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あの青い監獄プロジェクトが終了してから数年後。潔はバスタード・ミュンヘン、凪と玲王はマンシャイン・Cと最初に選んだサッカーチームにてお互い日々鎬を削っていた。
二人は潔に会うたびに同じチームに来いと誘ってくるが、潔はその言葉に嬉しさを感じつつもまだカイザーを喰っていないからと断っていた。
そんなシーズンオフの冬のある日。
「温泉旅行?」
潔はミュンヘンにある自宅マンションにて言葉を復唱するかのように聞き返した。潔も玲王も凪も、ブルーロックを代表するプレイヤーたちは軒並み億を越える年俸を稼いでいるが、潔は豪華な生活は望まず、一人郊外にあるマンションにて静かに暮らしていた。
「そう!ちょうど今凪といいんじゃないかって相談しててさ。お前も最近日本に帰ってねえだろ?よかったら一緒に旅行でも行かないか?」
「潔もオフだし暇でしょ?俺たちと一緒に行こうよ〜」
電話の相手は御影玲王と凪誠士郎。一流のサッカー選手と大企業である御影コーポレーションの経営者、二足のわらじを完璧に履きこなしている秀才とサッカーを始めてまだ数年しか経過していないのにもう世界を代表するサッカー選手にまで上り詰めた天才。
照れくさくて本人たちには言ったことはないが潔はふたりのそういうところがすごいと尊敬しているし、好ましく思っている。
「んー、誘ってくれるのは嬉しいけど俺も参加しちゃっていいのか?お前ら二人のほうが気楽じゃない?」
紫髪の快活そうな顔の玲王と白髪の眠たげな顔の凪の顔を思い出す。あの二人だけの特別な空気感というものもあるし、その中に自分が入っても邪魔になるだけなのではないかと内心ひとりごちる。
「ん?なんで?潔がいてくれた方がもっともっと楽しいのに。」
「そんなわけねーって!凪も、もちろん俺も潔に逢いたいんだよ。冬はミュンヘンも寒いだろうし、日本の温泉でゆっくり疲れ癒そうぜ!な?来るだろ?」
電話先のふたりは潔が断ることなど全く考えていないようで、こういうところでもエゴイストな部分は変わらないのだと苦笑してしまうのと同時に、ふたりがここまで自分を気に入ってくれたことに少し胸が暖かくなる。
「お前ら断らせる気ないだろ〜‥‥まあいいや、ちょうどカイザーにも日本に一緒に行かないかって誘われてたし、下見も兼ねて行くことにする!」
ちょうど数日ほど前、潔は日本について興味を持っているというカイザーに声をかけられ、日本の観光案内を半ば無理やり押し付けられたのである。カイザーのことは喰い切れてないし全然好きじゃないけど、日本に興味を持ってもらうことは嬉しいと思ったから、仕方なくだ。
「‥‥‥‥は?」
少し間を置いて、つきりと氷水を思わせる凪の冷たい声が耳に届いた。潔はその様子に呆気に取られ、返答するより先に玲王が畳み掛けるように糾弾してきた。
「どういうことだよ。なんでそこでミヒャエル・カイザーの名前が出てくる?まさかお前たち付き合ってるとかそういうワケじゃねえよな?裏切りやがって。もしそうだとしたら許さねえから、絶対。」
青い監獄時代、凪と仲違いしたときより数段低い声に脅すように詰められ、潔は電話先だというのに咄嗟に自分の項を手で守った。ベータであるはずなのに、完璧に無意識下の行動である。
「‥‥‥つ、付き合ってるわけ、ないだろ!お、お前らどうしたんだ‥‥‥?」
なんか怖いぞ、と言い切る前に凪と玲王が命令するかのように被せてきた。
「その青薔薇になに唆されたのか分からないけど、大方便利なツアコン扱いされるだけだよ。潔はそれでいいの?良くないよね?じゃあ断らなきゃ、別にあいつは潔じゃなくても良いんだから。でも俺たちは違う。俺たちは潔と旅行したいから誘ったんだよ。」
「そうだぞー、あいつの代わりは何人もいるけど、俺たちの代わりなんてお前以外誰にもいない。潔は賢いしちゃんとわかってると思うけど。いい子だから、あいつにちゃんと断りの連絡入れとこうな?言いにくいなら俺たちから言ってやるから。」
電話の先で話しているこのふたりは本当に凪と玲王なのだろうか?潔の反応を待たずして好き勝手に話すふたりに恐怖心が湧き始める。潔はその旅行にはどうにかして行かないようにしようと思いつつ、とりあえず話だけは合わせておかなければならないと考えてわかった、カイザーにはちゃんと断っとくからと震えた声で返した。ホラー映画を見ているときのようにドクドクと音を上げる心臓を抑えつつふたりの返答を待つ。
「よしよし、潔は偉いね。潔は俺たちの言うことだけ聞いとけばいいんだよ。」
「もしミヒャエル・カイザーになんか言われたら俺たちがちゃんと対応してやるからな。あともう飛行機と旅館は取ってあるから、3日後の14時にシュトラウス空港で待っとけ。」
じゃあな、と言い残して玲王との通話画面が切れた。10分にも満たないそれは確実に潔の心に深く影を落とした。
「‥‥大丈夫、だよな?」
潔はまた項を軽く擦りながら窓の外を見た。冬のミュンヘンは寒い。深々と降り積もっていく雪と比例していくように、また潔の不安も積もり積もっていった。
◇
「あ、潔いた。久しぶりだね。」
「うん、久しぶりだな‥‥」
_____3日後、PM2:00。
潔はどう断ろうかと頭を悩ませつつも、今からだとキャンセル代も馬鹿にならないだろうし、二人とも自分が来ることを楽しみにしているだろうからと結局空港に来てしまった。コートの外では典型的なお人好しである潔は人の誘いを断れないのだ。整った顔立ちかつ有名なサッカー選手であるふたりは人混みの中でも目立って色めいた視線を向けられていて、どう声をかけようか思案していると向こうから声をかけてきてくれた。
潔の元気がない様子に人が多くて気後れしているのかと勘違いしたのか、玲王は人多い場所で待ち合わせしちゃって悪いな、と謝りながら潔のキャリーを手に持ってチェックインカウンターの奥へと進む。
「えっ、ちょ、どこに進むんだよ!」
「ん?秘密。もうちょっとで着くから。」
そう言われ数分歩いたところには、御影家専用のプライベートジェット機が堂々と鎮座していた。潔は玲王のことだからファーストクラスかなとなんとなく考えていたが、まさかプライベートジェットまで持っているなんてと困惑する。
玲王にエスコートするように手を引かれ中に入る。内装は飛行機とは思えないほどきらびやかで、潔は好奇心からか引き寄せられるかのように機内を歩き回った。うろうろと見て回っていると凪にぐいと左手を引かれ、隣にぽすんと座らせられて凪がもたれ掛かってくる。それに文句を言おうとした潔の目の前にスパークリングワインが入ったグラスが差し出された。差出人は言わずもがな今潔の右隣に座っている玲王で、聞くともうすぐフライトだから乾杯しよう、とのことらしかった。
外から離陸する音が聞こえるなか、3つのグラスを合わせて乾杯する。電話のときの潔の不安はもう、スパークリングワインの泡のように消えてしまった。
◇
「凪!玲王!ついたぞ!」
「おいおい、あんまはしゃぐなって。滑って転ぶなよ〜?」
「フライト疲れた‥‥潔は元気だね。」
ミュンヘンから遠路15時間。数年ぶりの日本は晴天で、北陸地方で冬というのにミュンヘンよりも暖かい。三人で10時すぎに遅めのモーニングを食べつつ、温泉街を練り歩く。旅館のチェックインはもう少し先なので、近くの神社に参拝して食べ歩きを満喫した。そうしてふと時計を見るともうチェックインができる時間だったので、たくさん買い込んだお土産袋を両手に下げて旅館へと向かった。カイザーは日本文化に興味があるらしいので、潔は別に特別扱いとかじゃねえから!と誰に言い訳するでもなくカイザーへのお土産を多めに買ってやった。
チェックインを終え、着替えを持って部屋に備え付けられている温泉へと向かう。玲王はグレードの高い部屋を予約してくれたみたいで、大浴場ではなく貸し切りの風呂だった。檜を使った風呂は木のいい匂いがして、潔は待ちきれないとばかりに服を脱ぎ始める。
「お、お前ら‥‥‥筋肉エグいな‥‥」
服を脱いだ瞬間顕になった玲王と凪の腹筋を潔は驚き半分、羨ましさ半分と言った表情でつんつんと触る。8つに割れた腹筋に逆三角形のような身体つき、潔も鍛えてはいるがふたりには遠く及ばない。どうしたらこんなに筋肉がつくんだろうと考えていると、細長い指先が潔の顎をついと掬う。
「そんなに触りてえなら、もっと深いトコまで触らせてやろうか?」
情事のときに見せるような妖艶な表情で唇を近づけてくる玲王に困惑して何もできないでいると、後ろから潔の耳元に息が吹きかけられる。潔は顔を赤らめながら、吹きかけられた右耳を両手で抑えて後ろにいる凪に目をやる。凪はいつものように気だるげな表情だったが、目だけがアンバランスにぎらついていてぞくりと背筋が寒くなる。
「玲王、まだ早いよ。‥‥でも潔も俺たちの腹筋好きに触ったんだから、俺たちも触っていいよね。」
「ちょ、おい!」
潔の静止も聞かず、後ろからつう、と潔の腹筋をなぞる凪。それを見て玲王も嬉しそうに前から脇腹を触り始める。その行為がとても官能的なものに思えて、潔は無理やり抜け出して赤い顔もそのままに風呂場へと向かった。
「凪、やりすぎ。潔のやつ先に行っちゃったじゃねえか。」
「む‥‥最初に仕掛けたのは玲王じゃん。しかもノリノリだったし。まあ最後まで手筈どおりでいこうね。」
潔の背中を見つめながらぼそぼそと会話する二人の声は、本人には届かなかった。
「じゃあ、俺と凪は先にあがってストレッチとかしてるから、お前も良いタイミングで出てこいよ。」
「うん、俺もう風呂はいるの疲れたしめんどくさい‥‥先に行くね‥‥」
眠たそうな凪の手を引いて風呂場を出る玲王を見送りつつ、一人の檜風呂を堪能する。昇っていく湯気をぼんやりと見ていると、1週間前にカイザーに言われた言葉が頭の中で響いた。
「俺は数年後にバスタード・ミュンヘンを退団する。このチームで俺は世界一のストライカーになれない、もうここはノアのモンになってるからな。俺は良い条件のオファーを勝ち取って、そこで世界一になる。‥‥そこでだ、世一。お前さえ良かったら、俺と一緒に来ないか。お前は俺の運命だ。おいおい、本物の道化のようにクソ驚いた顔をするなよ。俺とお前はお互い殺し合う関係で、俺はそれを同じチームでずっと続けていきたいと考えてる。お前も同じだろ?そうだな、プロポーズと思ってくれて構わない。‥‥返事、期待しているぞ。」
驚愕する潔の目を見ながら、ゆっくりと話しかけてきたカイザー。話し終わるとこめかみに挨拶のような軽いキスを落として颯爽と帰っていったのを昨日のことのように覚えている。
「ぁ〜〜〜もうどうしたらいいんだよ!」
潔は頭をぶんぶんと振って少し熱めのお湯を顔にかけた。カイザーは嫌いだ。いつも潔のことを馬鹿にして子供のように見下してくるし、そのくせサッカーには人一倍真剣で、潔本人も気づかなかったポイントを指摘してきて、そうして不服にもお礼を言ったら嬉しそうに微笑んできて‥‥‥
「もう分かんねえよ‥‥カイザーの馬鹿‥‥」
今のチームのままで、お互いに喰い合っていくことは不可能なのだろうか。チームを選ぶか、カイザーを選ぶか。まだ潔には考えられなくて、切り替えるためにもう一度顔にお湯をかけた。
「悪い!結構遅くなっちまった!」
悶々とカイザーのことを考えていたら思ったよりも時間が経っていたらしく、急いで髪を乾かして和室に出る。そこには豪華な和食がたくさん並べられていて、普段慎ましく暮らしている潔には新鮮なものばかりだった。
「別にいいぜ、俺たちがゆっくりしてこいって言ったんだし。」
「青い監獄のときはわかんなかったけど、潔は結構お風呂好きなんだね。」
特に怒ってなさそうな二人にもう一度だけ謝りつつ食卓に付く。サッカー選手ということもありお酒は控えていたが、こういう場だしと進められるままにグラスを差し出す。黄金色のビールで乾杯して、一気に流し込んだ。
昔の話やこれからの将来を話していたら思ったよりも盛り上がって、潔は注がれるまま飲んでしまった。ふわふわ浮ついた気分のまま、凪からの質問に答える。
「ねえ、あの青薔薇にバスタード・ミュンヘンをやめて一緒のチームに入らないかって誘われたのはほんと?」
「ん〜?青薔薇ってカイザーのこと?うん、誘われた‥‥」
まだ返事してないけど、と言い切る前に一言も話していなかった玲王に押し倒される。俯いたその顔からはどんな表情をしているのか読み取れなかったが、ベータの潔でも分かるアルファの威圧するオーラに息が止まった。冷や汗をかきながらも酔っているのかと誤魔化そうとしたとき、潔はその時点でようやく気づいた。‥‥玲王と凪は、最初の乾杯以外お酒を飲んでいない。
「なあ、お前はさ。俺たちがこんなに勧誘してたのに、ぽっと出のよく分からねえやつのところに行くのか?ははッ、自分の立場がまだ分かってねえみたいだから、ちゃんと教えてやらないとな。」
潔の首をその男らしい手でぎり、と絞め上げながらぼそぼそと話しかけてくる玲王。いつものようにはっきりとした声色ではないはずなのにそれには答えを強要してくる圧がある。
「っひゅ、ちっ、ちがッ!」
酸欠になりながらも首を横に振って玲王の腕をどんどんと叩けば、言わせてやるとばかりに首の絞め付けが緩くなった。潔はゆっくりと上体を起こして、玲王の目を見ながら伝える。
「はーっ、はーっ、おれっ、まだ、返事してない‥‥なにも決めてなくて‥‥だから‥‥」
だからまだバスタード・ミュンヘンでプレーすることもある、と言いたかった潔の舌と唇は凪によってぐちゃぐちゃに荒らされた。
「んぅッ?!ちょっ、なぎ‥‥ッ!」
息も絶え絶えになりながらまた抗議するかのように背中を叩くと、やっと離れてくれたと思った凪に前髪をグッと掴まれ、顔をのぞきこまれた。
「あーークッソムカつく。だって俺たちのときみたいに即答しないってことは退団するか悩んでるってことでしょ?なんなの、それ。別に俺たちは潔の脚を切って二度とサッカーさせなくてもいいんだよ。車椅子生活、頑張ろうね。」
脚が、失くなる。世界一のストライカーはおろか二度とサッカーが出来ず満足に生活することもできない。普段ならタチの悪い冗談言うなと笑えるはずなのに、二人から発せられる雰囲気が本当にやりかねないと潔を震えさせた。
はっはっ、と最初は恐怖で息が上がっていたと思っていたのに、ふと段々と恐怖だけではなく何か他の色が混じりはじめていることに気づく。
____まるで、昔に授業で見たオメガの発情期のような‥‥‥
そう思った途端、眼前のふたりが嬉しそうににこりと微笑んだ。いまこの状況下でなければ王子様を思わせるような絢爛たる微笑は、今の潔にとって湧いた疑念を確定させる要素でしかなかった。
「潔、ようやく気づいたの?相変わらずサッカー以外は鈍くてカワイイね。ほんと‥‥誰にも気づかれなくて助かったよ。」
「何年お前にアルファのフェロモン浴びせたと思ってンだよ‥‥まあいいけど。これでようやく結ばれるんだ、いい夜にしような。」
がくがくと震える自身の身体を何回も強く叩き激励させて二人から逃げる潔を二人は追いかけることもなく愛おしいものを見るような目で見ていた。この高級旅館の中でもひとつしかない、一番高級なこの部屋にはいくつも小部屋があって、それが余計に潔を焦らせた。普段なら少し歩けば入り口の扉など簡単に分かって部屋の外に出れるはずなのに、恐怖とオメガの発情期に苛まれた潔にはもうこの部屋から出るという選択肢は残っていなかった。
いつもの何倍もゆっくり歩きながら、潔は部屋の押し入れの中に隠れる。一番遠い部屋に、と決めたのは偶然にも寝室で、部屋には大きめの布団が三つ敷かれていた。
「潔〜?どこだ〜?」
「ね、早く出てきてよ。いっぱいいちゃいちゃしよ?」
遠くから潔を呼ぶ玲王と凪の声が聞こえて、咄嗟に震える自分の身体を抱いて落ち着かせた。ひゅーひゅー、と自分の呼吸だけが聞こえる。はやく過ぎ去ってくれと泣きそうになりながら願っていると、潔がいる寝室の襖が引かれた。
「はやく出てきなよ、あんまり遅いとひどいことしちゃうけどいいの?」
先ほどの潔を呼ぶ声より冷たさを孕んだそれに、潔は耐えきれなくなって目尻から涙を流した。こんなことしてもいたちごっこでこのままだと二人から逃げ切れない。潔は覚悟を決めようと押し入れの襖に手をかけた。
「ん〜潔ここにはいねえみたいだな。部屋の外には出てないみたいけど、もうちょっと違うところも探してみようぜ。」
凪と全然違う、いつものように明るめの声でそう話す玲王に、潔は無意識のうちに襖から手を離す。しかも玲王はさっき部屋の外と言っていた。そうだ、折を見て部屋の外に出て、それから誰かに助けを求めよう。大丈夫、きっとどうにかなる。もう一度部屋の襖を引く音が聞こえたし二人は部屋から出ていったみたいだ。潔は目尻の涙を拭いて、押し入れの襖に手をかける。さっきの諦めの覚悟とは全く違う、これからのための希望の覚悟だ。
潔はそう自分を鼓舞して、押し入れの襖を開けた。
「‥‥‥え?」
「いさぎ、さっきぶりだね?また逢えて嬉しいよ♡」
「俺の言うことにまんまと騙されたんだろ?本当に馬鹿でカワイイなあ♡」
覚悟を決めて襖を引いた手が、凪と玲王に絡めとられる。そのまま手の甲に仰々しく口づけされるまで、潔は何が起こったのかわからなかった。ふたりのぎらぎらとした目を見て初めて、自分が騙されたことに気づく。
「‥‥んで、なんで、なんでッ?!お前ら、部屋出たんじゃないのかよ‥‥!」
驚愕しながらそう問いかける潔に、二人は当たり前のように答えた。
「あれはフリに決まってんだろ?お前を騙すためのフリ。俺たちがいなくなるって聞いてどんな気持ちだった?嬉しかった?でも残念、お前は一生俺たちから逃げらんねえの。入り口の扉だって中から鍵かけてたし、どっちみちこの部屋からは出られねえよ。」
「ていうかさ、俺たちが潔の発情した匂いがわからないわけなくない?俺たちと潔は運命で繋がれた番なんだから。こんないい匂いさせといてさ、襲ってくださいって言ってるようなもんじゃん。大丈夫、いい夜にするからね。」
紫色と涅色の綺麗な瞳に仄暗い色が宿る。潔は正しく絶望した。だってそんなの、あんまりじゃないか。希望を持たせたうえでそれごと手酷く折るだなんて。
「嫌だ、来るな!玲王も凪もやめてくれッ、俺はベータで、オメガじゃないし、ッ、お前たちは運命の番じゃない!い、今ならまだ戻れるから、やめろ、やめてくれ‥‥‥!」
潔は半狂乱になりながらも項を押さえて玲王と凪というふたりのとびきりのアルファから必死に逃げる。大粒の涙を流したその様子はもうベータではなくこれから残酷に屠られる可哀想なオメガでしかなかった。そして現実は非情であり、ふたりが数歩足を進めればすぐに捕まってしまう。
「ねえ、そろそろ諦めなって。潔は晴れてオメガになれたんだし、もちろん運命の番も俺たちだよ?運命の番同士が結ばれる、こんな幸せなことなんてないよね。」
「ははッ、凪の言うとおりだぞ〜?こんなに頬紅くして運命じゃないって強がんなって。お前は俺と凪の運命の番なんだよ。‥‥そうじゃなきゃ、おかしい。」
「ちがうッ!ちがう、おれ、俺の、運命は‥‥」
ジタバタと暴れても身長も高く身体つきもしっかりしている二人にとってはなんの抵抗にもならず、両目から溢れる涙は勿体ないとばかりに二人に吸い取られる。
「いただきます♡」
ふかふかの布団に潔を押し倒して、帯をしゅるりと解きながらにやりと2匹の獣が艶やかに嗤った。項の左側に凪、右側に玲王。オメガなら誰もが求める極上のアルファなのに、潔は絶望で埋め尽くされていた。
「ひぁっ‥‥‥いや、いや、ほんと、本当に、っぅ、嫌だ‥‥!!」
これからの人生が取り返しのつかないぐらいめちゃくちゃにされてしまうかもしれないと粟立つほどの危機を感じて項を噛ませないようにかぶりを振ってこれ以上ないぐらい必死に抵抗するも、ヒート中のオメガの力などアルファにとって赤子の抵抗のようなものであり、ふたりは潔のその必死の抵抗すらも愛おしそうに眺めていた。
「いさぎ、愛してる♡」
「俺たちが幸せにしてやるからな♡」
「ッ、っあ、あ、ああッ‥‥‥‥なんで‥‥?俺は‥‥本当に好きな人と‥‥‥‥‥‥」
____がぶり
なぜだかわからないが、項を噛まれる寸前に潔に優しく微笑むカイザーの顔が浮かんだ。もう、思い出すことさえもできない。
項に永久に遺された二つの疵。
周りにたくさんの鬱血痕を持ったそれは潔を玲王と凪のもとに永遠に縛りつける楔であり、一生霞んで消えることのない真実の愛の証明である。
◇
「いや〜まさかこの3名の選手が結婚するなんて!」
「凪選手と御影選手は、潔選手の運命の番なんだって!出逢えたら奇跡と言われている運命の番が二人いるなんて驚きだよ!」
「本当ですねー!潔選手は体調の関係ということで発表の場にはいらっしゃられなかったですが、本人の直筆の手紙からもその幸せな様子が目に浮かぶようです!」
ぷちり。
玲王は日の入り後の夜が近づいてきた時間帯になんとなく見ていたワイドショー番組を消した。玲王と凪。そしてここには不在ではあったが潔の三人で行った婚約発表はもう3日も前のことなのに、未だにイングランドを賑わせている。
隣では凪が気だるそうにスマホを触っていて、その様子だけ見ると普段の日常となんら変わらない。
「ねえ、玲王。」
スマホから一切目線を動かすことなく、凪が玲王に声をかけた。また玲王も凪を見ることなく返答をする。
「‥‥直筆の手紙、あれどうやってやったの?俺から見ても潔の字とまったく変わらなかったけど。」
その質問に玲王はぱちぱち、と2回しばたたせると喉の奥でくつりと笑った。
「んなもん、金の力でどうとでもなる。潔の字は真似しやすいらしいぜ?相手もやりやすかったですって喜んでたわ。」
ふーん、と興味がなさそうに返事をすると、要件が終わったのか凪は電源を切ったスマホをソファの上に投げ捨てて俺も玲王もエゴくなったね、とどこか嬉しそうに呟いた。
その青いカバーのスマホの画面には、カイザーをブロックしたという表示がされていた。
イングランド、ベルグレービア。
高層マンションがそびえ立つエリアの中でも一等高いマンションのワンフロアしかない最上階に、男たちは住んでいる。
「いさぎ〜♡こんなオメガの匂いさせてまで発情我慢してたなんてかわいいやつ♡はやくいっぱいキスしてでろでろに溶けちゃうぐらい気持ちいいことしような♡」
「俺たちの服集めて巣作りまでして本当にかわいい‥‥♡えらいね、よしよし♡俺たちの運命の天使さま♡他の誰にも渡してやんない、一緒のお墓に入ろうね♡死んでからも一緒だよ♡」
そしてそのフロアの一番奥にある南京錠がついた小さなベッドルーム。そこにある天蓋付きのベッドの上、ここに凪と玲王はふたりだけの天使を飼っている。
◇
______________
よいちくん
元々ベータだったがまわりの優秀なアルファたちに充てられて段々と性質がオメガに近づいてた そして今回お酒に溶かされていた誘発剤で完全にオメガに変質してしまったかわいそうな子 スマホカバーは青
カイザーに自分と一緒にバスタード・ミュンヘンを辞めてサッカーチームで主軸として活動しないかと誘われたことが引き金となってこの旅行が計画された 本当にふたりのことは友愛でしかないし運命の番じゃないってわかっているのに本人たちは聞いてくれないしもちろん番を解消してくれるわけもないから永遠にふたりに囚われて満たされない感情を抱くことになる
なぎくん
激重感情保持者その1 本気で潔が自分と玲王の運命の番だと思ってる 頭がおかしい 潔のことを地上に舞い降りた天使だと思っているので肩甲骨のあたりを撫でながら「潔の羽根はどこに落ちてるんだろうね、まあない方が俺たちにとって良いんだけど」とか言う 怪我をしたりすると一目散に駆けつけて擦り傷ですら救急車を呼びつけるほど心配する
なぎ〜さのさよ教パロください(?)
れおくん
激重感情保持者その2 頭のどこかでは自分と凪は潔の運命の番なんかじゃないんだなってわかっているけど好きだし気持ちは止められない 正常に狂ってる一番厄介なタイプ 潔と結ばれるならなんでもしてきたしこれからもそうするつもり あの部屋のベッドの上からすらも降ろしたくない よいちくんにいちばんアルファのオーラを充てたのはこの人
カイザーくん
よいちくんに自分と来ないかと誘ってそれを二人に伝えてマウントを取った人 自分の運命の相手は世一だと思っている 多分あながち間違ってない ガッツリよいちくんに恋愛感情を持っている ずっとよいちくんからの連絡を待ち続けている 来るわけないのに