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「……あ、いた」
土曜日の午前中。練習試合の会場となっている第1体育館のギャラリーに、私はいた。
コートの中では、白鳥沢のメンバーがアップを始めている。
「工くん、気合入ってるなぁ……」
一際高く跳び、叩きつけるようなスパイクを放つ背中。
昨日の廊下での「俺だって、ただ振り回されてるだけじゃないからな!」という低い声を思い出して、私の心臓がまた少しだけ落ち着かなくなる。
(……意識しすぎだよ、私)
試合開始のホイッスルが鳴る。
工くんはコートに入った瞬間、真っ先にギャラリーの私を探した。目が合う。
彼はフイッと顔を背けたけれど、その耳たぶがうっすら赤いのは、この距離からでもよく分かった。
「……五色、集中しろ」
「っ、はい! 白布さん!」
セッターの白布先輩に釘を刺され、工くんは慌てて前を向く。
試合が始まると、工くんはまさに「次期エース」の名に恥じない活躍を見せた。
鋭いストレート、力強いクロス。彼が点を決めるたび、体育館がどよめく。
「……すご。本当にかっこいいじゃん」
思わず独り言が漏れる。
その時、工くんがサービスエースを決めた。
彼はガッツポーズをしながら、これでもかというほどドヤ顔で私を見上げてきた。
「(見たか! 前原!)」
声には出さないけれど、口の形がはっきりとそう動いている。
悔しいけれど、今の彼は、教室で赤くなっている「チョロい工くん」じゃない。
私はわざと、彼にだけ見えるように口角を上げて、指先で自分の額をトントンと叩いて見せた。
――『ご褒美のデコピン、またしてあげるね』という合図。
「っ……、ぶふぉっ!?」
工くんは盛大に動揺し、次のサーブをネットに直撃させた。
「……五色。お前、交代するか?」
「すみません白布さん! 今のは、その、風が吹いたというか……!」
「体育館で風が吹くかボケ」
白布先輩の冷ややかなツッコミが飛ぶ中、工くんは涙目で私を睨みつけてくる。
でも、その目はちっとも怖くなくて。
「……ふふ。やっぱり、こっちの工くんの方が好きかな」
からかう余裕が戻ってきた。
でも、彼が放った「本気のスパイク」の残像は、私の胸の奥にしっかりと刻まれた
「……まえばら!!」
試合終了のホイッスルが鳴り、片付けを終えた直後。
体育館の裏口で待ち伏せしていた私の前に、工くんが肩を上下させながら現れた。
タオルを首にかけ、髪は汗で少し張り付いているけれど、その目はバレーボールの試合中と同じくらいギラギラしている。
「あ、工くん。お疲れ様。サービスエース、すごかったね」
「凄かっただろ!? なのに、お前……! なんだよ、あの合図は!」
工くんは自分の額を指差して、一歩、私に詰め寄ってきた。
「『デコピンしてやる』って言っただろ! あのせいで俺、サーブミスしたんだぞ! 白布さんにめちゃくちゃ冷たい目で見られたんだからな!」
「ふふ、ごめんね。でも、工くんが『見てろよ』なんて言うから、つい、応援したくなっちゃって」
「応援!? あれがか!?」
「うん。……あんなにかっこいいスパイク打たれたら、こっちも何かお返ししなきゃって思って」
私がわざとらしく首を傾げて微笑むと、工くんは「……っ」と言葉を詰まらせた。
怒鳴っていたはずなのに、急に視線を泳がせて、耳の先まで一気に赤くなっていく。
「……かっこいい、とか、急に言うな……」
「本当のことだよ? 教室の工くんも好きだけど、コートの工くんはもっと好きかも」
「……っ、っあーーー!! もう!!」
工くんは両手で顔を覆い、その場にしゃがみ込んでしまった。
「からかいやすい」なんてレベルじゃない。反応が良すぎて、こっちまで調子が狂いそうになる。
「……お前、確信犯だろ。俺がそういうのに弱いって知ってて……」
「知ってるよ。工くん、真っ直ぐだから」
私はしゃがみ込んだ彼の隣に腰を下ろし、彼のユニフォームの袖をちょんと引いた。
「……次は、ミスしない?」
「……しない。次は、お前が瞬きする間もないくらい、もっと凄いの決めてやる。……だから、ちゃんと見てろよ」
顔を上げた彼の瞳には、悔しさと、それ以上の熱い想いが宿っていた。
からかっているつもりの私の方が、いつの間にか彼の「熱」に当てられて、胸の奥がじりじりと熱くなっていく。
「……うん。約束だよ、エース君」
夕暮れの体育館裏。
二人の影が長く伸びて、ほんの少しだけ、距離が縮まった気がした。
コメント
3件
嬉しいっ!
やばいずっとにやけてる笑
五色君っかっこいいよねーっ やっぱ言い換えお洒落だよね