TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

テラーノベルの小説コンテスト 第3回テノコン 2024年7月1日〜9月30日まで
月の雫

一覧ページ

「月の雫」のメインビジュアル

月の雫

2 - 第2話 執拗な嫌がらせと洋館と肝試し

♥

43

2024年07月02日

シェアするシェアする
報告する

 その日をきっかけに、伸は、松園たちから執拗な嫌がらせを受けるようになり、やがて、人目のないところで殴られるようになった。松園は直接手を下さず、いつも古川に、服の外からはわからない体の部分を殴らせるのだ。


 抵抗しようとすると、お前たち親子が、この町で暮らせないようにしてやると言われた。


 そんなことが出来るはずはないと思うし、なぜそこまで目の敵にされなければならないのか、納得がいかないが、松園の父のことを考えると逆らえない。


 母が、どれだけ大変な思いをしながらカフェを経営しているか、痛いほど知っているから。



 ほかの中学や、ほかの町から来ている生徒も多い高校では、中学の頃ほど、松園の威光も大きくないように見えた。成績も、あまり振るわないようだ。


 そんな鬱憤を晴らすためなのか、目つきが悪いとか、体育の時間に目立とうとしていたとか、くだらない理由をこじつけては、子分、主に古川に伸を殴らせる。


 そのたび、売女の子供は汚らわしいとか、告げ口をしたら、母親の店を潰すなどと言われた。母に迷惑がかかると思うと、何も言い返せなくなって、ただ殴られるしかないのだった。




 その洋館は、山道を少し上った人気のない場所に建っている。元はイギリス人が建てたものを、日本人の資産家が買い取り、親子で住んでいたというが、その住人も今は亡く、長らく空き家になっている。


 森の中に建つ、重厚な石造りの三階建ての洋館は、一見、今も威容を誇っているが、実際には、ときにホームレスのねぐらになり、ときに「お化け屋敷」として、子供たちの格好の遊び場になっている。


 門には鍵がかかっているが、屋敷をぐるりと囲む、石と鉄製のフェンスで造られた塀は、一部が破損していて、皆、そこから出入りしていた。



 洋館にまつわる、まことしやかに囁かれる怪談話もある。心を病んで自殺した、かつての住人が、幽霊となって今も住んでいて、夜な夜な三階の角部屋の灯りが点くというものだ。


 よくありがちなエピソードだと思う。伸は、そういう話はあまり信じないほうだし、だから、怖いとも思わないのだが。




 その日の夜更け、伸は、松園たち三人とともに、洋館の玄関の前に立っていた。


 古川に殴らせるだけでは飽き足らなくなったらしい松園に、誰にも知られず、そこまで来るように言われたのだ。


 松園が告げたのは、伸が予想していた通りのことだった。玄関ドアの脇の、かつてはステンドグラスがはまっていたらしい、今は暗く四角い穴となった空間を指して、彼は言った。


「三階の角部屋まで行って来い」


 幽霊が出るという角部屋。ようするに、肝試しだ。



 滋田と古川が、にやにやしながら見ている。松園が、手に持った懐中電灯を突きつける。


「そこまで行ったら、窓辺に立って、これで合図しろ。そうしたら、今回は許してやる」


「許してやる」とはなんだ。憮然とする伸に、小馬鹿にしたように滋田が言った。


「あれ、びびってる? 言う通りにしないと、いつものお仕置きよ。泣いて謝ってもダメよ~」


 言う通りにしなければ、いつものように殴るということか。



 くだらないし卑劣だ。そんなことをしなければならない理由など一つもない。


 そんなことのために、わざわざこんな時間に、こんなところに集まっているこいつらは、どれだけ暇なのかと呆れる。


 だが、いくら正論を言ったところで通じる相手ではないし、殴られるのは嫌だし、それに、びびっていると思われるのは癪に障る。


 馬鹿馬鹿しいと思いながらも、伸は、松園の手から懐中電灯をひったくるようにして、大股でドアの脇に向かった。




 体を硬くしながら、辺りを懐中電灯で照らす。大理石らしい、玄関の広い床には、割れたガラスと、空き缶やスナック菓子の空き袋などが散乱している。


 これからやらなければならないことを考え、胃の辺りがずんと重くなる。本当は、めちゃめちゃびびっている。


 幽霊を信じていないからといって、こんな時間に、こんなところに一人で入って、怖いと思わないほうがどうかしている。幽霊はいなくても、たとえばネズミとか……。


 うっかり余計なことを考えてしまい、伸はあわてて頭を振る。とりあえず、三階に行くのだ。



 玄関の奥に伸びる暗い廊下を照らすと、その先に、階段の上がり口らしい手すりが見える。足元に点在する、訳の分からない落下物を踏まないよう、注意を払いながら奥まで進むと、思った通り、闇の中を上に向かう階段があった。


 とりあえず、第一段階は突破だ。伸は、自分にそう言い聞かせる。第二段階は、この階段を三階まで上ること。


 実際に、ここを上る者は多くないのか、階段には埃が厚く積もっている。造りがしっかりしているのか、足を載せても、ほとんど軋むこともない。



 途中に踊り場を挟み、二階に着いた。左右に廊下が伸びているが、素通りして、さらに階段を上る。


 あとは、角部屋まで行って第三段階突破、窓から懐中電灯で照らして全段階クリア。なんだ、大したことないじゃないか。


 そう思いながら、三階まで一気に上る。もう、あまり怖くはないが、さすがに、少し足が疲れた。


 三階にも、二階と同じように、闇の中を左右に廊下が伸びている。足元を懐中電灯で照らしながら、伸は「角部屋」がある右側に向かって足を踏み出した。

この作品はいかがでしたか?

43

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚