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ワンクッション
エーミールとショッピが、まだ鬱とシャオロンの担当する尋問室にいる時のこと。
コネシマとチーノの担当する尋問室では、マオの部下に対して、暴力や暴言もなく、比較的平和に尋問が行われていた。
マオの部下は拘束されてはいるものの、チーノの巧みな話術に最初の緊張感も段々と解けているようで、ポツポツと重要事項も喋り始めていた。
「ついてなかったね~、キミも。たまたまあの主任とタバコ休憩一緒にしていただけで、拘束されちゃうなんて」
男に同情的に寄り添うチーノとは対照に、コネシマにしては珍しく尋問に参加せず、ひたすら資料の中身を注視していた。
その間、チーノは下手に出たり涙混じりに同情を誘ったりして、少しずつ情報を引き出す。
視線は向けないが、会話にはしっかり耳を傾けており、重要な情報は事細かに資料の空欄に書き足していった。
チーノが下手に下手に出るたびに、拘束されている被疑者の方が次第に増長してきている。
自動書記の如く細かく動かしていた手が、ピタリと止まった。
「あの所長は売女のクセに偉そうに云々……」
「アンタもあの売女相手に、情けない戦いしてたよなぁ」
嘲笑を含む男の声に、それでもチーノは表面上はヘラヘラと笑っていた。
同時に、男の頭が激しい勢いで横に飛んだ。
「……おう、チーノ。代われ。尋問交代や」
怒りを露にしたコネシマが、男の頭を蹴り飛ばした足を、プラプラと軽く振っていた。
チーノの方に視線を向ければ、彼の右こぶしは固く握られており。
「…何やチーノ。やっぱお前もこのカス、ぶん殴りたかったんかい」
「……尋問、代わってもらっていいですか?コネシマさん」
握り拳をほどき、メガネをくいっと上げると、チーノは先ほどまでコネシマが座っていた椅子にドカッと腰を下ろし、顔に手を当て俯いた。
青ざめた顔、小刻みに震える肩から、チーノの内にある怒りの火薬庫が、今にも爆発しそうなことが見てとれる。
チーノの心の内を感じ取ったコネシマは、逆に落ち着きを取り戻した。
「再開や。あんさん、わかっとる思うが、俺はチーノとちゃうで。足癖悪ぅて、すぐ足出てまうからな。発言には気ィつけや?」
落ち着きを取り戻していたとは言っても、狂犬と名高いコネシマの事。表面上取り繕っても、些細なことで綻びは破れる。
「アイツが総統にケツ捧げて幹部の地位を得たって、噂すらある……」
と、被疑者が口を滑らせれば、瞬時にコネシマの怒りは蹴りとなり、男の腹にめり込んだ。
「ぐげぇッ!!」
「そのクソみてぇな噂の出どころ、しゃべってもらおうか?あぁん?」
被疑者から漏れ聞こえるエーミールやチーノ、時折混じる他幹部のあることないことの悪口陰口に、コネシマの頭の中のヒューズが飛んだ。
「コネシマさん!ダメだ!」
チーノが椅子を蹴って立ち上がった時には、コネシマは転がる男の体を何度も何度も蹴りつけた。
「止めてコネシマさん!死んじゃうよ!」
「死んでええねん、こんなヤツ!」
「コイツは!俺の!仲間を!家族《コミュニティ》を!バカにしやがったんや!」
「大事な…大事なモンバカにされて!許せるかよ!」
「アカン!止めてや、コネシマさん!」
怒れるコネシマを止めようと、チーノが全力でコネシマの背中から羽交い締めを試みた。だが、怒りに我を忘れたコネシマは、振り回した腕でチーノを突き飛ばす。
「邪魔すんなや、チーノ!」
「コネさん、アカンて!止めて!」
コネシマに吹き飛ばされた時に、メガネもどこかに飛んでいってしまい、視界があやふやだが、それでもチーノはコネシマを止めねばならないと思った。
その時、尋問室のドアがバン!と開いた。
「コネシマさんッ?! チーノくん!?」
「教授!……と、ショッピ?!」
突然の来訪者にチーノが声をあげるが、コネシマは全く気付いていない。憐れな被疑者を蹴る足を、止めようとしなかった。
「……! ショッピ君、彼を!」
「あいッス」
エーミールとショッピの動きは、素早かった。
エーミールはコネシマの背後に回ると、腕の関節を絡めとり、内股に足を入れるとコネシマの膝を地面につけた。同時にショッピは、蹴られ続ける男を脇に抱え、部屋の隅に駆け抜けた。
「はなせッ! はなせやッ!!」
「コネシマさん!落ち着いて!私です!エーミールです!」
「はなせやッ!許さへん!許さへんねんッ!!」
頭に血が上りきって、周囲が全く見えていない。
関節技をきめてもなお暴れようとするコネシマに、エーミールは彼の耳のそばへ顔を近づけ、力の限りの大声で叫んだ。
「コネシマ『君』! 起きなさい!」
「コネシマ『君』!!」
暴れるコネシマの身体が一瞬ビクリと跳ねると、動きがウソのようにピタリと止まった。
「……まだ授業中ですよ、コネシマ君」
「せん……せ、え……?」
機械仕掛けの人形のように、コネシマの首がゆっくりと横を向き、視界に見知った顔を捉えた。
「せんせぇ……こうちょうせんせぇ…」
叱られた子どものように、泣きそうな、グシャグシャのコネシマの顔。エーミールは深い安堵の溜め息を吐くと、ゆっくりと関節技を解いていく。
「大丈夫ですか?コネシマ君…」
「先生…、アイツ、先生のこと…チーノのこと…バカにしたんや…」
「うん…」
「みんな…、みんなのこと、俺の大事な家族なのに…バカにしたんや…」
「うん、うん…」
怒り狂っていた時の面影は消え、子どものように泣きじゃくるコネシマを、エーミールはその腕に抱き留め、あやすようにコネシマの背中を優しく叩いた。
「もう大丈夫、もう大丈夫ですよ。先生はここにいます。チーノ君も大丈夫です」
「うん……」
人は誰でも、多かれ少なかれのトラウマを抱えている。コネシマが家族≪コミュニティ≫に異様に執着するのも、幼き日の記憶に起因している。
自我を失ったコネシマの中から、幼いコネシマ、今のコネシマがごちゃごちゃと交じり、感情が追い付いていない。
エーミールは怒りに我を忘れたコネシマに、記憶を共有している小学生時代を思い起こさせるような語りかけをすることで、荒れ狂うコネシマを落ち着かせることに成功した。
咄嗟に思い付いた一か八かの大博打だったが、何とかうまく行ったことに、エーミールは内心で胸を撫で下ろす。
腕の中で泣くコネシマを、エーミールは彼が落ち着くまで抱きしめ、あやすように背中を叩き続けた。
【続く】