私がトイレから出ると、タクの声が聞こえる。
「タク、松葉杖取って欲しい」
羅依じゃなく、タクにお願いしよう。
左膝が曲げられたら、右足ケンケンで余裕で移動出来るけど、曲げないとやりづらい。
すぐに来たのは羅依で抱き上げようとするから
「ダメ。動けなくなるからヤダ」
と拒否すると彼は表情を変えずに言った。
「逆立ちでもするか?」
「膝でバランスが取れるなら出来るけど…意地悪言われた」
「才花が先に言っただろ?」
「何を?」
「意地悪」
「……?」
「タクを呼んだ」
「……マシン」
羅依は当たり前に私を抱き上げると、ひとつのドアを開ける。
「わぁ…羅依はこれ、何目的?一通り揃ってるね…すごい」
「モテ目的だよ、才花ちゃん」
後ろからタクの声がしたと思ったら
「っ…ぃ……っ…て…暴力はんたーいっ」
羅依がタクを軽く蹴ったみたいだ。
仲のいいじゃれあいだね。
「羅依、あれ」
私が指差すと、羅依がバーの下に行き
「出来るはずの回数の半分以下しかするなよ?」
と私を見たのに、コクン……頷いてから両手を伸ばしてぶら下がる。
両手を肩幅よりやや広げ、バーを握って
「…重く感じるね……食べてないのに…」
息を吐きながらゆっくりと脚を伸ばした状態で、身体と脚が90度になるように上げ、息を吸いながらゆっくりと脚を下ろす。
重い…最悪……こんな感覚を味わう日が来るとは思っていなかった。
二度目に脚を下ろすと同時に、羅依が私を抱きしめた。
「…ダメだ………なーんにも無くなっちゃった…」
パタリと腕を下ろして脱力した私を抱えるのは重いだろうけれど、羅依は何も言わずにぎゅっと、ただ私を抱きしめている。
「食事にしよう、才花ちゃん」
タクが静かに言って出て行ったあと
「才花」
羅依が私の名前をなぞるように呼んだ。
「なんにも無いか?」
「…無い…」
「そうか」
そっと私を床に立たせた羅依は片手で私を支えたまま、もう一方の手で私の頬を包むと、僅かに上を向かせた。
「だったら俺だけにしろ」
「羅依…?」
「何もなくても俺だけがいればいいと、そうして生きていけばいい」
「…そんなの無理だよ」
「どうして?」
「……」
「前を向けなくても俺だけを見ていろ。それだけで大丈夫だ」
同意した訳ではないのに、心が揺れる気がする。
しーちゃんはいるけれど、事実としてしーちゃんは木村家の人で、私は違う。
ダンスも仕事もなく、アルバイトの籍さえ残せないかもしれない。
羅依の声は冷たいけれど力強い。
どうして自信があるのだろうか?
「俺好みだと言っているが、俺はちゃんと才花の努力も見てきた」
もう驚かないよ、それくらいは。
「イギリスの大会が終われば、声を掛けるつもりだった。俺が見ているだけでなく、才花も俺を見ろと言うつもりだった」
それは…ふふっ……
「告白にしては強引だよね」
「そうか?結果が同じなら問題ない」
「結果が同じなの?」
「同じだ」
「どんな結果?」
「俺と才花は愛し合う」
羅依はそう言うと、そっと……唇を重ねた。
コメント
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イギリスの大会が終わってから声をかけるつもりだった、自分達は愛し合うと言った羅依。あの夜はしなかった唇も重ねた。 強引だけどその強引さは決して悪いものではない。ちゃんと才花ちゃんの生活を崩さないよう配慮してる。でも状況が変わってしまったけど羅依は何一つ変わらず、3年待ったその愛で才花ちゃんを引き上げようとしてる。カッコよすぎだよ?羅依! そんなかっけー羅依もヤキモチ妬くんだね〜それもタクに😆