な身体を蹴飛ばした。

詩織の鼻と口からは、真っ赤な血が流れ、畳にポタリポタリと滴り落ちた。


「胸くそ悪い!」


大村は家を飛び出した。

詩織に涙は残っていなかった。

泣いているだけの生活に、詩織は疲弊していた。


出会ったばかりの大村は、やさしくて頼もしかった。

戦争孤児だった詩織の理解者であり、兄貴のような存在でもあった。

ところが、今の詩織にとって大村は、


「出来損ないの人間」


それだけだった。


詩織には、些細な楽しみもあった。

はなれの小屋で。子猫を育てていた。

大村が忌み嫌う住処で、子猫は無邪気に飛び跳ねて、部屋の隅の、日当たりの良い場所を寝ぐらにしていた。

子猫と触れ合う中で、詩織はいつか自立したいと考えるようになった。


「行かなきゃ」


詩織は畳の血だまりを拭き取ると、台所からかつお節の袋を手に取って外へ出た。

口の中は鉛のような味がしていた。


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