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特等席は、ソレールの家の屋根だった。
アネモネは、屋根の上に登るのは初めてだ。心配性のタンジーは雨漏りがしても、決してアネモネを屋根に登らせたりはしない。理由は簡単、落ちると危ないから。
子供の時ならともかく、そんなヘマはしないと思うけれど、タンジーからすれば自分はまだまだ大人の手助けが必要な存在のようだ。
一方ソレールは、タンジーより更に心配性のようで、アネモネが窓枠に手を掛けることすら許さず、問答無用で肩に担いで屋根に登った。
「やっぱりここが特等席だな」
アネモネを自分の足の間に座らせたソレールは、満足そうに言った。
背後から抱き締められているアネモネは、返事をする余裕はない。布越しに彼の体温を感じて、無駄にソワソワしてしまっている。
ソレールは足場の悪いここからアネモネが落っこちないようにしているだけ。後ろから抱き締めているのは、同じ方向を見たいから。これは彼なりの花火鑑賞スタイルなのだろう。
でもアネモネからしたら、自分からくっつくことには抵抗はないけれど、される側になると少々落ち着かない。
特に雨に打たれた晩、ソレールに抱き着いてしまってからは尚更に。
緊張と戸惑いから、アネモネは無意識に身動ぎしてしまう。
「こら、動くと危ない」
「……っ」
至極正論を言われたところで、ジト目で睨んでしまう自分を止められない。
ソレールときから、困り果てるアネモネの反応を楽しんでいるかのように、余裕の笑みすら浮かべている。
(本当にこの人は、無自覚に翻弄してくれる……!)
こんなにも心が揺れて騒いで仕方がないというのに、ソレールは全く理解してくれない。
でも、こんなふうな扱いをされて嫌ではない。むしろ嬉しい。ただこれ以上、ソレールに身を委ねたら後戻りができないような気がして怖い。
そんな気持ちを口に出せないアネモネはのは、憎まれ口を叩いてしまった。
「一人で座ってみれますよ。私、もう ……子供じゃないんですから」
最後の言葉は、空気を震わす爆発音によって遮られてしまった。最初の花火が打ち上げられたのだ。
戸惑いや恥ずかしさや、もどかしい想いを全部持っていってしまったそれは、あっという間に消えてしまった。
「花火はもともと戦争の兵器だったんだ」
「そうなんですか」
「ああ。でも、それをこんな綺麗なものに変えてくれた技師に国王は100個の勲章をあげるべきだ」
パラパラと消えて行く花火の欠片を見つめながら、真面目な口調でそう言ったソレールがなんだか可笑しくて、アネモネはくすりと笑った。
でも、ソレールのいう通りだ。ついでに肉の串焼きも100個は付けるべきだと思う。
かつて兵士に向かって飛ばされていたそれは、今は空に向かって飛ばされて色とりどりの花を咲かせている。
月も星々も、今日は主役の座を譲っている。
「きれいですね」
見たままの感想を口にすれば、ソレールはそうだなと言って笑ったが、声色はどこか寂しそうだ。
不思議に思ってアネモネは身体を捻ってソレールを見る。ちょうど、一際大きな花火が打ち上げられた瞬間だった。
ソレールの顔は、口調より寂しげなものだった。
「……ソレール、どうしたの?」
アネモネは手を伸ばしてソレールの頬に触れる。指先に濡れたものはなかったけれど、彼は泣いているかのようだった。
「どっか痛いの?」
「いや、痛くないよ」
「じゃあ、どうし──」
「アネモネ、私には妹がいたんだ」
アネモネの言葉を遮ったソレールは、静かな口調でそう言った。
頬に触れられたままの小さな手をそっと握りしめながら。