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『人が沢山いるのじゃ〜!』
いつの間にか戦争は始まっていたが、俺のすることは変わらない。
あの後すぐにコンを連れて転移魔法で国境へと戻ったところだ。
「バーランドの王都でも見てただろ?」
あそこは俺が行ったことのある街でトップクラスに人が多い。
もちろん地球は入れずに、だ。
『確かに多かったが、ここは比べものにならないのじゃ!』
「まぁ密集してるからな。おっ。連邦から使者が出たぞ」
俺達は戦場から離れた山の上で戦況を見守っている。
俺は双眼鏡を覗き込んでいるが、コンは裸眼だ。
流石神獣。戦場から数キロは離れているのにな。
『何じゃ?これだけ数を揃えて話し合いなのじゃ?』
「形式だよ。人は獣とは違うって意味合いが強いやり取りだな。もちろん話し合いで済むのならこんなことにはなっていないから、意味はないだろうが」
『ほーん。人とは不合理な生き物なんじゃな。妾が見てきた獣人なぞ、口より先に手が出る者達ばかりじゃったわ』
その不合理が良いんだよ。
まぁ狸にはわからんか。
あれ?イタチだったっけ?
王国の砦から、連邦の使者が出てきたのを確認した。
「早いな…」
『うん?形式なら早くて当たり前じゃろう?』
そうなんだが……
「王国はどう見ても準備できていない。時間を稼ぐ意味で、話し合いを延ばすと思っていたんだけどな…」
『時間稼ぎのぅ…弱みを見せたくなかったのではないじゃろうか?』
「うーーん。そんな余裕は王国に無いと思うんだが…こりゃ俺たちが介入するのも早いかもな」
連邦軍は数え切れないくらいいるが、ここにいる兵が全滅したところで国力に影響は少ない。
逆に王国はここにいる兵が全滅すると、まだ戦えても国力は大幅に下がってしまうだろう。
何が言いたいのかというと、王国が押された時点ですぐに俺が介入しないと、取り返しがつかなくなるということ。
戦地は、連邦軍が布陣しているところが荒野で、王国側に砦があり、その奥には王国の深い森が広がっている。
砦の左右は例の岩場が広がっている為、連邦の戦力は砦一点へと集中するはずだ。
俺たちがいるのはその岩場の先にあるそこそこ大きな岩山だ。
向こうからこちらを確認する手段は少なく、俺達は堂々と見物している。
連邦も王国もこんなとこを確認したって仕方ないしな。
うぉぉおおっ!!
カンカンカンカンッ
遠く離れた戦地から連邦軍の雄叫びと鐘の音が聞こえる。
遮るものがない為か、俺達の所までその音は届いていた。
「始まったな。すぐにやられるなよ?」
出来れば出番はない方がいい。
強くなってわかったことが一つある。
俺が争いに介入するのは、子供の喧嘩に親が介入するのとなんら変わらないということ。
それがただの喧嘩であれ、戦争であれな。
人道的には明らかに連邦が非はあるが、戦争はその一面のみでは計れない。
もし、北西部と南西部の間に聳え立つ山脈がなければ、連邦は間違いなく北西部へと攻め込んでいた。
戦勝のメリットが段違いだからな。
その場合だと、ニシノアカツキ王国は対岸の火事を決め込み、何もしないだろう。
結局国を守る大義名分で戦うか、国を維持する為に戦うかの違いしかない。
俺の立場は王だが、戦争をしなければ維持できない国などいらないと、今でも思っている。
その甘い考えだと守れる時にも守れないとわかっていてもな…だから為政者にはなれんのよな……
まぁ流石にエリーの件で、やらなければならないことは気が進まなくてもしようと思えたから、こうしてこの場にいるんだけど。
「どちらの国の兵にも恨みはないが、バーランドの平穏のためにこの地で争い続けてくれ」
最低だと罵られてもいい。
月の神様に見限られて能力を取り上げられてもいい。
その覚悟を持って戦場を見つめていた。
『んあっ?!何じゃ!?砦から逃げ出しておるのじゃ!』
「なに!?」
俺が物思いに耽っていると、コンが驚きの事実を口にする。
俺は急いで双眼鏡を構えて砦を観察すると……
「ホントだ。防衛もせずに逃げ出している……」
『どうするのじゃ?やるかえ?』
いや、脚をプルプルさせんなよ…言葉と態度が真反対やんけ……
「気は進まないが、指を咥えて見ているわけにはいかんな。だが安心しろ」
『な、なんじゃ?』
この駄狐、めちゃくちゃビビってんな……
「ここは見通しがいいから魔法で方がつく」
『しょ、しょうにゃのか…』
ふとした疑問が頭を過ぎる。
…コイツを転移魔法で戦地ど真ん中に放り込んだらどうなるのだろうか?
『にゃ、にゃんだ!?何か悪い顔をしておるのじゃっ!?』
「人聞きの悪い。俺は聖人のセイさんだぞ?」
言われたことないけど。
おっと。そんなことより。
「遂に砦に踏み込んだな」
『い、いつ、攻撃するのじゃ!?』
焦んなよ。
砦に入るだけ入ったら砦ごと吹き飛ばす。
ちなみに砦は岩と木で造られている。魔力増し増しのフレアボムを叩き込めば、あの造りなら倒壊するだろう。
そしたら進軍の為に砦を撤去しなくてはならないから時間は稼げるし、一石二鳥だ。
そうこうしている間にも、連邦軍は砦へと集まっていた。
それを見た俺はそろそろかと魔法の準備に取り掛かるが……
その時。
ドガーーンッ
土煙をあげて砦が倒壊した。
遅れて爆発音がこちらまで届いた。
『や、やったのかえっ!?』
「いや、俺は何もしていない…まさか…時限装置?」
いや、そんな高度な文明は王国には存在していなかった…つまり……
『お主がしていないということは、あれは罠ということじゃな?』
「そうだな。みくびっていたが、どうやら王国は本気で連邦と戦う気らしい」
『?当たり前じゃろう?』
いや、その当たり前より遥かに本気という話だ。
「あれは自爆だ」
『じばく?』
「ああ。爆発の感じから、俺たちが渡した手榴弾が使われたのは間違いない。だが、手榴弾の爆発時間を調整出来るような技術は王国にはない。
あれがあのタイミングであの場所で爆発したということは、中に王国兵が隠れていて、自分の死と引き換えに起爆させたんだよ」
初手でいきなり自軍の兵士に自爆させるとは……
王国はしっかりと連邦との力の差を把握しているということか。
いや、そうだとしても、部下に死ねと命令するのは簡単なことじゃない。
『不合理じゃと思っておったが…天晴れじゃ』
神獣的には何か感じ取るものがあったのか。
俺にはよくわからん。
唯一わかるのは、死んだ兵士には自身の命よりも守りたいものがあるということだけだな。
『あのしゅりゅうだん(?)には砦を破壊する威力があったのかえ?』
「いや、それはない。恐らく主要な柱に取り付けた複数の手榴弾を、紐か何かで同時に爆発させたのだろう。
もしくは砦の強度を予め意図的に落としていたかだな」
俺が渡した手榴弾は、爆発により金属片を吹き飛ばして殺傷する兵器だ。
ダイナマイトと違い、物を壊すには向いていない。
恐らく砦の破壊にはかなりの数の手榴弾を使ったはずだ。
発動させるのも兵士一人では無理だろう。
俺はてっきり砦の上から手榴弾を投げて抗戦するモノだと思っていた。
軍事作戦的にはそれも間違いじゃないだろうが、砦を倒壊させた方が戦果が大きいのも事実。
百や二百の連邦兵を未知の攻撃で仕留めた所で、連邦軍の足を止められないと、王国は知っていたんだろうな。
「結果として、この方法が王国の損耗が一番少なかったようだな」
俺の方法だと、数の波に呑み込まれ、多くの王国兵がその命を散らしていただろう。
やっぱり戦争は嫌いだ。
何が起こったのかわからない連邦は足踏みをしている。
倒壊した砦を遠巻きに見ているだけで、未だ救助には向かっていない。
『ふむ。奴らはどうするつもりじゃ?まさかずっとこのままではあるまい?』
「砦に飛び込んだ連邦兵は凡そ2,000。連邦軍からすればいてもいなくてもいい数のはずだ。
それでも中々動かないのは、誰があの元砦に最初に向かうのか、議論しているのだろう」
『なんじゃそれは…王国兵と気概があまりにも違うではないか…』
そりゃ誰も勝ち戦で死にたくはないだろうからな。
王国の勝機はそこにある。
いや、そこにしかないとも言えるか。
コンはビビリの癖に、勇敢に戦うことが美学だと思ってそうだな………
まずはその震えている脚をどうにかしてからのたまえよ。
「おっ。漸く決まったようだな。どちらにしても元砦の撤去に一日は潰れるだろう。今日はここまでだな。帰るぞ」
『わかったのじゃ!』
急に元気になったな……
「ふーん。申し訳ない気持ちも多少はあるけど、コンちゃんの言う通り天晴れって感じだね」
城に戻り、夕食という名の報告会での聖奈のセリフだ。
「まぁ私達が行かなかったら、王国は抵抗虚しく滅ぼされていただろうから、あまり気にしてないけどね。セイくんも気にしたらダメだよ?」
「そうですっ!セイさんはいつも気にしすぎて、そこが残念ポイントですっ!第三夫人の私が癒すですっ!」
「エリーさん。私ですらまだ第二夫人になれていないのに、よく言えましたね?」
かおす…混沌と書いてカオスと読む。
何言ってんだ。
「ありがとう。そんなくだらない話で気を紛らわせなくても大丈夫だ。
それとエリー。ミランは冗談だから怯えるな」
ミランの氷の視線を受けてエリーは震えていた。なら言うなよ……
「二人は冗談じゃないと思うなぁ…」
聖奈が何か独り言を言っているが、俺は難聴系主人公だからスルーだっ!!
「まぁ明日からどうなるかしっかりと確認してくるよ」
「そうだね。でも王国がそこまで覚悟を決めて取り組んでいるのなら、いらない心配だったかもね」
備えあれば憂いなし。
仮に問題なかったとしても、他に備えることがないならしておくべきだ。
それよりも……
「コンさん…可哀想です…」
「コンちゃん…そんなに怖いなら明日から行くのやめとく?」
実は戦地にビデオカメラを設置して撮影していたのだ。
結局戦地は遠すぎてあまり写らなかったから、暇つぶしにコンにカメラを向けていて、それを今上映している。
『な、何じゃこれは……』
「カメラって言ってな、景色を記録出来る機械だ」
恐らくそのことを聞いているのではないだろうが、可哀想なのでそういうことにしておいてやろう。
「コンさん。無理は行けません。明日は私と変わりましょう」
ミラン。それはついて行きたいだけなんじゃなかろうか?
でもダメだ。もし何かあっては後悔してもしきれないからな。
コンはビビリだけど頑丈だから連れて行っているだけだし。
『む、む』
「む?」
『武者震いじゃっ!!』
……随分と激しく長い武者震いだこと。
何だかんだ俺と行動したがるコンは、明日も付いてくることになった。