そのまま壁際に追い詰められ、いつものように押さえつけられてしまうことを覚悟をした結葉だったけれど。
偉央は結葉の予想に反してフイッと彼女から視線を外すと、結葉の肩に掛かったままの荷物に手を伸ばした。
「――中身、チェックさせてもらうね?」
言いながら結葉からショルダーバッグを奪い取ると、マグネットボタンで閉じられた蓋を開けて、中身を結葉の足元にばら撒くようにぶちまけた。
結葉の所持品はとても少ない。
偉央から持たされているキッズ携帯。
生活費やカード類の入った長財布。
ハンカチとティッシュと絆創膏の入った小さなケース。
もしもに備えて常備している生理用品が収められた花柄の巾着袋。
メイク直しのための小型の化粧ポーチ。
針と数色の糸、小さなハサミがセットされた簡易裁縫セット。
いつも通り、何の変哲もない品々が散らばった床を見下ろしていた偉央が、その中から生理用品が入った巾着袋を手に取って。
「ダメ! 偉央さん、それはっ」
それを見た結葉が、悲鳴に似た声を上げて偉央のすぐ横にしゃがみ込んだ。
その反動で、手にしていたハンバーグ入りの容器がゴトリと音を立てて床に転がったけれど、結葉にはそれを拾い上げるゆとりがなくて。
「生理用品が入ってるだけでしょう? 夫婦なのに何を今更そんなことで取り乱すの? 僕はキミの身体のことなんて隅々まで知り尽くしているのに――」
そう付け加えられて何も言えなくなった結葉の目の前で巾着の口を緩めながら、偉央が続ける。
「それとも何? 今日はそれ以外のものでも忍ばせているの?」
その言葉に、結葉は絶望的な気持ちで、偉央の、男性にしては節のない美しい指先の動きを呆然と眺める。
ポーチの中から偉央が一葉の紙片を取り出すのを見て、結葉はギュッと唇を噛んだ。
「お隣さん、ね。確かに結葉の大好きな幼馴染みのお兄ちゃんもお隣さんだ」
キッチンで想から手渡された名刺を結葉の前でわざとらしく振りながら、偉央が穏やかな声音でそう言って。
「だけどどうしてだろう? さっき結葉は〝公宣さん〟とやらの名前は出したけど、大好きな〝想ちゃん〟の名前は出さなかったね」
結葉は想の携帯番号なんて覚えていたくせに……どうしても彼からもらったからというのが先立って名刺を手放すことが出来なかった自分の浅はかさを呪いたくなった。
そうして、偉央に対して後ろめたい気持ちがあったから……さすがに偉央だってそこまでデリカシーのないことはしないだろうとたかを括って生理用品の中に名刺を隠したことを後悔した。
偉央は結葉の浅ましい感情なんて、きっと全てお見通しなんだ。
「ごめん、なさ……ぃ」
謝る声が恐怖で震えた――。
***
偉央は謝る結葉の腕を掴むと、乱暴に立ち上がらせて引きずるように寝室へ連れて行った。
そのまま引き倒すように結葉の身体をマットレスの上に投げ飛ばすと、上着を脱ぎ捨てて自らもベッドに上がる。
結葉は偉央の行動全てが怖いみたいに涙目で彼を見つめながら、半身を起こして居ざるように後ろに下がった。
「逃げるな」
途端偉央から射すくめられて、低い声音でそう命令されてしまった。
「ごめ、なさ……」
ビクッと身体を跳ねさせて動きを止めた結葉の髪の毛を鷲掴むと、偉央はそのまま乱暴に結葉の髪を引っ張って彼女の顔を上向かせる。
そんな偉央を、涙を一杯にたたえた目で見上げると、結葉が弱々しい声で許しを乞う。
「偉央さ、ごめんなさい……。お願いだから……酷く、しないで」
だけど偉央はまるで結葉の声なんて聞こえないみたいに冷ややかな目で彼女を見下ろすと、「本当キミには呆れるね」と、心底結葉を軽蔑しているかのような口調で投げ捨てて、結葉を絶望の淵に突き落とすのだ。
偉央の言葉に、ポロポロと涙をこぼす結葉を見つめながら、偉央は自分を見て怯える結葉のことが、心底愛しくて仕方がないと思ってしまって――。
まるでそれを払拭したいみたいに小さく吐息を落とすと、
「だけど一番呆れるのはそんなキミが好きで好きで堪らない自分自身に対してだ……」
言って、結葉の唇を強引に塞いだ。
***
結葉は偉央の顔が近付いてきた瞬間、恐ろしさから無意識にギュッと口をつぐんだ。
それに苛立ったように唇を離した偉央から、「抵抗するな、結葉。悪いと思ってるなら黙って僕を受け入れろ」と言い放たれて、口の端に強引に指を差し込まれてしまう。
そんな偉央に、結葉は震えながらも従って、唇を薄く開いた。
偉央は当然の権利のようにそんな結葉に再度口付けると、荒々しく口中を探る。
こんな時、偉央の舌から逃げてはいけないと、この数年間で嫌と言うほど刷り込まれている結葉は、必死で彼の蹂躙を受け入れようと頑張って。
「んんっ、……!」
キツく吸い上げられた舌の付け根が、まるで裂傷でも負ってしまったかのようなピリピリとした痛みを訴えてくるのを、結葉は必死で考えないようにした。
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